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震えた。
親しくしていた友達の背後から車と――あの白い化け物“虚”が迫っているのを目撃した途端、血の気が引いた。
友達の危機に震えながらも頭より体が自然と動いた。
――織姫ッ!
窮地に立たされた人間というのは普段の力よりも強く力を引き出す事がまれにある。――火事場の馬鹿力とはよく言ったものだね。
あたしもこの時ばかりはいつもより早く足が動いた。思いのほか軽かった。
「っ。……カンナちゃん?」
『っ、ぁ、あ』
「カンナちゃん!」
“キキキキキ”虚に足を掴まれて、動けなくなりそうだった織姫に体当たりして車からも軌道を外した。けれど――…虚から殴られた衝撃で腹が痛くて、悲鳴のようにあたしの名前を呼ぶ織姫に言葉をかけてあげられなかった。
チラッと虚を見れば――いつの間にかいなくなってて、安堵の息を吐き出す。
「姉貴ッ!」
……。忘れてた、リョーマもいたんだっけ。痛みに悶絶しながら乾いた笑みを浮かべた。
「カンナちゃんっ」
『んー、だ、いじょうぶ』
昔はもっと酷い怪我や痛みを伴った事もあるから。あたしは織姫とリョーマに安心させるように笑った。
実際、腹が痛いだけで酷い怪我はない。
「にゃーん」
『……』
起き上がったら――さっき出会った咲夜があたしの手を舐める。
――あれ…?
あたし…さっき昔はもっと酷い怪我した事もあるって思わなかったか…?可笑しい。生まれてこの方、入院するような怪我に見舞われた事はない筈なのに。
紅い猫の瞳を眺めながら眉に皺を寄せた。
不思議な夢、激しい頭痛、懐かしい既視感――…身に覚えが無いのに、日を追うごとに増えていくこれらに、言い知れぬ恐怖と不安がカンナの中で生まれる。
――なんだってんだ…。
じわじわと身に起こっている変化にあたしは不快感を抱いた。
『(それに…)』
織姫の足にはさっきの虚から掴まれた跡がついていて…あの虚は明らかに織姫を狙っていた。
『(……虚、ね…)』
――最近…ホント虚の遭遇率が高い気がする。あたしは織姫の足を見ながら顔を顰めた。
□■□■□■□
「……姉貴」
『んあ?』
何ともないと明るく言い放ったカンナに、織姫もリョーマも何も言えず織姫と別れて二人で夜道を歩く。
リョーマは気難しい顔で何かを考えている我が姉に、不安を感じた。
何かがカンナを変えてしまうような…リョーマから離れてしまうような……母親に置いて行かれるような恐怖を感じる幼子のように――…不安がリョーマを蝕む。
『なんだ、どうした?』
――変わってない。
呼べば、変わらず自分に笑いかけてくれる。
――変わってない。
姉貴は変わってない。その笑みに酷く安堵して、リョーマは口を噤んだ。
「なんでもない」
『なんだそれ』
――何処にもいかないで。
その想いは音になって、リョーマの口から奏でられる事はなかった。
(人生とは)
(不変なんて言葉は絶対ではない)
(じわじわと――…変化は訪れている)
to be continued...
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