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――翌日。




ナルは、現段階では人間の仕業によるポルターガイストなのか、霊によるポルターガイストなのか断定出来ないと言って。

ナルに指示されて、明け方まで、機材の設置やら、測定などしてたから、私と麻衣が翌朝起きたのは太陽が真上に昇ったころだった。

人使いが荒いと言いたかったが、恐らくナルとリンさんは徹夜しているに違いないと容易に想像がついたので、数時間だけでも寝かせてもらったのは有りがたいと思う事にした。


『どうしてここにいるの?』


ナルは、典子さんに呼び出された庭師の曽根さんに家について話を訊くとか言っていて、私は特に曽根さんの話を聞きたいとは思わなかったので、カメラが取り付けられていない外に出て来たのだ。

その際、裏口から入って来た曽根さんとすれ違ったけど……典子さんが話してた通り、とっつきにくそうな顔をしていた。


――まあ…人のこと言えないかもしれないけど。



〈っ〉

『大丈夫、怒ったりしないよ。ただ、お姉ちゃんは、君達が苦しそうに見えたから、気になってるの』


今日は、霊達に話を訊きたいと思ってて、直接話そうと思って、外へ出て来たのだ。

丁度近くで遊んでいた女の子の霊二人組に、腰を屈めて問いかける。威圧感を与えないように、ジェットとヴァイスにはついて来ないように言ってるので、今頃ベースにいるだろう。

姿が視られてる事に、尚且つ話しかけられたことに、少しの怯えと恐怖を大きな瞳に乗せた女の子達に、私は安心させるようにふんわりと笑顔を浮かべた。


〈帰りたいけど、帰れないの〉

〈あたしもー。お母さんに会いたいけど、ここから出られないの〉

『そっか。何で帰れないのかな?』


ここにいる霊達の中で、和服ではなく洋服を身に着けているこの子達は、この家に居座る様になってから他の子に比べて日が浅い。

故に、何かに威圧されていても、口が軽いかもしれないと踏んで、闇に染まってない事を祈りつつ、問いかけた。


『昨日、悪戯してたのと関係あったりするんじゃない?大丈夫、お姉ちゃん達はね、君達をここから出してあげるために来たんだよ』

〈ホント?〉

〈お母さんにも会える?〉

『…お母さんに会えるかどうかは、私にも分からないけど……君達が行くべき場所が何処なのか教えてあげることは出来るよ』


お母さんに会えるかどうかは…私も死んでみないと判らない世界で。なので、望んでいる答えを言ってあげられない。

だが、態度はアレだけど、メンバーには滝川さんや松崎さんがいる。魂を消滅させることなく、天国なるところに送ってあげられるだろう。私には、出来ないけど、あの二人なら迷える霊を導ける。そう思って、安心させるようにやんわりと話した。


〈でも…〉

『ん?』

〈ゆきちゃんが…〉

『ゆきちゃん?その子がどうかしたの?もしかして、悪戯をしてたのと関係ある…とか?』


私の言葉に、女の子二人は、満面の笑みを見せてくれた。けど、それは一瞬の出来事で。何かを思い出した二人は、幼い顔を陰らせた。

“ゆきちゃん”っという名の新たな存在に、私は怪訝な顔をした。


――その子が居間にいる人物なのかな?



〈誰にも言わない?〉

『うん。君達から訊いたって誰にも言わないよ、約束する』


二人の眼を見てしっかりと頷いたら、彼女らは顔を見合わせておずおずと教えてくれて――…。

知らされた内容に、私は、やはりと人知れず頷いた。





 □■□■□■□




「何をしていた」


きっとナルにしつこく家の事について訊かれたのだろう曽根さんと入れ違いに、戻って来たら、ナルから冷やかな眼差しを頂いた。


《何か判ったか?》

『ん。気晴らしに散歩ー』


不自然にならない程度に、ジェットに頷いて、ナルを躱した。――ただの散歩ではないんだけどね。


「お前が呑気に散歩している間に、曽根さんから話を訊いた」

『……厭味ったらしいね』

「そう聞こえたか?なら仕事をしろ」


ナルは、調査で来ているからただ解決させるのではなく、ありとあらゆるデータを取ろうとする。ただ解決させるだけでは意味がないらしい。

昨夜のポルターガイストを目撃して慎重に行動するとその場は一致し、森下家が以前から怪奇現象に悩まされて、この家に持ち込んだ可能性もある為、滝川さんと松崎さんの依頼主それぞれに話を訊いたのだとか。

