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〈…ゴメン、オジチャン…〉


もうその弱弱しく放たれた言葉で、全てが悟れた。




〈…ボク…ツカマッチャッタ……〉

“理解できたみてェだな!へへへ!なかなか優秀だ!!デカいの!”


目を見開いた体勢で硬直したチャドに、虚がデカいのと喋りかけてた。彼には聞こえてないって知ってるだろうに、お喋りな虚だな。

チャドの様子から…インコを安全な場所に置いてたんだろう。それをいつの間にか虚が連れて来た――と、そういう事か。

ルキアは、この虚がインコに憑りついていた霊を狙っていたと言っていた。

虚も、インコに憑りついている――…チャドがシバタと呼んだ霊を成仏させようと現世に来た死神を、喰ったと面白おかしく喋っていた。それも死神一人や、二人ではない。少なくとも二人以上は平らげてるらしい。


で、力をつけた虚。


『………あー…やっと話が見えてきた』


沢山のヒルから解放されたルキアが隣に立つのを横目に、そう呟く。

インコに憑りついた霊とは別の虚が現われたのだと肌で感じていたが、ようやく事態が呑み込めた。

逃げ回るシバタをチャドが助けて、虚に襲われて、それに勘付いた一護とルキアが追って、そしてあたしの登場。

あの虚は、シバタと呼ばれた霊を餌にして死神を食べたり……そう今まさに、奴はルキアを標的に定めている。ヤツはルキアを喰う気だ。


“さァ!!次はアンタが優秀になる番だぜ死神!!”

『……』

“逃げ回れ!!”


――チッ。

『下衆だね』

“俺が楽しくアンタだけを狩れるようになァ…!”


舌打ちの音に反応した虚と、視線が絡む。


“おぉ!そうだった。そっちの死神も一緒に追い掛けてやるぜ”

「……姉様…」


ルキアの心配してる眼差しに、ふっと口角を上げる。――自分の心配だけをしてればいいのに、優しい子だな。

虚に自分も死神だと言われたのは、ルキアを気にかけて、耳には入らなかった。


『先に逃げな。ヤツを引きつけて、あたしは数秒遅れて追いかけるから』

「ですがっ――…」


反論するルキアの頭をポンッと撫でた。


『いいから。ルキアはあたしの心配より自分の心配でもしてな。これ以上、ルキアに怪我でもされたら気が気じゃない……それに、アイツに顔向けできないだろーが』

「――っ!?」


女性の身で、独りで抱え込む妹なのに、例え擦り傷でも増えたりしたら、アイツは――…ん?


『アイツ?……アイツって誰…』


目を極限まで見開かせるルキアに小首を傾げて見せた。

いやいや、ルキアに聞いたって知らねーだろうに、聞かずにはいられなかった。あれ?あたし自然とルキアの事を妹だと思考してた。


「姉様……記憶が…」

『ルキア、早く先に逃げな。時間を稼ぐんだ』


一護が来るまで。

最後まで言わなくともルキアには伝わって、彼女は力強く頷いてくれた。二人で見つめ合ってこくりと頷き、そしてチャドに視線を向ける。


『チャド。とりあえず…そこにいてくれ』

「奴は貴様が一歩でも動けば、即座に鳥カゴを爆破するつもりだ…!」

「でも……あんた達は…」


言葉に詰まらせるチャドから、彼があたし達の心配をしてくれてるのだと判る。

チャドは、身長も高く、普段から表情も変わらねぇから、不良だとかなんとか誤解されて恐れられるのは日常茶飯事で。だが、彼は誰よりも優しい心の持ち主だ。

明らかにただのインコじゃないシバタの為に、朝から動き回って、怪我を負うヤツなんてそういない。

知り合って数日のルキアもチャドの人となりを感じて、口角を吊り上げた。


「心配など不要だ!ヘマはせぬと……約束した!」

「…約束…?」

『そういやあーあたしも無茶はするなって言われてた』


名前を口にしなくてもお互い誰の事を言っているのか伝わった。あたしはルキアと共に、チャドに向かってにんまりと笑う。


「姉様…どうか御無事で!」

『大げさだって。どうせ後から追うんだから、危ないのはルキアも変わんないでしょ』


最後まで渋るルキアの背中を押して。あたしに押されたルキアは、振り返りながらも、あたしとチャドがいない方向に駆けだして行った。

小さくなる背中を見届けていたら――…狩りを楽しむようにニヤニヤ笑っていた虚が、小さい虚を彼女に放ちやがった。

当然、あたしがそれを見逃すはずもなく。


“なにぃ!?”


