4-2 [21/39]
――来たよ。
『(懲りないわね)』
負の元凶が――…。
機材を車に乗せる作業を繰り返している時に、やはりと言うべきか――当たり前のように現れた黒田さん。 今日、休日なんですけど。
彼女と律儀にも会話してあげている麻衣と、彼女を見て、私は半目で溜息を吐いた。
《アイツ…前よりヴァイス好みになってるぅ!喰べたくなっちゃう!》
《……喰うなよ》
《ぷぅ〜分かってるよ!》
渋谷君やリンさん、こうるさい滝川さん達霊能者とは、調査が終わる今日を以てサヨナラだが……黒田さんはそうもいかない。
同じ学校の生徒だし…そして仮にも生徒会長なのだ私は。どう視ても負に呑まれ始めた黒田さんを放っておけるか否か。昨日の真砂子の件があるので、知った事かッと見なかった事にしたいけど……。
『(人の心なんてどう救えばいいか分かんないし…)』
私に出来る事と言えば……負のオーラに引き寄せられた妖怪や霊の類を、跡形もなく滅する事だけだ。
本人から依頼された訳じゃないので、四六時中黒田さんに引っ付いて回る訳にもいかない。
『(どうすればいいのよ…)』
見る限り、昨日釘を刺したのに……懲りてないようだし。
「じゃあ――それでもう帰る準備をしているってわけ?」
「依頼の件については片が付いたから。 今日中に報告書を制作して、それで終わり」
驚愕の声を上げる黒田さんに、もくもくと機材のチェックをしていた渋谷君が冷静にそう答えているのを横目に――…私も作業を再開した。
重い物は、昨日の件で右足が使えないので、機材についているコードを回収して、数を数える作業を。
主に重い物は――…ここにはいないリンさんが車と校舎を往復して、片している最中で。…つまり、今忙しいのだ。黒田さん…早く帰れ!
「ずいぶん、いい加減なのね。――地盤沈下だなんて、本気で言ってるわけ?」
小馬鹿にした癇に障る甲高い声が、嫌でも耳に届く。――だが…、
「もちろん、本気だが」
小馬鹿にした黒田さんに、渋谷君は手を休めずに答えた。
訊く耳を立てている訳でもないけど、同じ空間にいて、喋っているのは少数な場合、否でも内容が聞こえてしまう。
瑞希は、溜息をぐっと堪えて、眉をひそめた。
「じゃあ、あたしが襲われたのは、どうなるの?」
《出た!――アイツの十八番…秘儀、被害妄想》
――ぶッ。
ちょっとジェットぉ〜!
ぼそっと呟かれたジェットの言葉に吹き出しそうになった。でも、彼女の場合…ただの妄想だろ。
ジェットは瑞希の横に立っていて、ヴァイスは黒田さんの後ろに立って陰気の気≠一生懸命に吸い込んでいる。
『……』
「そうだ、あれは? 地盤沈下とは……関係ないよね?」
「あれは一連の現象とは無関係だろう」
「無関係って」
『(そう、無関係)』
「旧校舎の異常とは別の、たまたま起こった現象だということだ」
「呆れた。 地盤沈下で説明できないことは“たまたま”で済ませるわけね」
「そういうこともある」
「説明しきれないってことは、間違ってるってことじゃないの?」
「……あれは旧校舎とは無関係。 たぶん、君についてきた浮遊霊か何かの仕業だろう」
「そんな!」
麻衣って優しいな…、黒田さんの事苦手そうなのに、こうやって黒田さんの意見を尊重してるし。
「……霊はいるわよ」
霊はいないが、黒田さん。君の後ろに厄介なのがいるよー。…――視えると言うなら、何か反応しなさいよ。
「いない」
「ずいぶん自信があるのね。――そりゃあ、地盤沈下だって起こっているのかもしれないわ。だけど、それですべてが説明できるわけじゃないでしょ? 霊だってやっぱりいるのかもしれないじゃない。 そもそも地盤沈下そのものが霊の仕業ってことも」
「あり得ない。 調査の結果も、完全に否定的な結果が出ている」
渋谷君の声音に僅かに怒りを感じて、後ろを振り返って彼らを目に入れる。
「調査が足りてないんじゃない? そうでなければ、あなたにはそもそも分からないのよ」
『くろ―…』
「黒田さん」
そこで、渋谷君は手を止めて、彼女を見据えた。
渋谷君を馬鹿にした黒田さんを諌めようと声をかけようとしたが…、渋谷君の方が早かった。
『(地盤沈下を起こす程の力を持つ霊なんて、真砂子が見逃す筈ないでしょ!!)』
「では、分かると言うあなたが除霊をしてみたらいかがです。 僕は、自分の仕事は終わったと判断したし、だから引き上げるだけだ」
「……ねえ、もうちょっと様子を見るっていうのは?」
渋谷君の正論に、う゛っと押し黙った黒田さんに、麻衣がフォローしている。
ああ…昨日も言ったのに……何故こうも黒田さんは、私達の仕事の邪魔をするのか。少しイライラしてきた。
「ほら、確かに黒田さんの件もあるわけだしさー。 あれだけ特別っていうのは、言われてみれば変な感じがするよ。黒田さんだって、ここまでいるって断言するわけだし、もう少し調べてみるとか、経過を観察してみるとかしたほうが良くないかなあ?」
「必要ない」
「地盤沈下で、疑問の余地なし? 帰っちゃって後悔しない?」
「しない」
「……なんか、寂しいね」
『…ぇ』
「言っとくけど! あんたが帰るのが寂しいって意味じゃないからねっ!」
『(なんだ…この流れで、告白するのかと思った。)』
ここでそんな事を言われると思ってなかったのだろう、渋谷君も私と同じく目を丸くしていた。
