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『っ、ん』


茜色が似合うこの時期に、使われなくなった物置部屋で。


「、はっ、」


冷えた空気を暖めている太陽が、青々と広がる空の真上で輝いている――…そんな人々が活動的になる時間帯に、男女の影が二つ激しく絡まり合っていた。

唇を必死で貪られる女――ウェラー卿サクラは、理性を何処かへ捨てた夫から意識をどうしてこうなったと午前中を振り返る――…。



今日は、私もユーリも魔王陛下が設けた規律に乗っかった正式なお休みの日で、朝から執務や政務の追われることなくのんびりとした時間を過ごしていた。

外交関係の仕事を、最近は村田と一緒に私も頑張っていた故、ゆっくりと過ごすのは久しぶりで。そんな中、白鳩飛べ飛べ伝書便が己に届いたのである。


――久しぶりにあの人が帰ってくる、と。

お休みと云えど、その身分から護衛は付きっ切り。

本日の護衛は、ミケとカールで、私が飼っている可愛い白鳩を可愛く撫でてお礼を申した後、ミケの肩に乗せて。くりくりとした瞳をした白い鳩は、丁寧に手入れがされてる金髪の彼の肩で頷くように鳴いた。


「ウェラー卿からですか?」

『うむ。コンラッド、帰って来るって!』

「……へぇ。ま、どうでもいい」

「こらこら。半年ぶりですか、今回は長かったみたいですね」



だるそうにそっぽ向くカールの横で、人の良さそうな笑みで宥めるのはミケ。この二人はセットになって仕事を与える事が多い。

護衛の勤務体制は、副官のオリーヴに任せているが、山吹隊は基本的に二人体制で相性がいい者と任務に当たる。

オリーヴ、バジル、ロッテは、ランダムに。クルミは、兄のロッテか幼馴染のミケかカール。ナツはカンノーリといった具合に。相性が悪い組み合わせはないものの、自然とこうなっている。

コンラッドとは違う裏のない笑みが似合うミケにこくりと首肯。

夫は、優秀な軍人だから、度々遠征で城を留守にする。その度に、お互い物寂しさを覚えている――他の者に言えば、いつまで経ってもラブラブで御馳走様ですなどと生温い眼差しが返ってくること間違いなし、だ。

己で言うのもなんだけども、私とコンラッドは新婚のような恋人のような…そんな関係を保っている。

付き合うまでが波乱万丈だった故、余計にそのような甘い空気から抜け出せないのかもしれぬな。その為、まだ子供の気配はない。


『こんなに長かったのは初めてだな。厄介な案件だったのだろうか?』

「さぁね、どうでもいいや」



恋愛的な意味は全くなく、ただ純粋に姫ボス大好きな山吹隊の面々には、もちろん興味がなさそうな様子のカールも含まれている。

結婚してからも、オリーヴの様子も変わらなければ、カールもまたウェラー卿コンラートを快く思っていないようで。まあそれも自分も含まれているけど…そう心の中で零しニケは苦笑した。


『まあ詳しい話は、グウェンに訊くとするかー』


詳しく訊けば、昼頃到着するらしく、姫ボスはそわそわと死覇装からウェラー卿が好きそうなワンピースに着替えると自室に戻るべく、踵を返して自分達に背を見せた。

恋に恋する少女とは異なるうきうきとしたその姿は、大変可愛らしく。戦争中の頑なにウェラー卿への想いを隠していた頃と比較すると、感慨深いものがある。

二人の仲を応援していなかったニケやカールにすら、そう感じさせるのだから、それだけ歳月が経ったのかと寂しい感情を抱いた。センチメンタルになってしまうのは、チキュウの二ホンで言う紅葉の季節だからに違いない。


