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手始めに、被害者達の話を訊きましょうか。


 第二話【第一段階】




『大丈夫だった?』


ベースへ麻衣と安修君が二人揃って戻って来た。気になっていたから開口一番にそう尋ねると、修君は頷いて。

例の女子生徒は錯乱した状態から正気を取り戻し、怪我の方も消毒し歩行に影響は見られないと耳を傾けていた滝川さんを始めナルにも分かるように丁寧に答えてくれた。

「それはそうと、」っと、滝川さんが口火を切った。その眼は修君に向けられている。

彼の観察眼は侮れないと嫌という程頭に刻まれていた私は、思わず構えてしまった。


「手伝ってくれるのはありがたいが、勉強しないで大丈夫なのかい」

『(ああ…なんだそのコトか)』

「この時点で焦ったって始まりませんからね」


修君は、余裕の笑みで返した。――彼も歪みない性格してるわ〜。

麻衣と滝川さんは感嘆な声を上げてたけど、裏を返せばその発言は、焦っている世の受験生を鼻で笑ったも同然なのに。これ私に喧嘩を売ってるのかしら、なら買わなくちゃね。

それにしても、滝川さん…修君を心配する気持ちがあるなら私にもくれてもいいんじゃないかなって思うのは、私の我儘でしょうか。私も受験生なんですよっ。


『追い込みの時期ではあるのに、まだ生徒会長を続けているとわね』

「ありゃ。怒っちゃった?」

『怒ってはないわよ。ただ余裕だなーって』


年下に対しても敬語の姿勢を崩さなかった彼が、彼女には親し気に話し始めたのを見て、ナルを除いた外野はあんぐりと口を開いた。

彼等のやり取りで、すっかりと忘れていた事実を思い出した――そうだった、瑞希は受験生だった。ナルもまた忘れていたなんて、彼女は知らない。


「そう言ってる瑞希さんだって、アルバイトしてるとは。いやはや余裕ですねぇ」


修君がまさか渋谷サイキックリサーチに依頼を持ち込むとは思ってなかったけどね。

私がそういった類の事務所の助手をしていると、いつだったかメールを送ったはずでしょうよ。目を丸くさせて驚いて見せる修君に、気力がごっそりと持っていかれた。

『知ってるでしょ』と出そうとして止めた。これがナルだったら口論のようなやり取りが始まるんだけど……修君は、私よりも一枚も二枚も上手だから、突っ掛かるだけ無駄というか。

いやいや、一応年下のナルに突っ掛かるのは大人げないのでは…と思ってはいけない。ナルは年下らしくないから。それを言い始めたら私が子供だと認めてしまう要因となってしまうから。


「名前で…」

「呼び合っている…だと?!」

「え、?」

『変ですか?』


私は元来名字呼びが嫌いなのだ。それもまた初対面で見抜いた修君が、下の名前で呼ぶようになり、それなら私もと彼の下の名前を呼ぶようになった。

言われてみれば、クラスメイトの男子は全員名字呼びだ。いや別に変じゃないでしょ、女の子の友達と同じ感覚よ。うん。断じて滝川さんが怪しんでいるような面白い妄想には繋がらないから。

ナルの泣く子も黙る冷気が宿った眼力で、仕事しろと言われるまで、「仲良すぎやしないか」などの滝川さんと麻衣の追及の手に、修君と「そうですか」、私は『そうでしょうか』なんて、小首を傾げて。一時の雑談を楽しんだのだった――…。



「もうそろそろ来ると思いますよ――…って言ってる側から来ましたね」


急かされているのに、修君はのんびりとしていて。

これまが、いいタイミングで、最初の被害者の生徒のグループが姿を見せた為、ナルは溜息を一つ吐くだけに留めた。修君にはね。

所長は、私や麻衣に鋭い睨みを忘れてなかったよ。ひいぃっと悲鳴を口の中で上げた後輩に苦笑した。好きな人なんじゃなかったの、いつも悲鳴あげてるよね。ってまぁ、表情がくるくる変わる麻衣のそんなところが好きなんだけどね。





「教室に幽霊が出るので登校しなかったということですが…詳しく聞かせてもらえますか?」

「……はい。…あの……」

『ゆっくりで構いませんよ。それにここで聞いた話は他言しませんから安心して下さい』


案に、校長先生や生活指導の教師に、誰からどんな話を仕入れたかなんて話さないと意味を込めれば、不安そうにしていたポニーテールの女子生徒は安堵の笑みを見せてくれた。

彼女と共に入室してきたショートカットの女の子は、緊張してはいるが、ポニーテールの子程不安に感じてないようだった。こちらの子は、活発な性格の持ち主なのだと窺える。


「教室…って言ってもLL教室なんですけど、授業中自分が吹き込んだテープを再生してたんです」

『(LL教室…)』

「そしたら変な声が聞こえだして……」


二人に許可を取り、ボイスレコーダーで記録を取りつつ、ポイントをメモしていく為にボールペンを手に取った。

被害に遭った生徒を集めてくれた修君も、生徒代表として手伝いをかって出てくれたから、一緒に話を訊いている。彼女達と対面するように座った私達側に彼は立っていて。気になるのか、私の手元を上から覗いている。