「僕は何も言ってないが?」
「なんだってあたしが、あんたが帰るからって寂しいなんて思わなきゃなんないのよ! 扱き使われずに済むんだから、もちろん嬉しいに決まってるでしょうが! あたしはねただ」
「怒鳴る必要のあることか?」
黒田さんの事で若干、苛立ちを声音に込めていた渋谷君は――…必死に否定する麻衣に口角を僅かに上げた。
否定すれば、するほど…そう思っているって思われるよ。
黒田さんそっちのけで、二人は――主に麻衣から甘い空気が流れて、私は青春だな〜とか若いな〜とか微笑ましく思った。でもね、黒田さんが隣にいる事を、麻衣…忘れてないよね……。
「――あたしはただ、夢が消えちゃった気がするだけなんだい!」
「夢?」
麻衣が声を張り上げた瞬間に、ガラッとリンさんが戻ってきた。
今、雑談のような感じになっていて――…リンさん一人で、重労働疲れないのかな。チラッとリンさんを一瞥して、そう思った。
こうしている間にも、ヴァイスが気を吸っているのに、黒田さんを取り巻く負のオラーが濃くなっていくのを、肌で感じる。
「そう。…――だから……学校の片隅に古い校舎があって、いかにも曰くありげで、幽霊が出るとか祟りがあるなんて噂があって――そういうのって、一種のロマンじゃない。 夢があるっていうか」
黒田さんの事を気にかけながら――……麻衣がポツリ、ポツリ呟く内容に、引っかかりを覚える。
――…夢?
「そのわりには、怯えていなかったか?」
「それとこれとは話が別。 怖いから楽しいって心理もあるじゃない。……まあ、楽しかったとは言いがたいけど、どっちかと言うと君悪いし、怖かったけど……でも、ちょっと盛り上がったな」
『(……視えないからそう思うのよ…)』
思わず、握っていたコードを――ぎゅっと握り潰す。
視線も二人から床に落として、彼らから見えない位置で、舌打ちした。
《瑞希…》
「それがさあ、地盤沈下のせいでした、なんてロマンも何もないよねえ。 合理的で説得力があるだけに、なーんだ、って感じがするじゃない。 これで旧校舎が取り壊されちゃったら、きっともう噂だって消えちゃうよね。 その当初は話題になっても、きっとすぐに忘れられちゃう。 合理的な現象なんて、身のまわりで山ほど起こってるんだもん」
『……』
――ロマンって何。怪奇現象にロマンも何もないって……。 そこにあるのは、何かしら苦しんでいる霊とかしかいない。
「瑞希さん?」
必死で下唇を噛み締めている瑞希にリンさんが気づくが――、瑞希はリンさんに視線すら寄越さない。
――言ってるのは麻衣だ、落ち着け…私――…。
目を閉じて、そう自分に言い聞かせる。
『……』
「本当に幽霊がいて、祟りがあって、人が死んだりすると困るんだけどね。でも、無害な怪談話ならあったほうがいいよ。失くなってしまうのは寂しいな。 せめて地縛霊がいたけど退治されました、ってことだったら救いがあるんだけどね。そしたら、旧校舎が失くなって、真新しい体育館が建っても、ここでこんなことがあったんだ――って話だけは残るでしょ?」
霊だって生きていたんだ。それに霊は肉体が無くなっただけで、そこに存在している――…形を変えて、生きてるんだ。
それを…退治されて救われた〜とか、その後の笑い話に残るなんて不謹慎極まりない…と思う。人間が死んで、あそこで誰かが死んだんだって〜っと喜ぶようなもんだ。
――彼らだって――…
『……生きているのに』
今まで出会った霊達を思い浮かべて、悲し気にボソっと呟いた。
耳が良いジェットとヴァイスは、真一文字に口を閉じ、いつの間にか瑞希の近くで作業をしていたリンさんが、瑞希を心配気に見つめていたけど――…思考していた私は、気付かなかった。
「たとえ単なるお話にしても、それが怖い怪談話にしても、ずーっと語り継ぐお話があるほうが楽しいもん。 そういう学校のほうが、なんにも語り継ぐことのない学校より、ずっと楽しい感じがする」
『(楽しくなんてない)』
――視えないからこそ…楽しめるのだろう。怪談話とか。
人間より霊の味方な私には、麻衣のような考えは――理解出来ない。しようとも思わない。
人間なんかより彼らは私を受け入れてくれる存在で――…。だけど、麻衣が嫌いと言う訳でもない、その考えを理解したくないだけで。
「瑞希さん…大丈夫ですか?」
『!!――リンさん。大丈夫ですよ』
「辛そうですけど」
本当に心配してくれている表情をしているリンさんを見て、身長が高いリンさんはわざわざ腰を少し屈めて、顔を私の覗き込んで訊いてくれて――。 私は、困惑した。
遥人さん以外の人に、こうも心配される事なんて……日常にはない事で。
嬉しいと思う気持ちと複雑に混ざり合って――私は、なんて言っていいのか分からず口をまごまごさせた。
何故か、リンさんには適当に誤魔化したくなかった。 でも、霊があんな風に言われて可哀相に思ったなどと…言えない。
『…心配してくれて、ありがとうございます』
だから、安心させるように笑みを浮かべて、そう返したのだけど――…、
「……いいえ」
リンさんは悲しそうに、笑みを浮かべ――、瑞希とリンさんの間に気まずい空気が流れたその時、それは起こった。
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