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「で、何があった」
実験室に…ゴーストハンター曰く、マイクやカメラを設置したこの空間をベースと言うらしい。――実験室とも言う。
その、ベースに戻り一息ついたところで、渋谷君が松崎さんに先ほどの事を尋ねた。
「分かるわけないでしょ。中を見てたら、いつの間にか戸が閉まって開かなくなったんだもの」
「自分で閉めたんじゃないのか?」
「違うわよ!」
「だらしがないことですわね」
「何よ、あんた」
「仮にも霊能者なのでしょう? 戸が閉まったぐらいのことで悲鳴を上げるなんて、自分が情けなくなりません?」
渋谷君が質問した途端に言い争いが…。
その内の二人が大人なんだから、もうちょっと大人な対応をして欲しい。私は呆れて、半目で彼女等を見つめた。
「あんた……たしか、原真砂子ちゃん?」
「えぇ」
「テレビで見るより美人だねえ」
『…セクハラですか?』
仲の良い真砂子に下世話な言葉と視線を投げつけた滝川さんに、低い声で私が答える。
何とも険悪な雰囲気が流れた。――弁解すらさせません!
「これで、この校舎に何かがいるってことは、はっきりしたわね」
そう松崎さんが結論付ける。
「御自分で無意識のうちに閉めたんじゃございませんの」
「閉めてない。 いくら何でも自分で閉めたら覚えているわよ」
「覚えがないから、無意識に、と言うのですわ」
「ああ、そうっ!お嬢様の仰る通りでございますわね。 確かに人は無意識にドアを閉めて、自分でも閉めたことを覚えてないってこともございますわ。――じゃあ、なぜその戸が蹴破らないと開かないの?」
――それは釘のせいだっ! けれど、犯人が分からない以上混乱を招くだけなので黙っておく。
突っかかる真砂子に松崎さんは口調を真似て、小バカにしたように言うが―…「建付けのせいでございましょ」動じず真砂子に一刀両断された。 お〜お見事!
松崎さんの言い分にも、分からなくはない。だって彼女は視えないから。だから、霊が視えない松崎さんは霊がいるに違いないと言う。
だが、霊が視える真砂子からすると―…とんだ茶番なのだ。――霊はこの旧校舎にはいないのだから。
力を持った霊がいるのなら隠れているのかもしれないけど…その線もない。
なにせ、私がこの目で視てるしジェットもヴァイスも確認した、いないと。力のかけらも感じないので確実だろう。
松崎さんの話を聞くとこうだ。――中から声がしたのだと。
人のこえで「おい」と呼ばれた気がして、空耳かあるいは滝川さんか――と思ったそうだが、滝川さんはその時、自分の後ろを歩いていたはず。
滝川さんじゃないのなら誰だと…それで確認しようと中を覗いたら、後ろで戸が閉まったそうな。
その話を聞くと一瞬の間が空いたが、霊じゃなくて空耳だとか、野次馬がいたんだろうとか、またも討論が始まる。
――とにかく、あの部屋、変なのよ…。松崎さんの声はいやに耳に残った。
「あたしの見たところじゃ地霊ね」
またも松崎さんは自信満々に見解を話す。
「地霊って?」
『その場所に住む霊のことよ』
松崎さんが質問した麻衣に眉を寄せたので、急いで答えた。
「葉山さん…よく知っていましたね」
会話を耳にしていた渋谷君は感心して瑞希を見る。
――当たり前でしょう。一応専門ですし。
私は渋谷君を一瞥して、言葉を続けた。
『家が神社なんです。渋谷君、助手だし私には敬語はいいですよ。最初はタメ口だったでしょう』
きっと同じ年くらいかと思っていて実際は年上だったから、どう接していいのか考えあぐねていたんだろう。
そう言うと彼は、軽く驚き「分かった」と答えた。
「地縛霊とは違うの?」
ぽつりと麻衣が質問をした。
『地縛霊は何か因縁があってその場所に囚われている人間の霊のことで、地霊は土地そのものの霊のことだよ』
「俺は単純に地縛霊のほうだと思うがな」
滝川さんが会話に入り、またも口論に発達する。
