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――やば。連絡なしに遅刻だ。

ウルル達と、店の外に一歩出て、太陽が真上にあるのを見て、思いのほか喜助と喋り込んでいたことに今更ながらに気付き、一人で落ち込む。もう昼だ。


『改造魂魄って…、』


喜助曰く、尺魂界で、“スピアヘッド”という計画により、生み出されたものらしい。

その計画の内容は、死んで魂の抜けた人間の身体に戦闘に特化された魂を注入し、それをそのまま対虚用の尖兵として使おうというもの。

肉体の一部を超人的に強化できるよう設計された戦闘用疑似魂魄――…例えば、耳がよかったり、頭が良かったり、力持ちだったり、足が速かったり、どこかしら超人的な能力を持った者――それが改造魂魄なのだ、と。


『その計画が実際に決行されていたら、こちらの世界は混乱に陥るね』


だって死んだはずの者が、動き出すのだから。魂魄の状態なら視えないのに、肉体を動かすから厄介だ。

霊感がない者からしたら、死した人間が全くの別人のような性格になって超人的な力で視えない何かと戦い出すわけだから、そんな奇妙な事があちらこちらで起これば世界は混乱に陥ってしまうだろう。


「そう、だからあちさんも計画を打ち切り、改造魂魄の破棄命令を出したんすよ」

『…破棄命令…。――あ、こっち、一護の霊圧を感じる』

「……カンナサン、黒崎サンの霊圧も辿れるんすね…」


思ったよりも、力が戻りかけてる――と、喜助が一考していたなど露知らず。

あたしは、尺魂界によって造られて、尺魂界の都合で消される運命になってしまった改造魂魄について考えていた。


「朽木サンに渡した改造魂魄は、下部強化型」

『なに?それ。足が速いとか?』

「下肢の機能を特化させた……キック力が倍増されたタイプっス」


チラリと横にあるあたしの顔を見て、義魂丸に意思があるのなら改造魂魄にももちろんあるのだろう思って。


――それなら…どれほどの恐怖を感じたのだろうか。

義魂丸に勝手に肉体を支配される恐怖を感じていたのが嘘のように、あたしは彼等について考え、複雑な思いに駆られた。


『ルキアに渡したのって…必ず破棄しなきゃいけないの?』

「カンナサン。それが尺魂界の掟、守らなきゃいけないもの、ってねー。高校にも規則があるようにね」


彼の足音が聞えないのを不思議に思い振り返った先で、細められた瞳に見据えられ、ひゅうッと息を呑んだ。


『…守らなきゃいけないって判ってるけど…あんま、気が進まない』

「カンナサンはそうでしょうねぇ。感情的というか、」

『おい。馬鹿にしてる?』

「してませんよぉ〜ただ、そういう人なんだなーっと安心したんです」


ふっと笑われて……笑われたのに、なんでかそれが心地よく感じてムカッとしなかった。

まただ、と思った。その空気に懐かしさを覚えて、ぼーっと喜助を眺めて。思考が停止していた。


「……、ぁ、」

『どうし……虚の気配』


あたしの意識を浮上させたのは隣にいたあたしの姿をしたアルフレッドで。アルフレッドの視線の先に虚の気配を感じた。

全員の視線もそちらに向けられて――…ちょどあたし達が向かっている方角、一護とルキアがいる方向だ。一護の霊圧は虚から少し離れているが。


「兄が心配しているのを排除してやる」

『――ぇ』


険しい顔をしていたからか、アルフレッドがあたしを振り返ってそう言い出して、


『………』


素晴らしい脚力で、走り去って行った。

はッと我に返った時には既に遅くて、あたしの体は豆粒にしか見えない距離まで離されていて。残されたあたし達の間に、沈黙が流れた。数秒の出来事だった。


――あの子なんて言った?

排除してやるって、頼もしい発言だが…忘れてないだろうか。アルフレッドが使っている肉体はあたしの体である。排除って、虚のことだよな、え。生身の肉体で虚に立ち向かう気!?

あたしだって、大怪我なんてゴメンだから生身では虚に立ち向かうなんて事しなかったのに!逃げ惑っていたのに!

重大な事に気付いたあたしは、心の叫びを音にして。絶叫した。


『ぇ?あぁぁぁぁぁ!!!!!あたしの体がぁー!!!!』

「なんかそれだけ訊くと卑猥な響き」


ふざけた科白を吐いた喜助の襟元を掴んで、揺さぶる。


『おま、お前なんだあれは!暴走しねーんじゃなかったのかッ!?』

「ちょ、ちょっとカンナサン、言葉遣いが悪くなってます…って、答えるから、揺らさないで。――あれは暴走…いえある意味暴走かもしれませんけどね〜、アルフレッドはカンナサンの悲しむ顔を見たくなかったんでしょ」

『はァ?』

「似せて作ったんスけどねー…似すぎちゃいました?いやでもあんなに露骨な性格じゃあ…」

『おい誰の話をしてる!』


――似すぎたって、誰にだよッ!?

ツッコミを入れる余裕もないくらい焦りと怒りで興奮してたから、ただ目の前のくたびれた服を激しく揺さぶるだけに留めた。

カンナサン、揺れる、脳が揺れる…と、上から喜助の力ない声が降り落ちたが、そんなん知ったことではなく。ぐわんぐわん揺らしてやった。


「どーでもいいけど追わなくてもいいのか?」

『………誰だっけ』

「花刈ジン太だってーのッ!さっき名乗っただろッ!」


バズーカのような物騒な武器を片手に、とんがり頭の男の子があたしに声を掛けて来て。小首を傾げる。――あーなんか…そういやあ自己紹介したっけ?

