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「瑞希だってスプーン曲げしてたじゃないか。瑞希は良くて僕はダメなのか」

『やめて、私を巻き込まないでくれる』


そして知ってるだろ!私は結界術を利用して曲げただけだ、と。

君は、PKでスプーンを曲げたからリンさんが心配して怒っているのだ。もちろんその違いを理解しているリンさんは遠くから見守っている面々に不自然と思われないよう、視線を彷徨わせた。ふむ、少し頭が冷静さを取り戻したらしい。人知れずほっとした。

滝川さんと綾子さんが確かに…と背後にいた私を見下ろす。やーめーてー。


「僕は瑞希みたいに無茶をしていない。あの時既に犯人に見当がついていたくせに、わざわざ親切にスプーンを曲げてみせたんだ。瑞希の方が無茶してるだろうそうだろう」

『やめろ。その話は終わったでしょ!』


再び剣呑な色を眼力に宿したリンさんを横目に、内心ひいーと悲鳴を上げた。


――このやろっ私を巻き込むつもりだな。そうはいかんぞ!

悪態を視線に宿して所長を睨む。

無駄な気遣いで壁になってくれてた男女は左右に別れ、リンさんとナルの姿がなんの障害もなくクリアに見える。


『リンさん、あきらかナルの方が無茶してる!そうでしょ!』


子供のように…否、年相応ににらみ合う上司と想い人の姿に、リンは怒りを鎮めた。

こうも外野がいたら、ナルに理解してもらう為の言葉を直接的に言えないわけで。怒りで周りを見失っていた。ナルへの説教は後回しだ。

ナルは、彼の両親からナルを預かっているというリンへの責任を理解しても、我が道を進むのを止めない。心臓に悪いからもう少し大人しくしてほしいのが本音だ。瑞希さんに対しても切にそう思う。

リンの気苦労を汲んでくれないところは、瑞希さんもナルも似ている。ホント嫌なところが似すぎている二人だ。


「ですからどっちもどっちですよ」


くすっと笑ったのは誰だったか――…ナルと同時に音がした方を鋭く見遣る。

唯我独尊のナルと、人が嫌いだと言ってる瑞希は、なにかと衝突して冷戦を繰り広げるが。

二人のやり取りは、お互いを理解してるからこその口喧嘩で。最初こそひやひやとしたが、麻衣達はもう慣れてしまって、悲鳴すら上がらない。今では寧ろ、年相応な表情をするから、温かく見守れる。

先輩のナルに対する態度が恋するソレじゃないから、麻衣もジョンと同じく微笑ましく目に映る。……あーとは言っても、やっぱりたまにはビクつくかも。だってナルも瑞希先輩も頭がいいから会話が寒くて怖いんだ。

麻衣と不意に目が合ったぼーさんはふっと苦笑した。


「それにしてもナルにそんな隠し芸があったとは。ぜひ、拝見したいなー」

「あ、アタシもー」


まるで生徒のように挙手をした滝川さんと綾子さんをチラリ。


「…麻衣、瑞希。覚えてろよ」

『だから私を巻き込まないでくれる』

「水臭いな。運命共同体だろ」

『や、め、ろ!』


秘密を共有したからか!まーったく嬉しくないんですけど!

