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『え〜っと…リンさん?』
「なんですか?」
学校を後にしても私を抱えたままのリンさんに声をかけるけど…一向に降ろしてくれなくて口をまごまごさせた。
《くっ、くくくっ》
『――!(ジェットめ〜…)』
背後をのっそりついて来ているジェットは、目を白黒させている瑞希を見て笑い始めた。
恥ずかしさがまたも襲ってきて、頬を朱く染めながら――後ろを歩く男を半目で見遣る。
――何が悲しくてお姫様抱っこなんか…。
『降ろしてくれませんか?自分で歩けますからっ』
「瑞希さん足を痛めてるでしょう。骨折せてるかもしれないんですよ?――黙って抱えられてなさい」
『なっ!〜〜っ』
半ば命令系でそう言われて、口を尖らす。
普段は大人っぽい印象を受ける瑞希のその反応が可愛くて、リンさんは微笑した。
□■□■□■□
羞恥心が煽られる体勢と好奇の眼から乗り越え、近くの病院にて無事治療を受けた。
無事終えたのはいいんだけど――…後は会計待ちって時に、視界に見知った人物が映って冷や汗がだらりと垂れる。
『(リンさんが隣にいるってのにッ!!)』
《ん?おい瑞希アレ…》
レントゲンを撮ったり、問診したりで結構な時間がかかったのに――リンさんは文句も言わず、付き合ってくれた。現に今も、相変わらず無言だけど、身動くこともせずに隣に座っている。
そんなリンさんをチラッと一瞥して、心の中で見知った人物に気付かれないように、顔を下に向けた。
『(何でこんな所にいるのよー)』
看護婦の一人と話し込んでいる問題の人物に、私は心の中で、彼に叫ぶ。
この病院を訪れることになった原因である私の右足は、変な方向に捻ったみたいで…何回か通院する事となった。最悪だ。
患部は可哀相なくらいに赤黒く腫れ上がって、数日前に捻った時よりも、見事悪化したのである。現に湿布を張るだけだった右足首に、ギブスが……。
――ギブスって…。
放置すると独特の臭いがするんだよね。瑞希はリンさんにバレないように、軽く息を吐き出した。
「あれ?山田さん?」
『(げッ)』
《ゲッ。気付きやがった》
「山田さんじゃないかー!」
顔を輝かせて、看護師との会話が終わった彼が白衣を靡かせながら、瑞希のいる方向に大声で名前を呼んだ。しかも実父の方の姓で。
『(空気を読んでよー)』
「え、山田瑞希ちゃんだよ…ね?」
あたかも人違いだと思わせるように、何度呼ばれても視線を合わせることはしなかったのに。なのに、彼はズンズンと大股で歩いて来て、ついに傍に寄って来やがったー!
「何ですか、貴方は」
「え」
『お久しぶりです、奥山先生』
意外にも、リンさんが立ち上がって庇ってくれたので、思わず目を丸くさせてしまった。
と同時に…リンさんに申し訳なく感じて、私も椅子から立ち上がって、リンさんの隣に並ぶ。ここでやっと奥山先生と視線がかち合う。 空気が揺れて、隣でリンさんが困惑していると分かった。
奥山先生はあの頃と変わりなく無垢な瞳で、その瞳を見た瑞希はふわりと笑みを零した。
「あー!やっぱり瑞希ちゃん!!あ、もうちゃん付けはダメかな山田さんかな?」
『……葉山』
きょとんと小首を傾げる奥山先生に、もう一度、“今”の姓を告げる。
『葉山です』
「……そっか」
私の過去を知っている奥山先生は、それだけで悟ってくれたみたい。先生は悲しそうに笑って、リンさんをチラッと見て、そして私に聞きずらそうに口を動かした。
「今は…大丈夫なの?」
『はい。何も問題はありません。至って“普通”の日常を送っています』
「!そっか、それは良かった」
『……えぇ。本当に』
嬉しそうな顔をした先生に、瑞希は機械的に頷く。と、ここで会計の為に看護婦さんに呼ばれたので、これで失敬する。
『名前、呼ばれたので。これで』
「瑞希ちゃんっ、僕ここで働くことになったから、何かあったら…あ、何かなくても来てくれて構わないからねー!」
控室に響くぐらいに、大声でそう叫んだ奥山先生は……後で、誰かに怒られるんじゃないだろうか。だって、看護婦さんの数名からやや睨まれている。
――それにも気付かない奥山先生って……天然。
ニコニコしている奥山先生の視線を感じながら、会計を済ませて、足早く病院を去った。
「山田って……」
『さ、戻りましょう。って言っても…これじゃあ仕事の足手まといかもしれませんが…』
困惑しているリンさんに、旧校舎に戻ろうと言う。
「…いえ、今日は帰りましょう、家まで送ります」
そう言って、リンさんはふわりと笑った。
『――!』
普段は無表情なリンさん。 時々、笑みを見せてくれることはあっても…今みたいに優しく微笑まれた事なんてなかった。
昨日の夜、遭遇してしまった時から、リンさんはよく私に柔らかい雰囲気を纏ってくれる。そんなリンさんに息を呑んで、私は固まった。
今日――リンさんが言ったように、私が隠している事を、私の口から直接言うのを待ってくれているってことなのか…。
敢えて奥山先生とのやり取りにも触れないでいてくれるリンさんに――…何故か申し訳なく思ってしまった。
『(私は…隠し事ばっかりなのに…)』
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