――気になるなら、あとで見せるのに。

大人びえているかと思いきや、実は好奇心旺盛な一面に、瑞希は傾聴しながら隠れてくすりと笑った。


「先生に言っても信じてくれなくて…でもほんとにいたんです!!」

「他にそれを見た人がいますか?」


黒い犬も霊感がない人間にも目視されたのよ、必死に言われなくても疑わないし、ここに彼女達を疑う人間はいない。

それに少なくとも私はここの現象は、全てとは言えないけれど――黒だと踏んでいる。妖気は感じないから、高い確率で幽霊の仕業。


――ああ…拙いな。

三日前から明良さんはヴァイスを連れて泊まりがけの仕事に出かけてて、ジーンの身の回りのお世話にテイルでは不安だからジェットに頼んでいる。

残るテイルだが、心労が増えそうだった為…主に私の。テイルの事もジェットに頼んだ。つまり、私は本日からのこの泊まりがけの案件を、お供なしで解決しなければならないのである。

いつもいてくれる頼もしい式神がいないと不安だ。いなくても私一人で十分だと胸を張って言い切れる――…ってそうだった、コレは山田への依頼ではなかった。なら、危険な状況になっても大丈夫かな。責任はナルにあるんだしね。

そう無責任な考えに辿り着かせていたけれど。

実際そうなった場合、なんだかんだいって人間を放っとけないと自ら動く羽目になるだろうという現実に――当の本人の頭では正確な答えを弾き出せていなかった。


「あたし達みんな見てます。クラスの子のほとんどが声を聴いてるし!怖いから授業に出たくないって先生に言っても訊いてくれなくて。それでみんなで学校を休んだんです」

「…他に何か学校で起こっている変な話を知っていますか?」


ポニーテールの子を庇うように大声を放ったショートカットの女の子に対して、ナルは一つ息を吐き、質問を変えた。

集団で、変な声や子供の霊を視たのであれば、それは霊だった可能性が高い。集団で催眠術に陥っていたとかだったら話は変わってくるが、それは今のところなさそう。

問われたショートカットの生徒とポニーテルの生徒はお互いに顔を見合わせ、


「開かずのロッカーとか」

「いつのまにかバラバラになる人体模型」

「音楽教室の物音」

「焼却炉の蓋を開けるとおじいさんが逆さまに顔を出すって…」

「保健室のベッド!奥から二つめのにいつの間にか誰かが寝てるって」


怒涛の勢いで口々に、怪現象を喋り出した。

思考に耽っていた私は慌てて、それらをメモしていく。箇条書きなんだけど…まあ後で私が分かれば問題ない。リンさんはボイスレコーダーの方で状況判断をするだろうから、走り書きだろうがこれでいいのだ。

右手が話に追いついたところで、二人は唇を動かすのを止めてしまった。

不自然に思い、顔を上げると、彼女達は顔を下へ向けて、何か思案している様子に見えた。例えるなら何か重要な手掛かりを持っているかのように、手掛かりが非常に言い難い事のように、言い渋っているように見えた。