今後はこんなやり取りが日常茶飯事になるのか――思わず頭を抱えた。すかさず頭を抱えたいのはこの僕だとか言ってる所長など無視だ、無視。


「瑞希」

『あー…はいはい』


最後まで言われなくても分かってしまった己が憎い。

きょとーんとしている後輩を横切って、恐らく綾子さんが使っていただろう紅茶に添えられたティースプーンを水滴を拭ってからナルに渡す。


「ナル!」

「こうなったら仕方ないだろう?」


はッと顔色を変えたリンさんを見て、申し訳なくて私の眉を八の字に下がる。――ゴメンね、リンさん。私にはアレは止められません。


「いいか?」


好機の視線と、心配している視線を一心に浴びたナルは、渡されたスプーンに“力”を込め、スプーンを持ってない片方の人差し指で丸みを帯びたソレを曲げた。


「ほら」


ごくりと生唾を飲む音が聞こえるほどの静けさの後、


「…すごいじゃない」


綾子さんとジョンは素直に目を丸くして、


「おい。おいおいおいナルちゃんよ〜」


滝川さんは呆れたように頭を掻いた。


「なにか?」

「なにか?じゃねーだろ!」

「えっなになに」

「あーもう簡単に騙されちゃってこの子はっ!今のはナルが指の力で曲げたの!横から見たらバレバレじゃ!」

『あーなるほど』


今のも素直に信じた麻衣に、私も滝川さんも柔らかい笑みを浮かべる。

「えーだって」と口を尖らせる麻衣が可愛くて仕方ない。

新しいスプーンを取り出した滝川さんを凝視する皆から一歩離れた場所で不敵に笑うそいつを見てしまった私は呆れた溜息を送った。


「いーか?こう!ここんとこで柄を支えて」


ナルの思惑通りに事が進んでいると思ってもみないだろう滝川さんが曲げたスプーンを、


「あ。ほんとです」

「だろ?」


ジョンが受け取って、無垢な瞳でまじまじと見ている。

敢えて指摘しない私の良心が、天使のような瞳に痛みを抱いた。だと言うのに、この男は。リンと私を除いた面々に…特に麻衣に向けて悪魔のような調べを奏でた。


「詐欺の被害に遭わない一番の方法は詐欺の手際を知り尽くすことだ」

「…こっ、こんな奴が超心理学者でいいのか…?」

「ただの手品じゃん」


麻衣と滝川さんのこめかみがぴくぴく動く。

綾子さんを含めわーわ言い始めた彼等に背を向けリンさんに、「もうしない。約束する」と、ナルが表情を和らげ言っているのを拾ってしまって。

ナルなりに心配してくれるリンさんを大事にしているんだなーと他人事のように感想を溢す。


「どうですか」

『ぷっ。信用ないのね』

「貴方もですよ」

「ふっ。言われたな。僕もそっくりそのまま瑞希に御返しする」


思わずナルを指さして笑ってしまった私に、リンさんのとげとげしい注意が降り注いで。

ナルから勝ち誇った笑みを頂いた。ナルのその微笑みは、リンに言われてやんのーって言われてるような気がして、解せぬ。とても真っ黒で腹立たしい。


「あーあ。なーんだ。期待して損しちゃった」


脱力した滝川さんの明るい言詞が耳をすり抜けて頭に届く。


「せっかくだから皆で飯食いに行こーぜー」

「えっオゴリ?」

「しょーがねえな。未成年だけオジさんの奢り」


奢りと訊いて、顔を輝かせた麻衣に、ナルは現金な奴めと口の中で転がす。

ふと麻衣が慕っている先輩に目を向けた時、彼女も顔を明るくさせていたので、瞼を瞬きさせた。


「やったー。ナル達は?行くでしょ?」


ほくほくと笑みを振りまく助手に向かってナルより先に、普段だったら行かないだろうお前と言いたくなるほど、麻衣と同じく楽しそうな笑みを浮かべてる瑞希に遮られた。


『私も行く』

「一緒にお食事なんて久しぶりですわね」

『だねー』

「やりー!先輩ゲットー!でっ、ナルとリンさんは?」


ぴょんぴょーんと跳ねる麻衣の頭部を見て苦笑した瑞希の眼と、リンの片目が絡まって――…視線を行き来していた真砂子は、リンを見て意味深に目を細めた。

そうこうしている間に、ぼーさん達はすでに出入り口に立っており、麻衣はナルに断られていた。

「えー行こーよー」なんて駄々を捏ねる麻衣の腕を引っ張る綾子は、さながら姉のよう。


「行くわけないでしょナルが」

「だってー」


騒がしい音は、カランカランと寂しく鳴った扉の向こうに消え、ナルは良かったのかとリンを振り返った。


「何がですか」

「瑞希行ってしまったがリンはそれで良かったのか?」

「……瑞希さんが彼等と食事に行こうが行くまいが私には関係ありませんが…瑞希さんの世界が広がるのであれば、あれで良かったのでしょう」

「まだ認めないのか」

「なんの話でしょう」


一気に人気が無くなった室内に、


「つまらないな」


喜色を帯びた所長の音が溶け込んだ。

険悪なムードになると気にしていた麻衣に、綾子とぼーさんがこっそりと一度失敗してるからしつこく聞きだしたりしないと耳打ちして。

ナルはともかく、瑞希がスプーンを曲げたのは“力”があるからだと――誰もが思っていたが、あの場で詰門しなかった理由を麻衣と、ちゃっかり会話を訊いていたジョンは、なるほどと深くうなずいたのだった。

彼等の視線の先には、真砂子と笑い合う瑞希の姿で。

こうして渋谷サイキックリサーチとその他協力者達の日常は、元に戻ったのである。





to be continued...
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