典子さん達が引っ越す前の家には何もなかったと言っていたから、森下家がこの家に持ち込んだ可能性は消えた。

だが、それだと以前この家に住んでいた人達も、怪奇現象に悩まされているはずなんだが――…以前の住人を知る庭師の曽根さんは、何もなかったと言う。

訊いた話との相違点と、誰がポルターガイストを起こしているのか、という疑問に行き当たる。

私は、辻褄が合わない原因にはある程度、答えを得ている。以前の住人たちが怪奇現象に遭ってなかったのは、恐らく幼い子供がいなかったからだろう。

ポルターガイストを起こしている張本人は、霊だとまでは判るのだが……誰が黒幕なのか、まだ判らない。

居間にいて未だ姿を見せない妖怪なのか霊なのか判らない存在なのか、礼美ちゃんの人形――ミニーに憑りついている霊なのか、どちらが黒幕なのかまだ判らない。

もしかしたら、二人は共謀しているのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。現段階では、私でも何とも言えない状況だった。



依頼主の様子を報告しながら難しい顔をしているのを横目に――…私は、大変だな〜って他人事の様に感心した。あの滝川さんと松崎さんも、難しい顔をして仕事をしていたのか。私が散歩している間に。


――散歩していたといっても…私だって情報収集していたのよ!!

誰にも言えないので、呆れた眼差しを寄越した松崎さんと滝川さんを、脳内にいつか仕返しをすると刻んだ。

ふと、私だけが蚊帳の外になっているのを傍観していたら――…麻衣が何か言いにくそうにしているのに気付いて、


『麻衣?何か気になることでもあったの?』


彼女は、割と人が気付かない事にも気付いてくれるので、そう尋ねた。


「子供って良く怪我をするじゃないですか?でも、その怪我が冬の間は腕にあって、夏になると腕から消えるのをどう思います?」

『――ぇ』

「何の話だ?」

「ええと……それってどういうことかなあ、と」


言いにくそうに、言葉を選びながらそう言った麻衣に、瑞希はひやりと硬直して。ナルは怪訝な表情を麻衣に見せた。


「長袖の間は腕に怪我をする。半袖になるとしなくなる。――そういうことか?」

「うん……まあ……」

「何なの、その薄気味悪い謎々は」


怪訝な眼をした松崎さんに答えたのは麻衣ではなく、ナルだった。滝川さんとリンさんも麻衣の話に、眉をひそめていた。


「本来なら真っ先に怪我をしそうなのは露出した部分だ。それが逆転することは、日常生活の中では有り得ない。誰かが故意に見えない場所に傷を負わせない限りは」

「まさか……虐待?あの子か?礼美ちゃんとかいう」

「うん……」

「痣を見たのか?」

「ううん。典子さんがそう言って心配してたの。――それにね、礼美ちゃん…お菓子に毒が入ってるって叫んたんだよ」

『……』


麻衣の話を訊くにつれて、ジェットがぴくりと反応しているのが視界の端に映る。

虐待、毒――…そのフレーズに思い出したくもない記憶がぶわりと蘇った。


「魔女がいるって。柴田さんは悪い魔女の手下だからお菓子も食べられないって……それに、礼美ちゃんと典子さんが邪魔だから毒で殺そうとしているって言ってた」

「なるほど。典子さんが何か言いたげにしていたのは、それか」


ジェットの心配している視線にすら答えられなくて。どく、どくどくっと心臓の鼓動が早くなる。


「大層すぎると思ったんだ。秘書を含めて大の大人が四人もいて、被害の少ない怪奇現象に霊能者を雇うなんて、常識では考えられない」


ナルの言葉に、松崎さんと滝川さんも思うところがあったのか、真剣な顔して頷いた。


「彼女が本当に怖がっているのはそれらしい。つまり、人間関係が拗れて、このままだと家の中で、本当に不幸な事件が起こるんじゃないか、という」

「……香奈さんは陰謀説よ」


珍しく真剣な表情をした松崎さんがぽつりとそう零して――…


「陰謀説って?」

「夫の妹と義理の娘が共謀して、気に入らない後妻を追い出そうとしている」


瑞希以外の視線が松崎さんに集まった。聞きたくもないのに、耳が彼等の音を拾ってしまう。

ナルは、滝川さんに目を向けて、彼の依頼主であるお手伝いの柴田さんはどうなんだと訊いた。人間によるポルターガイストの可能性もあると考えているナルは、人間模様も知りたいのだろう。