空中に浮いた三匹の小さいソイツ等を、ラケットで弾いてやった。

ルキアの足を怪我させようとしたのに攻撃を阻止されて虚は目を見開く。

見慣れないものを構えて、ルキアを追い掛けるのを阻むように前へと立ちはだかったのは、カンナで。一瞬、ムカッとした虚だったが、カンナの姿見て、次の瞬間にはまたにたりと笑みを浮かべたのだった。


『あたしがいることを忘れてない?』

“へへへ、アンタは逃げねぇのか?それではつまらないぜェ”

『逃げも隠れもしないよ』


グリップを強く握りしめる。

じりじりと相手の出方を探り合う。瞬きさえも煩わしく思う。視線をはずせその一瞬を突かれるだろう。


“つまんねェ。簡単に喰えるなら狩りが楽しめねぇじゃねーか”

『てめぇの都合は知らねーよ』

“へ、へへへ…なら――…”

『――っ!』


ヤツの声が近くで聞こえた。

一瞬で眼下に現れた虚に反応するに対抗出来ず――…


“逃げたくなるよう追い込むだけっ!ってなア!へへへッ”


虚に指示された小さい生き物たちがあたしに向かって飛んでくる。

十匹は下らない数の小さいヤツをラケットを振り回して、投げ飛ばす。ボールのように飛ばしても飛ばしても飛んで来る。


――チッ埒が明かねぇ。

降っても振っても、出てきやがる。

攻撃を躱しながらも、チャドから距離を取り、ルキアとは違う方向に走ることも忘れない。


“ほら”

『っ、はッ!』

“ほら、ほら”


本体はあたしに攻撃しないで、にたにた笑っていて。


“そうそうそうやって逃げてくれよ。じぇねェとつまらねーだろ”


だから油断した。

最後のヤツを飛ばそうとラケットを振ったら、横に気配を感じて――…、


『!』


はッと目を向ける前に、殴り飛ばされた。


『っかはッ』


コンクリートに叩き落とされて、呼吸が止まりそうになったが、すぐに立ち上がって次の攻撃に備える。

ああ…体中が痛い。手の平から赤い液体が滴り落ちた。


“まだ立てるのか?そうでなくちゃアな”

『っ!――…!?なッ』

“へへ早くどうにかしねェと爆発するぜ”


あたしの体には、いつの間にかヒルがくっ付いていて。数分前に見たそのヒルは――虚の体から出た小型爆弾。

ぬるりとした感触が手から伝わる。ヒルのくせになめくじみたいな奴等め。





バンッ


『っ…ぁッ』


引っ付いていたヒル達が爆発して、土埃で視界がかき消された。

一つが爆発して、はッと息を吐き出したその時。時間差で爆発が起こり、爆弾の嵐に肌が火傷したように熱を持つ。


“生きてるかア”

『(生きてるっつーの)』


視界が悪いが、耳障りな声は耳の奥まで聞こえる。

声がした方向に向かって激痛が走る右手を構えた。虚に攻撃された際にラケットは飛ばされたらしい。


『――破道の三十三!!蒼火墜』


虚が許せないと思ったあたしの唇はまたも自然と動いた。

詠唱を唱えるのも面倒で、詠唱破棄して技を放つ。構えた拳から、さっき出した攻撃よりも小さいが青い爆炎が確実に虚に当たった。


《なんで鬼道が撃てるんだ。しかも記憶が戻ってないのにその威力》

“ヒッ、ぁアアア!”