ジン太にそうだったーと返して。下からウルルに可愛い声で、「行ってらっしゃい」と言われて。うッと、胸のあたりを抑えた。


――ウルルってば…殺人的な可愛さ!

我が弟もツンツンしてて可愛いが、この素直さな可愛さはもはや凶器だと思う!

余談だが、チャドもあたしと同じく可愛いもの好きで、チャドとは良くそういった話に花を咲かせている事をここに簡単に明記しておく。


「可愛いものに目がないところ…ホント変わってないスね」


呆れたような喜助の声は聞き流し、


『行ってキマス』


ウルルの頭を撫でて、ついでにジン太の頭も撫でて。――ふっ。ジン太め。抵抗してもお主の身長の低さでは無駄無駄。

むがーっと抵抗を続けるジン太を心の中で鼻で笑い、アルフレッドが走り去った方向に、あたしも駆け出した。

同じ方向なんだから一緒に行けばいいのに――…なんて喜助がぼやいていたなんてあたしは知らず、


「――!」


身軽に、その場から消えた。

力を持った死神がその場にいたらさぞかし驚いたことだろう。

ジン太とウルルの眼には、瞬きした瞬間にカンナが消えたようにしか見えなかったが。喜助とテッサイは、驚きで目を見開かせていたのだった――…。


「あれは…瞬歩、」

「カンナサン…もう瞬歩が、……こりゃあ思ったより早く覚醒するかもね」


カンナの後ろでなされたやり取りは、カンナに届く事なく風に溶け込んだ。





 □■□■□■□



『君ねッ!あたしの体で勝手なことは――…、』

「……醜い」

『ん?』


やっとたどり着いた先に突っ立っていた、アルフレッドに大声を上げた。

言葉だけ取るとあたしが醜いと言っているようにしか聞こえないが――…あたしの顔をしたヤツは、遠くに目を向けていて。疑問符を飛ばして、答えがあるだろうヤツの視線を辿った。


『ゲッ、ムカデ?』

「の形をした虚だ」

『…気持ち悪いね』


すぐ側に建っているビルの屋上に大きなムカデの化け物の姿が見える。何本も生えた足が気持ち悪さを増徴させていると思う。

隣りで、「…ぁ」と吐息とともに吐き出されたあたしの声が…正確にはあたしではないヤツの声がして。


『あれは…一護じゃないの』

「……いや違う。あれは兄の言ってる人間じゃない。――改造魂魄だ」

『――ぇ。マジで?』

「マジ、だ」


表情筋がぴくりともしてな無な顔で、アルフレッドにこくりと頷かれた。

あたしの顔なのに、中身が違うと、これほどまでに雰囲気が変わるのかと、頭の中にいた冷静なあたしが呟く。って、アルフレッドを見てる場合じゃない。

屋上の手すりぎりぎりに虚に追いやられてるのは一護…の姿をした喜助たちが捜していた改造魂魄。

あのまま虚に攻撃を出されたら、一護の体はひとたまりもない。いくら改造魂魄が、超人な力を持っていたとしても、肉体はただの人間のものだし、虚には勝てない――…そう考察し、慌てて静観していたアルフレッドの手を取って、ビルの中に入った。

掴んだアルフレッドの手の平は、あたしの手の平なのに、ひんやりと冷たかった。





『アルフレッド?』

「静かに」


急いで駆け上がって。

あたしが階段を使っている間に、いつの間に来ていたのか死神の姿をした一護もいた。

慌てて虚の姿を捜せば、独特の気配も姿もなくて、駆けつけた一護がやっつけたのだろうと察し、一護の体の中にいる改造魂魄と会話をしている一護に近寄ろうとしたら、アルフレッドに引き止められた。――なんで?

屋上の手すりが派手に曲がっていたり床がへこんでいて、それらが戦闘の激しさを表していた。


「…オレが作らてすぐに尺魂界は改造魂魄の破棄命令を出したんだ…そして作られた次の日にはもうオレの死ぬ日付が決まってた!」


仕方ないので、錆びれたドアの前で、二人を見守る。

聴こえてきた二人のやり取りは、さっき喜助とした内容と同じで、思わず息を呑んだ。


「俺はあの丸薬の中で毎日怯えてたよ、…まわりの仲間が一日ごとに減っていくのを見ながら」


これから先、義魂丸のお世話になるだろうあたしとしては、改造魂魄の魂の叫びは他人事ではなく感じて、チラリとアルフレッドを盗み見た。

アルフレッドは何を考えているのだろうか――…あたしの体にいるアルフレッドの眉間にはものすごい縦皺が寄っていて。


「運良く他の丸薬に紛れて倉庫から抜け出せた後もいつか見つかって破棄されるんじゃないかとビクビクしてた」


一護に目を向けると、彼もまた眉間の皺を増やしていた。


「…ビクビクしてる最中ずっと考えてた…命なんて他人が勝手に奪っていいモンじゃねぇんだ、って……。こうして生まれてきたんだよ!自由に生きて自由に死ぬ権利ぐらいあるハズじゃねぇか!!」


死にたくないと叫ぶ声を聴いて、誰に言うでもなく、『………確かにそうだよね』と、ぽつりとそう零した。


「虫だろーが人間だろーが…オレたちだって…同じだ…。だからオレは殺さねぇ…何も…殺さねぇんだ…!」


あたしは、ルキアが言う現世とやらで生きている身だから、改造魂魄の理不尽さに苦言を呈す事も改善策を投じる事も出来なくて。

けれど、命の重さはあたしにだって判るから――…見殺しになんてしたくない。それはきっと一護も思ってる、だって…屋上に流れるしんみりとした空気が、それを物語っているから。

あたしとアルフレッドの間にも、しんみりとした風が吹き抜けた。






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