「…坂内君を見たって人がいます」

『(あぁ…)』


眉と手の平がぴくりと反応してしまった。


「廊下ですれ違ったとか。教室に立ってたとか…」


当然、「坂内?誰です?」と、疑問をナルが投げつけた。


「九月に自殺した一年生です」


――正確には自殺未遂なんだけど…。

こっそりと斜め後ろにいる修君を仰げると、ちょうど視線が絡まった彼は、他の面々に気付かれない様に肩を竦めた。

彼は知っているのだ。坂内君が生きているのを――。他でもない私がメールで教えたし、生徒会長として校長先生から教えてもらっていたようで、既知だ。

何故坂内君が自殺未遂だと見たところ全生徒に間違った情報が広がっているのか、答えは予想はつくもの後で修君に尋ねてみよう。


「分かりました。以上ですので、もう戻られて結構ですよ」


“自殺”と、訊いてびっくりしているのは麻衣だけだった。

なるほど。ナルと滝川さんは新聞をちゃんと読んでいたと見える。名前までは新聞に載ってなかったから、ナル達が知らないのも無理もない。

教師達に余計な事を我々に話すなと圧力をかけられている中、訪問してくれた勇気ある女子生徒二人は、ドアで振り返って、宜しくお願いしますと一礼し退出した。


「高校一年生…だったのか」

「あたしと同じ…」


――いや、生きてるんですって。

神妙な表情を面持ちをしている二人を眼界から外す。

同学年だけあって人に感情移入しがちな後輩が、悲しんでいるではないか。罪悪感で胸が張り裂けそうだ。

知れず息を張り詰めていたからか、ナルに目敏く指摘された。げッ。


「どうした」

『…いや』

「なんだ。何か引っかかっているなら後で話を訊く」


知り合いがいるならあまり霊感があると知られたくないのだろうと、言外に込められているナルの優しさが今は痛いです。

なんと返すべきか悩んでいたら、背後から修君のフォローの低いボイスが耳朶に届き、声なき感謝を贈った。修君の企み通り、ナルの意識もそちらに映ったのだから感謝感激だ。


「今話に上がった坂内君の霊を除霊しようとした生徒達がいますが、次に呼んでます」


順番からそちらの方がいいかと思われまして――…そこで言葉を切った修君に乗っかって、私は意見を述べた。


『三時限目が始まるから、次の休憩時間まで話を訊くのはお預けになりそうよ』

「その間、暇になっちまったな〜」

「どうする?」


呑気な兄妹のような助手と拝み屋二人に、所長は馬鹿かと痛烈な目つきを添えた。


「彼女達が話していた怪現象の場所へ行くに決まっているだろう」


拝み屋なのにその目で確かめないのか、そう余計な一言まで付けたナルから冷気が漂っていて。

あれ?ここ隙間風がスゴイナ〜と、麻衣とぼーさんは示し合わせたように寄せ合って震えたのだった。


「それでは僕が案内致しますよ」


瑞希と安原は、その光景に顔を見合わせてくすりと笑った。


『それなら決まりね』





 □■□■□■□



問題の場所を見て回ったけど――…それらしいものはいなかった。


「変なことが起こり出したのって去年の秋頃…っていうより……坂内君が自殺してからなんです」

『(保健室はなにか嫌な気配が漂ってたけど…)』

「もしかして坂内君の自殺が関係があるんじゃないかと思って……」


四時限目は移動教室ではない為、時間が取れたと来てくれた修君が教えてくれた生徒のグループは、三人組で三つ編みにしている女子生徒の名前が荒木梢さん。修君の知り合いなのだと彼が付け加えた。


「それでこの記事にあるように自分たちで除霊をしようとしたんですね?」


はきはきと喋ってくれるので、調査もスムーズに進む。休憩時間は限られている為とても助かる。

変な事が校内で立て続けに起こるものだから、この三人で見様見真似で幽霊を除霊しようとしたらしい。


「そうです。でも私達坂内君の祟りだって決めつけてるわけじゃありません」

「何かしないではいられなくて…でも何をしていいのか分からなくて…」


拝み屋である滝川さんが、素人がそんなんで簡単に除霊なんて成功できるかよと吐き捨てるように呟いたのを耳にしてしまった。

私が拾ってしまったのだと気付いた彼は苦笑して頬を掻いていたが、私は嫌な気持ちにはならなくて。むしろ滝川さんがちゃんと仕事にプライドを持っているのだと既に承知していた為、今回は苦笑を返した。

おっと目を丸くするぼーさんの反応には気付かなかったけど。


「あなたは坂内君と知り合いでしたか?」

「いいえ。事件の後で初めてそんな子がいたんだなって…。それに遺書が――…一時有名になって」

「遺書?」

「はい」


――「ぼくは犬ではない」

と、遺書にしては不可思議な内容にナルは眉をひそめ、麻衣は小首を傾げた。

坂内君の自殺現場にたまたま立ち会って阻止した私はもちろんその遺書は知っていた――彼の両親に教えて頂いたのだ。

当初、私が坂内君を突き落としたのではないかと、警察の方と疑われていたのだが。

以前から坂内君がノートなどに、“犬ではない”や、“嫌だ”とか、“うんざり”など、自殺を仄めかす文字を見付けていたから、私への誤解はすぐに晴れた。私が他校生だったのも犯人ではない大きな理由になったのだと思う。

ご両親は、彼がいじめに遭っていたのだと信じて疑っていないようで。私はその点について否定も肯定もしなかった。だって、彼の学校生活について何も知らなかったから。


「…意味がわかりますか?」

「判る気がします。学校にいると自分でもそう思うことがあるから。髪の長さから持ち物の色まで決められて、言葉遣いや態度が悪いっていちいちチェックされて。これじゃまるで犬のしつけみたいだって。それで私、坂内君は学校を恨んでるのかなと思いました」


坂内君の遺書の内容と、それについての自身の見解を述べた荒木さんと友達二人は、それ以上お話することはないと教室へと戻り、残されたベース内はし〜んと重い沈黙に包まれた。





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