ナルが何を考えているのか、短い付き合いで承知している滝川さんは、依頼主のぷらプライバシーなんだが……と、渋ったが、事件が解決するならば、と重い口を開く。


「おばちゃんは全てを疑ってる。何かあったに違いないってのも本音だ。その一方で、典子さんと礼美ちゃんの共謀も疑ってるよ。二人が香奈さんに対する嫌がらせで何かをしてるんじゃないか、って可能性。同時にその逆も疑ってる」

「香奈さんによる虐待?虐待なんて……いくらなんでも酷い!」

「ちょっと、香奈さんが虐待してるなんてまだ判らないでしょ!」


当然、松崎さんは香奈さんを、滝川さんは柴田さんを、依頼主を信じて彼女達は違うと話した。

ナルは客観的に見ていたが、松崎さんも滝川さんも麻衣も――…複雑な人間関係に唸ったのだった。


「でも…」

『憶測で物を言ってはダメ』


典子さんの話を鵜呑みにしている麻衣を見て、口が自然と動いてしまった。


『それに、礼美ちゃんが怪我をしていたとしても、それは虐待による怪我だとは限らない』

「どういう意味だ」

『仮に、仮によ?この家で起きているポルターガイストが霊による仕業だったのならば、怪我をしているのも頷ける。礼美ちゃんに憑いているなら、以前の住民に怪奇現象が起こらなかった辻褄もあうでしょう』

「一理あるが…、それこそ憶測にすぎないだろう」

『虐待を受けた子供は、虐待をしてる――つまり親に、異常な執着をみせる。私が悪いの?私を見て、悪い所があるなら直すからもっと愛して――…ってね。礼美ちゃんにはそれが見られない』


そう、愛情に飢えて、暴力を振るっている人からの愛を欲する。かつての私がそうだったように――…。

専門的なことは判らない、ただ私がそうだったから、礼美ちゃんは私とは違うのだと感じられるのだ。理屈じゃない。


『逆に、異常な怯えを見せるケースもあるけど、第三者、つまり麻衣に気付かれた時に、隠すどころか気をつけてとアドバイスをしてる。この点から、虐待を受けているっていうよりも、私には本当に魔女がいるって話の方が頷ける』


ひたりを私を見据えるナルの黒の瞳を、見つめ返す。

旧校舎でも、事件について意見を言わなかった私が、口出しをしているのが珍しいのかもしれない。あの時は、視える真砂子の言ってることが正しいって言っただけだしね。

ポカーンとしてる麻衣と松崎さんの横で、滝川さんが眼を細めて私を見ていたのにも気付いたけど、唇は止まらなかった。


『食事に毒を盛られたならば、これ以上暴力を受けないように、知らないふりをして食べたふりをする。子供って意外と大人の顔色を窺うものなのよ。 礼美ちゃんは、それさえもしてなかった、後で香奈さんに殴られるかもしれないのに』

「嬢ちゃん、まるで虐待を受けていたような言い草だな〜」


否定も肯定もしない。

笑いながら言った滝川さんを、瑞希は栗色の瞳を細めて一瞥し、ナルに視線を戻した。


『とにかく、疑いを持った眼で依頼主たちを見るのは感心しないって言いたかったのです。人間によるポルターガイストを疑っているんなら、催眠をかけてみたらいいんじゃないのかな?』


霊により家の空気が悪くなっているせいで典子さんと香奈さんの関係まで悪くなっている。

そこに現れた霊能者達が、彼女達を疑った眼差しで見てしまったら、敏感になっている香奈さん達は、もっと疑心暗鬼になってしまうだろう。喜ぶのは黒幕の存在だけだ。

女の子二人の話から――礼美ちゃんの持つ人形には、十中八九霊が憑いていて、中には、立花ゆきという名前の女の子が入っている。

礼美ちゃんの言ってる魔女云々の話は、立花ゆきが吹き込んだに違いない。

ここで誰かを疑う話をするくらいなら――…ナルのお得意の催眠術で、誰がポルターガイストを起こしているのか調べたらいいんだ。それさえもしないで、憶測で話をするのは、典子さん達を悪い方向に刺激してしまう。


瑞希の言い分に、ふむと頷いたナルを尻目に、滝川さんは未だ探るような眼差しをしていて、リンとジェットだけが何か言いたげに瑞希を見ていた。



その時だ、何処からともなく悲鳴が聞こえたのは。






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