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『あ。やっと着いたの。――…喜助?』
十分くらいの時間差で、あたしに遅れて到着した喜助達一行に、笑顔で振り返ったのに。
喜助は、チラリと屋上にいる一護と改造魂魄を見、あたしの横を黙って通り過ぎた。――無視?あたしは無視されたのか?一瞬だけ、喜助の目が細められたのをあたしは見てしまった。
「おーや、おや。やーっと見つけたと思ったらボロボロじゃないスか」
喜助の姿を辿ったら、ちょうど死神姿の一護と肉体の一護が揃って喜助に顔を向けていて。肉体の方の…改造魂魄の顔がみるみると青褪めていく。
あー…とうとう回収されてしまう。眼に映る喜助が初めて悪人に見えた。
「姉様っ!その御姿は…、」
『ん?ルキア、あコレ?喜助に貰ったの、アルフレッドってヤツ』
「…初めまして」
一護を追って息を切らして階段を駆け上って、ルキアは目を見開いて。息を整えて尋ねてみれば、返って来たカンナの説明に、眉を寄せた。
――あの強欲商人の浦原が、姉様にタダで?
表情一つも変えずにぺこりと頭を下げた姉様の体――アルフレッドを一瞥して、姉様に視線を戻す。
「浦原にですか?お金は取られましたか?」
『お金?…何も言われなかったよ』
「……アレは兄に金子など求めてないと思うが」
思案するように口に手を当てた姉様の横で、彼女の隣りが当然だとばかりに立っているアルフレッドをガン見した。
心なしか兄様の口調に似ているような気がするのは気のせいだろうか?一度、似てると思ってしまうと、もうそうとしか見えなくて。姉様の御姿なのに、纏う空気が兄様に酷似していて、自然と背筋が伸びる。
「(浦原のヤツの仕業だな)」
『あいつ見かけによらず良いヤツなんだねー』と、見直したように言う姉様の声が、ルキアの耳朶に届いて。心の中で違うと思いますと否定した。
そうか…姉様…否、前世のカンナさんと浦原喜助は知り合いだったのかもしれない。そう考えると納得がいく。
姉様の交友関係は広かったから――…その度に、兄様が影で嫉妬をしていたのを知ってる。昔の記憶に想いを馳せて、ルキアは遠い目をした。
一見クールに見えて実は熱い心を持っていて。誰にでもあけすけな性格をしていた姉様の周りには昔から人が集まった。いつも笑顔の中心にいた。興味のない物には視界に入らない姉様は何処か鈍く、兄様がやきもきしていたとは、きっと生まれ変わりのカンナさんも姉様も知らない事だろう。彼女は肝心なところで鈍感なのである。
兄様と姉様の間に挟まれて苦労した記憶が、ぶわりと脳裏に浮かぶ。
いい意味で、姉様は…生まれ変わっても御変わりない性格をしていらっしゃる。
『ねえ』
「はい?」
『ルキアは、アレを義魂丸と思って買ったんでしょ?』
「はい。浦原のヤツに騙されました。お蔭でしないでいい苦労を…、」
『ならさーお金を払ってるルキアのものだよね。喜助は回収しようとしてるけど……どうにかならないかな?』
なんだかんだ言って、曲がったことが嫌いな姉様のその呟きに、ルキアは嬉しくなって微笑んだ。自分を頼ってくれたという二重の嬉しさも。
「私にお任せ下さい!」と元気よく返答して、ルキアはカンナと共に屋上に足を踏み出したのだった――…。
ルキアとカンナの視界の先で、改造魂魄は喜助の杖によって一護の体から引き抜かれていて。
「さ。任務かーんりょー。帰るよ、みんな!」
「えー!!何だよ。せっかく久々バトれると思ったのにー!!」
気の抜けた声を出す浦原要点の店長に、ジン太が抗議の声を大きく上げているのが耳に届いた。
続けて一護の、「ちょ…ッ、ちょっと待てよ!そいつどうする気だよ!?」と、慌てた声も二人の耳が拾う。体の方の一護は、仮の魂を引き抜かれて地面に横たわっている。
「どうって…破棄するんですが?」
「…俺が…見えるんだな…」
きょとーんと瞬きさせる見知らぬ男に、一護は何がなんだが頭がついて来てくれなくて。茫然と呟く。
「何者だあんた…?」
「はて。何者ときかれましても…」
周りに霊を視える人間なんて滅多にいないのに、それも死神になってる自分を目視出来て、驚いてもない男の様子に更に混乱する。
男の後ろにいる子供二人やオッサンも、自分の姿が視えているようで――…ってそんな事は今はどうでもいい。
引き抜かれた丸薬となった仮の魂をひょいっと拾い上げた帽子の男に、待ったを掛ける。死にたくないって言っていたのを訊いて、放っておけない。この男…改造魂魄を知っているようだし、このまま持って行かれたら、破棄されると――男の正体も知らないのに、何故かそう思った。
一護の疑問に答えてくれたのは、怪しさ漂う目の前の男ではなくて。
「強欲商人だ」
『ストーカーだ』
男の手の上にあった改造魂魄を奪い取ってみせたルキアと、強気なルキアを見て笑うカンナの声だった。
同時に放たれた声音は、混乱の最中の一護の頭でも処理出来て。男だけではなく全員の視線が二人に集まるのは当然のことだった。