思わず真砂子と目を合わせて苦笑した。
『(だから…ここには霊はいないんだって)』
ジョンさん―…ジョンでいいと言われたので、ジョンはこの現状に「普通、ホーンテッドハウスの原因は、スピリットかゴーストでんがな、です」と、答えた。
「スピリット……精霊だな。 ゴーストは幽霊。――聞いているか、麻衣?」
「原因がスピリットやったら、そこが地霊のゆかりの場所か家にスピリット…悪魔を呼び出したことがあるとかなんやです。 ゴーストが原因やったらそれは地縛霊ゆうことになります」
「地霊だと思わない?」
「地縛霊だよな!?」
もの凄い形相で松崎さんと滝川さんは、ジョンさんにつめよる。
「わ、わかりませんです」
そうジョンが答えるや否や、二人は渋谷君にも尋ねて、またも渋谷君をバカにしていた。
どうして渋谷君を目の敵にしているのか…。そんなに若いのがいたら癪なのか? 知れず溜息をついた。
『――ん?』
窓辺によって外をながめていたらグラウンドを横切っている人物がいた。
その道を通っているって事は、数分前にはこの旧校舎にいたという事になる。
――しかも―…。
『彼女…』
「どうかしたのですか?」
思案していると、同じく冷静に場を見ていたリンさんに声をかけられた。
『いや、あの子…誰かなって思っただけですよ』
先ほどの人物に目を向けながら告げる。
「あの方がどうかなさったんですか?」
『いや…特に。ただ……』
「ただ?」
『…何でもないです、気のせいみたいでした』
ただ…あの女の子の周りの気が負のエネルギーに埋め尽くされていたから、異常なくらいに。 でもそれを意味もなく口にする必要もないし、心の中だけに止めておく。
負の感情に惑わされるのは、あんまりよくない。いろんな負のモノまで寄りつけてしまう。
彼女が何かに巻き込まれなければ良いけど…。そんな事を思いながら、未だ彼女を見つめていた。
だから、そんな瑞希をリンさんが見ていたなんて―――…瑞希は知る由もなかった。
「とにかくっ」
松崎さんの高めな声に意識が思考から浮上する。
「祓い落とせばいいんんでしょ? アタシはあした除霊するわよ。こんな事件いつまでも関わってらんないもの」
彼女はズカズカと宣言しながら帰って行った。
「ムダですわ。 霊はいないといってますのに」
ポツリと真砂子が呟く。それに反応した麻衣はいるのでは?と疑問を口にするが、真砂子は否定した。
松崎さんの件がひっかかって真砂子が言う事が信じられないようだ。
『……』
視えない人に、いるとかいないとか教えてあげてもその人は視えないので嘘だと思われがち……だから私は人と距離を取る。
真砂子は強い。ああやって他人が信じなくても、自分の意見をはっきり告げる事ができる。
なのに…それでも麻衣も松崎さんも信じてはくれないので、やるせなくなる。
「ナル! 陽が暮れるよ」
「あぁ…そうだなそれじゃ二階の西端の教室に機材を入れて、僕らも引き上げよう」
「おや、坊やは泊まりこみはしないのかい?」
「今日はまだ。……そうだな、明日には泊り込んでみようか。 麻衣、明日は授業が終わったらここへ。 できたら泊る準備をしておいてくれ」
――泊り込み…かー…。
「と……泊まるのは、ちょっと……」
「カメラを弁償するか?」
「……用意しておきます…」
「できれば、瑞希も泊まる準備をしといてくれ」
渋谷君が私に目を向けそう口を開いた途端、麻衣の顔が分かりやすいくらいに輝いた。
『分かりました』
そうしてこの日の調査は終了した。
「瑞希さん、右足まだ痛むのではないですか? 良ければ送ります」
『(…良くない) あー大丈夫です、お気になさらないでくださいな。麻衣っ!一緒に帰ろ〜』
こちらのやり取りを幽霊でも見ているかのように、目を見開いている麻衣にそう声をかけ……本当に、この日の調査を終了させた。
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