『ふんっ』


視界がクリアになった先で、苦しそうに転がる虚が無様で鼻で笑う。


…――って…詠唱破棄ってなに。

冷静に考えてみろ。あたしは今、何を…した?そう言えばルキアと合流した時もあたしは今と同じような技を出した。

体が勝手に動いて深く考えもしなかったが、これは……。


「おうおう。オメーはただでは転がらねぇな」


不意に背後から声がして振り向く。逆光で見えないがこの声は――…、


『一護か。遅い』

「悪い……ってカンナ、その恰好でも死神の力使えんだな。なんでだ?」

『知らないよ』


死覇装姿の一護がいた。

オレンジの髪が太陽に照らされて、キラキラ光って見えて。ナイスタイミングな登場に、これ以上ない頼もしい存在の登場に、自然と不敵な笑みが零れた。

一護も、虚を踏みつけながら不敵な笑みを浮かべた。


「黒崎一護。十五歳!!現在、死神業代行!!」


高校に入学してまだ数か月しか経ってないけれど。

チャドと三人でケンカに明け暮れるのが当たり前になって、カンナがいないと逆に物足りないと感じる程、彼女の存在は友達として大切なものになっていた。きっとそれはチャドも同じだろう。

チャドとカンナが生身で頑張ってんのに、死神代行となった自分が何もしないのは頂けないなと一護は思ったのだ。


「死神と追いかけっこがしてぇんなら…相手が違うんじゃねぇか!?」


身軽に踏みつけていた虚から飛び降りた一護は、相手を煽るようにそう言い放った。


“死神代行だと?…そう言われりゃ確かにテメーの方がウマそうな魂の匂いがしやがる”


新たな登場人物に危険を感じる立場の虚が、嬉しそうに笑い声を上げる。

相も変わらず耳障りな笑い声に、あたしは眉を寄せた。


“ちッ…ミスったぜ…それならさっきテメーらが一人ずつに分かれた時…最初からテメーの方を狙っとくべきだったなァ!!”


ヒヒヒッと笑うソレよりも早くルキアは動く。


「トロいんだよ」

“…へへへへ…出やがったな……死神の本体が…!!”


ルキアが素早くグローブ――もとい悟魂手甲という代物で、一護を身体から魂魄を取り出して死神化させて。一護が先手を打った。

ルキアと一護の言葉を交わさずとも互いの言いたい事を汲み取る姿に、あたしは感嘆した。

彼が死神代行業を背負ったのは、ここ最近のことなのに、もう二人は阿吽の呼吸を手にしている。


「…来る途中、チャドの鳥のカゴに乗ってた小っこいの…やっぱりコイツの仲間だったんだな…片付けといてよかったぜ…」

「気をつけろ…あの小さいのの吐くヒル…、」

『――あれは爆弾だ!』


ルキアの言葉を拾ってあたしが答えれば、一護は納得して転がる虚を見遣る。


「爆弾…なるほどな。それでああやってチャドは足止めされて、オマエは一人で逃げ回ってたってワケか…。まったく…夏梨は泣かすわ、人質はとるわ、無抵抗の女をへーきで攻撃するわ――…クソヤローだなテメェは」

“…まぁな”


虚は、くつりと笑った。


“だがテメェはこれからそのクソヤローに喰われるんだぜ”


圧倒的に一護の方が有利に見えるのにも関わらず、それでも笑い続けるヤツに、ぞわりと背筋が凍って。

固唾を呑んで見守るあたしの背中に、「い……一護っ」と、チャドの驚いた声がして、意識が後ろに向かう。


「ど…どうした…一護!?」

『ぁ、』


そうだった。一護が今、死神になっているから、肉体はそのままで…。

当然、殻の肉体しか見えないチャドは、動かない友の姿に、尋常じゃない焦りを見せている。チャドを落ち着かせようとしたが、何といえばいいんだ?

一護は死神になって戦っている途中だから安心しろ、とか……言えない。家族にも言えない秘密だし、なにより信じて貰えそうにない気がして尻込みした。

悩んでるあたしの横で、一護の身体を揺らしてるチャドの姿を見て、冷静でいるあたしが薄情のような気もして、何とも言えない感情が押し寄せた。

だが、ルキアから「大丈夫ですよ。後から記憶はどうとでも誤魔化せます」と耳打ちされて、一気に恐怖で頭がいっぱいに。ル、ルキア…。


「丁度いいところに来た」

「インコとそいつを抱えて…どこか安全な所に隠れていてくれ」

「転入生…!これは…一護はいったい…」

「案ずるな。あいつなら今――…戦っている最中だ!!」


チャドに縋るように見つめられたあたしは、引き攣る頬に力を入れてこくりと頷いた。

ルキアが言っているのは嘘じゃないし、何も見えてないチャドが一番危険なのは変わらない。安全な場所にいて欲しかった。





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