「くっ…朽木サン!ダメっスよ、それ取っちゃ!」
「何だ?浦原。貴様の店は客に売った商品を金も返さずに奪い取るのか?」
『そうだぞ、それはダメだぞ!』
「……カンナサン」
狼狽える喜助の姿に、あたしはにんまりと悪くどい笑みを浮かべる。
あんな顔は滅多に見られないから愉しくて。って、まただ。また、あたしは出逢っても間もない喜助を旧知の仲のように接してる。喜助の性格を熟知していると思ってる知らないあたしがあたしの中にいる。
――意味が判らない。
嫌な気はしないが、時々感じる既視感と欠けている何かを取り戻したいと――…自分でも知らない間に思い始めていた。
「そ…そんじゃ仕方ない、金を…」
「必要ない。こちらはこの商品で満足している」
「…それに元々が霊法の外で動いている貴様等だ。そうまでしてこいつを回収する義理もなかろう?」
『(胡散臭いとは思ってたが…コイツ犯罪者なの?)』
出逢った当初は、なんでも知ってそうな態度が薄気味悪く感じることもあったが。
慣れたからか?法律の外で働いてるらしい喜助を、悪く言いたくない自分がいた。手の内を明かさねぇから…百パーセントで信じることはまだ出来ないけれど。
「……知りませんよ?」
脅しとも取れる低い声に、
「面倒なことになったら、あたしら姿を晦ましますからね」
ルキアは背を向けたまま、
「心配するな。最近は面倒にも慣れた」
と、答えていて――…あたしはルキアの消え入りそうな背中に、思わず手を伸ばしかけた。
衝動的なその行動に途中で我に返り、虚しく宙を切る前に手を引っ込めて。ざわつく胸中から目を背けるように、拳に力を入れた。
「ほれ。帰るぞ。――姉さ、…カンナさんも帰りましょう!」
「お…、おう」
『あーあ。今日はかなりの遅刻だー。また教師に睨まれるー』
ルキアが帰ろうと言うから、苦笑して、一護にわざとらしく文句を垂れる。喜助やテッサイからの視線に気付かないふりをして。
ルキアは、そっと一護に改造魂魄を渡し、渡された一護は、「あ…ありがとな。…コイツ捨てないでくれて…」とお礼を言っていた。だが、「必要ない。礼ならもう言われた」と素っ気なく返され、誰に?と眉を寄せる一護。
あたしの視界の端で、ルキアの言葉に応えるように、一護の手の上で丸薬がきらりと光った。
『あ、あたしどうやって戻ればいいの?』
いそいそと自分の体の中に入る一護のシュールな光景を見ながら、ぽつりと呟けば。
アルフレッドに、そのまま入れば、自分は外へ出されるから入れと教えて貰い――…なんとか元に戻り、やっと学校へ行けるのだった。今日の登校時間…長かった。
□■□■□■□
『あー…疲れたぁ!』
「ちょっと、そんな所で転がらないでくれない」
連絡なしに遅刻した為、担任に呼び出されるわ、学年主任に説教されるわで、大変だった。
あたしの知らないところで、一護…に入った改造魂魄が、かなり教室で暴れたらしく、たつきの様子が恐ろしく怖かった。ずっと不機嫌で、あたしゃあ怖くて近付きたくなかったよ。
そんな空気にも鈍感な織姫が、たつきが一護…に入った改造魂魄に頬にキスされたと教えてくれた。
――ひェ…アイツ、怖い者知らずだなあ。命拾いしてるよ。
たつきは空手の達人なんだ。あたしだって裸足で逃げたくなるのに。あーあ…一護がやったと思われてるんだよね、ドンマイ一護。
『いーじゃん。あたしは今日いろいろあって疲れてんの』
精神的に疲れてたけど、リョーマ達青春学園のテニス部コーチを担っている身としてはサボるわけにもいかず、放課後も中学へ顔を出したさ。
日本へ来てからテニスを止めてたけど、コーチとしてテニスに携わって、体力が戻れば何れは選手に――…と。だから、あたしもリョーマ達のように、手と足に重りを付けている。
「ふぅん。どーでもいいけど、邪魔」
だというのに、お姉さまがこんなに疲れているってぇのに。
玄関で崩れ落ちるように座り込むあたしに、リョーマの冷たい声が降り落ちた。まったくかわいくないね!
「それくらいで疲れてるなんて体力落ちたんじゃない?」
『…うッ』
「俺が姉貴を超すのもすぐかもね」
『ふんっ。言ってなよ。そんな未来…来ないから』
あたしを横切ってリビングに向かう弟をのそりと追いかけ、何気なしにテレビをつけた。
キッチンの方で、「姉貴も、水いるー?」と、リョーマの声がして、映像が流れるテレビを見ながらいると返して。持ってきてくれたリョーマにお礼を告げて、水をごくりと飲んだ。
あたしのリョーマの視線の先では、テレビの中のアナウンサーが今日一日あった出来事を読み上げていて――…、
「――今日午後一時頃、空座町で空を飛ぶ少年が…、」
ぶほッ映像に映る一護の姿に、思わず噴き出した。
(姉貴、汚い)
(うるさいよ!)
(一護…今日は踏んだり蹴ったりだったね)
to be continued...
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