「……女性って大変だね」

「……それどっちの意味で言ってんの?」

「ぇ、」

「愛しの夫に久しぶりに会うために衣装替えをする方?それとも…半年もお預けをくらった獅子のお相手?」



はぁっとため息を吐き皮肉を口にした幼馴染へ、「あーそうだった、どっちもだね」とニケが返したのを姫ボスは知らない。



『、ぁ』

「ん」


一つに重なり合っていた影が、少し離れて。互いの間で銀の糸がきらりと光る。

出入り口の扉に押し付けられ吐息も逃さないキスをされて涙目の妻の表情に、ウェラー卿コンラートに苦笑する余裕はなかった。とろんとした顔は、欲情しかかられない。

目の前の極上のエサに喰らい付く事しか頭になかった。

普段なら優しくするところを、獣の如く貪るのは、半年間彼女と触れ合う機会がなかったからと、もう一つ理由がある。


『コンラッド!お帰りっ!』

「…サクラただいま」



素直に告白するならば、サクラに会う前にシャワーを浴びて欲望を沈め冷静になってから会うつもりだった。そうすれば、夜までは理性が保てるだろう、と。

だと言うのに――…甲斐甲斐しく厩舎までひょっこりと顔を出した愛らしい妻は、飛んで火にいる夏の虫状態だ。空腹の獅子の前に現れた小動物。

妻が眞魔国に腰を落ち着けてからはずっと触れ合わない時間の方が稀有で。ずっとイチャイチャしていたから、半年も会えなかったこの時間は、仕事とは言え辛かった。

もしもジュリアが生きていてこの場にいたら、指をさして笑うだろうくらいに今の俺には余裕はなかった。……いや、もしかしたら妻に飢えた俺にその笑みを寄越すのは危険だと諭すかもしれない。


「っと」

『ふふふっ』



まだ周りに俺の部下がいるというのに、真っ先に胸に飛び込んできたサクラに一瞬息が止まった。

俺だけしか見えてなくて、俺を見付けて破顔したサクラの全身から、俺への愛情が滲み出ていて。じんわりと込み上げる何か。

抱きつぶしたい情動を抑えて、そっと背中に手を回した。周囲が望む完璧なウェラー卿の苦笑を添えて。


「(だと言うのに)」

『は、ぁ』


付かず離れずな距離にいるカールとニケの姿を視界の端に捉えつつ、努めて冷静に問うた。

扱いやすいオリーヴと比較して何を考えているのか知れないカールとニケは昔から苦手だった。侮れないロッテも扱い難そうに見えてヨザで耐性がついている為、特になんとも思わない。ロッテは腐れ縁なヨザにどことなく似ている。


「?どうしました」

『私な、外から帰って来たコンラッドの匂い好きだなー』



息を呑む音に気付かない彼女は顔を胸の下に埋めたままぺらぺら喋る。

遠くでカールが溜息を吐いたのだけは、訓練された聴覚が拾った。ほんの少し変わった空気に気付かなかったのは彼女だけ。

共に遠征へと出かけていた者達は、遠くから俺に一礼して去っていく。ものの数分でこの場に残されたのは、俺達のみだ。


「…大分お風呂に入れてませんから、臭うでしょう」


そうやんわりと濁して放そうとした俺をぱっと顔だけ上げたサクラが、


『臭くないぞ!土埃の臭いとコンラッドの匂いが混ざってて働いてきたって感じで、好きなのだ。あ、普段のコンラッドの匂いも好きだぞ!』


涎を垂らして今か今かと待てのポーズをする獅子に向かって言うから、繋ぎ止めていた理性が切れたのは仕方ない。

恐らく静観していた二人も、同性故に俺の気持ちが分かったのだろう――珍しく気だるげなカールのブラウンの双眸が同情一色に染められていた。

長時間ノーカンティに乗っていたから、間違いなく自身は動物臭い。

彼女がチキュウにいて会えずにいた頃も、久しぶりに会えた日の夜は熱いものになるのは当然だったが…夫婦となって法的にも心に余裕がある現在もまた彼女への想いは溢れるばかりで、誰かに取られるのではという不安も留まることを知らず、遠征の帰りは眠れない熱い夜を過ごすのだが。

こんな風にシャワーも浴びずに、自室に行く時間すら惜しく触れ合いたいなんて。俺もまだまだ若いな。

眩しい笑顔をくれたサクラを抱えた俺を、引き留める事もなくついてくる様子もないカールとニケは優秀だと思う、本当に。

ひらひら〜っと手を振る護衛に向かって、サクラがなにか叫んでいたようだが、理性とおさらばした俺の耳には届かなかった。


「お大事に〜」

「せいぜい頑張ってクダサイヨ」

『薄情者〜!貴様ら護衛だろー!てゆーか、カール貴様は許さぬぞ、絶対にだ!』



望んでも手が届かなかった獲物が、自分の目の前で美味しそうな頬を真っ赤に色付かせていたとしたら、世の男性の諸君はどうします?


