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〈うわああああああああっ!〉
「っ!」
「!」
『!?』
突如、穏やかな空気が重くなったと思ったら――公園にあの“虚”が現れた。
男の子の幽霊を追い掛け回していて、小学生低学年くらいの男の子が泣きながら必死に逃げている。
『あの化け物は…さっきの……』
まだいたのか…と、唖然と呟いたら、一護とルキアが勢いよくカンナを振り返った。
『うわっ、なに?』
「お前にもアレが視えんのか!」
「姉様ッあの虚をご存じなのですかッ!」
『ん、うん』
あの化け物――虚がどうしたと言うんだ…。さっきまで追い掛けれた蜘蛛の様な虚。
ルキアはカンナが虚に狙われた事実に憤慨し、一護はアレがカンナにも視えるのかと視える仲間が増えた事が少し嬉しくて、同時にカンナに身の危険を心配に思った。
そんな事を知らないカンナは、神妙な表情をした二人にたじたじ。
〈わあああぁん!!〉
――ッ!!
そうだった、あの虚はあの男の子を狙っているんだった。
悲痛な叫びに何かが出来る訳じゃないんだけど――…体が考えるよりも先に動いた。一護も同時に動く――が、
「待て!!」
『っ!?』
ルキアが強い声であたし達を…否、一護を引き止めた。二人でルキアを見る。
「助けるのか?赤の他人だろう」
『な、』
「な…何言ってんだ、てめぇ!他人でも目の前で襲われてんのに助けないなんてできるわけ――……」
「目の前だろうがっ、どこか遠くだろうがっ!」
「っ」
「――襲われるという事実に変わりはない」
「!!」
あたしの抗議の声は一護の大きな声にかき消され――…一護もまたルキアに言葉を遮られた。
こう呑気に話している時間ももったいないのにッ!こうしている間にも、あの男の子は必死に逃げ纏っている。
幽霊がもう死んでいて、あの化け物の虚に食べられる意味はどんな事になるのかあたしには分からないけど…そこにも“死”が存在しているような気がしてならない。だから焦ってるのに。
ルキアが何を言っているのか理解できないけど、一護には何を言われたのか分かったみたいで。ルキアの鋭い声に言葉を無くしていた。
『(なんで?何で…助けちゃダメなの?)』
話の流れがあたしには分からなくて――…助けたいのに、あたしが手を出しちゃいけない雰囲気で…追われている男の子と一護を交互に見る。虚が男の子の霊に迫っていた。
『あっ!』
〈あうっ!〉
「!」
「助けるな!」
またも背後から鋭い声が聞こえる。
何でなんだ…そう聞きたいのに、二人とあたしの間には見えない壁があって――…二人の会話にすら入れない。それが何故か悔しかった。
「今ここでその子供を助けても、貴様が死神としての己を自覚しなければ同じこと!目の前で襲われているから助けるだと!?甘ったれるなよ」
――え…、
『し、にがみ…って…?』
一護が死神…?
「死神は全ての霊魂に平等でなければならぬ! 手の届く範囲、目に見える範囲だけ救いたいなどと都合良くはいかぬのだ!半端な心持ちでその子供を助けるな!」
話の展開について行けなくて、ポカンとしているカンナを余所にルキアの言葉は尚も続く。
死神…死神、死神、カンナの頭の中は“死神”の二文字がぐるぐる回って、遅れてルキアの声が脳に届いている。
「今、そいつを助けるというのなら…他の全ての霊も助ける覚悟を決めろ!」
そこまで言ったルキアはグッと拳に力を入れた。
死神と言う…命を守る使命の重み――その覚悟を一護にも植えつけないといけない。力を譲渡してしまったルキアにとって、一護を立派な死神にさせる事も使命の一つ。
「どこまでも駆けつけ―――その身を捨てても助けるという覚悟をな!」
「っ!!」
死神の使命の重みを知らなかった一護、だけど“身を捨てても助けるという覚悟”と言われ――…昨晩のルキアの姿が脳裏に浮かんだ。
昨晩、初めて死神を視て、初めて虚に襲われた日。
一護の妹、夏梨や遊子そして父親が虚に傷つけられて…もう俺もダメかと絶望した時―――…迫りくる虚の爪に初めて出会った死神――ルキアが俺を庇ってくれた…。その時の彼女の姿が頭に浮かぶ。
「……そうだ……俺は――…」
「――!」
一護は自分なりの覚悟が決まった途端、逃げ惑う男の子の前に身を乗り出した。
スピードを出していた、あの蜘蛛のような虚も一護の姿に気付く。
“…何だぁ?てめ…”――ドンッ
“え゛ッ!!”言葉を発した虚に何も答えず、一護は虚の足を切斬り落とした。反動で虚は転がって行く。
“うぎああアアあァ!!”「一護……覚悟は…決まったのか…?」
一護が虚を斬った事に喜びを隠せないルキア。
「ゴチャゴチャうるせぇ!!」
〈ひっ〉
一護は大きな剣を地面に突き刺し――ちょうど突き刺した側に、転んだ男の子がいて小さく息を呑んだ。
『……』
あたしは目の前で何が起きたのか処理出来ずに茫然としたまま。――思考が停止。だけど、転んだ男の子が気になって側に寄る。
『…大丈夫?』
〈う、うん〉
手を差し出せば、男の子は素直にあたしの手を取って起き上がった。あたし達のすぐ側には一護がルキアと会話していて。虚は――…と転がった方向に眼を向けると、
「覚悟だとかそんなモン知るか!!俺は助けたいと思ったから助けたんだよ!悪ィか!!」
「…な…!」
「てめぇは違うのかよ!!」
「テメーは、あの時体張って俺を助けてくれた!! あん時のテメーは“死神の義務だから”とかそんなムズカシいこと考えて助けたのか!?」
「……!」
虚がもの凄いスピードでこっちに向かって来ていたところだった。
『!』
一護に叫ぶように問われたルキアはひゅっと呼吸音を鳴らせる。――そうだ…あの時、助けたいと自然と体が動いた…。
「体張る時ってそんなんじゃねぇだろ!!少なくとも俺は……」
『っあ!危ッ』
――ドス
「違う!!」
虚に背を向けていたのに、一護はカンナが声を上げるよりも早く…それに気付き頭と思われる白い仮面に剣を突き刺す。一瞬の静寂が流れた。
「…たしかに覚悟はしてねー。ホントにヤバくなったら逃げ出すかも知れねー。俺は赤の他人のために命を捨てるなんて約束ができるほど、リッパな人間じゃねぇからな……けど―――残念なことに受けた恩を忘れてへらへらしてられる程…クズでもねぇんだよ!」
「……」
そう言い切った一護はカッコよかった。
事情は知らないカンナだったけど、死神とやらになった一護が何かを決意した事だけは分かった。
「手伝わせてもらうぜ!!死神のシゴトってやつを!!イヤだっつってもやる!」
「――ああ、よろしくな」
二人の間に希望の風が流れた。
『……。あのさー…いい雰囲気のトコ悪いんだけど…説明してくれない?』
「「あ」」
男の子と一緒になって、半目で二人を見る。
とりあえず…虚とやらも一護が退治してくれて、ホッと安堵して皆で笑い合う。
そんな微笑ましい光景を――陰からあの怪しげなストーカー男と黒猫が見ていたなんて…誰も知る由はなかった。
(とりあえず…死神って何)
(あー)
(ちゃんと教えてよね、一護!)
to be continued...
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