『ちょっと待たぬ――っ。ぅむ、んん』


タガが外れた俺は遠慮なく頂くね。

サクラと結婚するに当たって、以前彼女が使用していた部屋の下の階を俺とサクラにと魔王陛下から頂いた。

彼女にあらかじめ知らせたら遠慮するのは想像に容易く、二人がチキュウに戻っている間に、改装したのだ。

以前使っていた漆黒の姫の部屋は魔王陛下の一室になり、ユーリの部屋は前よりも更に広くなった。これにはユーリがおれのは広くしなくてもいいのに……とボヤいていて、ヴォルフがまた癇癪を起していたのも記憶に新しい。

理性が崩れてサクラを連れ去るのはこれまでも何度かあった中で、俺達夫婦の部屋へと戻る間も惜しく、欲望に負けたのは初めてかもしれない。


『こんら、』


酸素が肺へ届くように合間合間に唇を解放して。

俺のせいで赤く腫れたぷっくりとした唇を何度も塞ぐ。今度は舌を入れて、情交を思い出させるように吸って絡んで、甘噛みする。サクラを味わう事しか頭になかった。

禁断の黒一色のAラインワンピースを身に着けたサクラは一層綺麗で、堪らない。

唇を堪能した後に、目を引くうなじへ自分の唇を寄せる。と、意識が現実へ戻って来たのか、思いの外強い力で肩を押された。むっと眉を寄せ、もう一度頭を寄せようとしたら軽く頭をぺちりとされて、無言で漆黒の瞳を不平不満を込めて見つめた。


『え、ここで?』

「ダメですか」

『せめて部屋に帰らぬか?ここでは…』

「俺の事拒むんですか」


哀しそうに問えば、彼女は弱い。

企み通り数秒悩んで然し、やっぱりだめだと否定された。すみません、俺は部屋まで待てません。


『んっ』

「ふっ可愛い」

『っ、バカ!』

「バカでも構いません。ねえ、このまま食べさせて?」


『なっ、』と、真っ赤な顔でぷくりと膨らんだ唇をパクパク開閉させる、その仕草が――俺を誘っている。

やめて欲しいなら俺を魅了するのはやめてくれ。彼女からしたら俺が悪いんだろうが俺にとったらサクラが悪い。


「半年もずっと会えなくて」

『手紙でやり取りしてただろう』

「手紙ではこの顔も声も俺には届かない」


切ないと八の字に下げられた眉が物語っていて。むにむにと唇を撫でられて、己の全身の血液が首から上に集中した。

「半年もずっとこの手に寂しくもお世話になって、サクラ不足なんですよ」と、否定を許さないコンラッドが立て続けに囁く。意味を理解して彼をから視線を逸らした。


――うーぬぬぬ。かける言葉が見当たらぬっ。

このままでは、いつ誰が来るやもしれぬ部屋で致してしまう。まずい。コンラッドはやる気に満ちている目をしている。非常にまずい。

そっと下げた視線の先で、コンラッドのアレが既に戦闘態勢でいるのを捉え、目の前がくらりとした。


「仕事漬けな毎日だった俺を労わってくれませんか」

『うぬぬぬ…わかった、しかし、部屋に戻って――…、』

「無理、爆発しそうなんです」

『ちょ、』


スカートの中に手が侵入して、誘うように太ももを擦っている。


「俺の仕事帰りの匂いが好きなのでしょう?いいじゃないですか、そのまま楽しんで。俺はサクラを頂くだけなんで、ね?」


――ね?じゃないわッ!

すかさず非難の声を上げようとして音にしなかったのは、コンラッドの右手が早急な手付きで下着の中で動いたからで。中途半端な吐息は、彼を煽るだけだった。


『ま、ことに…ここで?』

「えぇ、ここで。大丈夫ですよ、ここ誰も来ませんから」


ちゅうっと音を立てて、コンラッドが首筋を舐めながら喋る。

再度いいかと尋ねられ、切羽詰まってながらも最終確認してくれる優しさに思わず頷いてしまった。

すると、間を置かず迷いの消えた骨ばった指がナカに入って、勝手知ったるといった風に感じる場所を押して来るので溜まらず声がだらしなく洩れた。息がままならない。


『ぁ、ん、ン…も、』

「イク?」


イカすだけの目的で彼の長い指が二本に増やされバラバラに動く。

こちらの反応を窺う余裕は彼にないらしい。いつもよりも早く動く指が物語っていた。前戯を楽しむ彼にしては、せっかちな動き。

ヤルだけな勝手な男だと思わぬのは、コンラッドが私が痛がらないようにしてくれているのだと、触れる肌から伝わるから。このような場所を頭から除けば、安心してコンラッドに身を任せられる……ああ、ダメだって!トンッと背中が扉に当たって現実を思い出す。


『や、ん…ぁあ、あっ、っぅ、ぁ』


ダメだと思う程、甘い痺れが下から押し寄せて。声が上擦って、先を促すような甘い鳴き声にしか聞こえなくて。羞恥心が頭をもたげた。

絶え絶えに待てと伝えても、攻撃的な指先の動きは止まらぬ。

コンラッドの舌は、いつのまにか乱された胸の頂をついばんでいた。

恥ずかしくて、ぎゅうッと瞼に力を入れて。閉じた視角に代わり聴覚が鋭く、激しく擦る指に合わせて聴こえる水音を拾った。








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