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※箱云々の話が終わった未来の話になります。
※若干ネタバレ。
※何歳で結婚するのかまだ決めてなかった為、一つの未来としてお読みください。
(本編で矛盾が出るかもしれないので。苦笑)


□□□


いつ頃建てられたのか――…想像するのも気が遠くなる遥か昔に建てられただろう円形闘技場に、漆黒の姫こと土方サクラはいた。


「サクラはどんなこと叫ぶのー?」


平和な世の中になった、それ事態はいいことだが。

戦うための存在――兵士や軍人には退屈な世となってしまった。軍事力もまた低下していて、危ぶむ声も多々寄せられた。

そこで二十七代目ユーリ陛下が考えた対策とは、剣士同士で戦わせる事。もちろん、大怪我はさせない。

これは外交も兼ねてな為、一石二鳥だった。他国からの参加も可能で、国の軍事力を見せつけ合う場で、無意味な争いを減らす意味合いもある。

大人へと成長したユーリは、閃きと地球で学んだ知識を以てグウェンダルも唸らせる手腕を見せた。ユーリが治める眞魔国は住みやすく活気がある国へとなった。他の国からの旅行者も多い。昔では考えられぬ光景だ。


「いいか、お前は漆黒の姫なんだ。自分のイメージを壊すような品のない内容は叫ぶなよ」


母に似た顔立ちで釘を刺すフォンビーレフェルト卿ヴォルフラムとユーリが、私に充てられた選手室にて開口一番にそう口にした。

実は今回のイベントは私が発案者だった。

イベント名は――内なる想いを叫び隊!だ。その名の通り、思いのたけをただ叫ぶだけのイベントだ。最初くだらないと一蹴していたグウェンも、活気づく街に最終的には許してくれた。本音はヴォルフラムと同じような気持ちに違いない。


『それはまだ秘密だ』


言い出しっぺの法則で、開催の合図の後、己自らマイクに向かって叫ぶ流れになっている。十貴族の者達も意外とノリノリで参加していたりする。

一見くだらない内容でも一致団結させて盛り上がるのも時には大切だ!とドヤ顔でグウェンに言い切って良かったと思う。


「でも大丈夫?最近体調悪そうだったでしょ」

「コンラッドのヤツも心配そうだった」

「まさかとは思うけど…実は重い病気でソレを告白がてら叫ぶ……なんてことはしないよね?」


不安そうに、心配してくれているユーリとヴォルフラムに笑みが零れる。否定してほしいからわざわざ訊きに来てくれたようだ。

サクラも眞魔国にとって大切なんだからねって事あるごとに言ってくれるユーリに嬉しくなる。猊下こと村田健が一緒ではないのは――…その頭脳を以て私の調子の悪さを紐解いたからで。まっこと頭がいいヤツというのは侮れぬ。

大丈夫だと返せば、すぐになにを叫ぶんだと今度はヴォルフから詰め寄られて苦笑を一つ。


――なにも心配するような内容ではないのだがな〜。

彼等の言ってることは事実で。私は確かにここ最近体調が悪くて、食事もあまり胃に入らなかったが。別に病気とかではない。寧ろおめでたい話なのだ。

昔と違って暗殺云々や他国との距離で悩む必要もない故、このような手段を取った。隠す必要もないしおめでたい話というのは、街をもっと活性化させてくれるだろう。


『皆が笑顔になるような叫びをして来るぞ』

「それなら安心だね」

「ボク達は一足先に上に言ってるからな」


「コンラッドは何を叫ぶのかなー?」とユーリが問い、「知らん」と簡潔に返すヴォルフラムの背中を見送り私も立ち上がる。時間だ。

ふと、己の夫の姿が脳裏を過る。彼も今回のイベントに参加をしているのだ。なんて叫ぶのか聞いたのに教えてくれなかった。私もまた教えておらぬので、しつこく訊けなかった。故に、ユーリに聞かれても答えられなくて。

まあコンラッドの事だから、度肝を抜く内容ではないだろう。

そう言えば、ヨザックも参加表明をしていたな。…アニシナにでも告白するのであろうか?楽しみだ。




「さぁ始まりました!」


大学へと進学すると決めて一悶着あったのももう数年も前になる。

コンラッドは高校卒業したらこちらを拠点にして、すぐにでも結婚したいと彼にしては譲らない姿勢だった。周囲の説得のお陰か、こちらを拠点にするのを条件に大学生となれたのだがその御話はまた今度。


「第一回、内なる想いを叫びたい!いよいよ開幕です」


大学卒業後に結婚して、二人で話し合って暫くは夫婦の時間を大切にして。子供は作らなかった。コンラッドも私も互いに忙しかった故、子供に時間を作れないのも理由の一つだった。

時間も取れるようになったし…コンラッドの部下も強く育ってるし……大丈夫だとは思うのだが、打ち明けるとなると不安だ。

母親というのは、メンタル強いな。この数日、心底そう思うのだ。


「叫ぶ内容はなんでもよし!家族や友達に言えなかった秘密を暴露するのもよし、」


マイクを持ったテンションの高い男性――恐らく魔族、彼が一言喋る度に観客席から雄叫びが上がる。スゴイ熱気だ。

一般の選手が出入りする通路とは別の特別な通路からこっそりとフィールドを見て、胸をどきどきさせる。沢山の人間や魔族がいて、緊張感が高まる。


「同性愛者だとカミングアウトするのもよし!異性に告白するのもよしッ!おっとこの場合は相手にもここへ出てきてもらいましょーう」

『盛り上がっておるな』


わぁぁぁっと叫ぶ声で上がる熱気がここまで届く。思いの外、盛り上がっているようで私も嬉しい。

護衛のブレット卿オリーヴが、背後でえぇと頷いてくれて。彼女の音吐が喜びに彩られているのを感じ取り、気分が高揚した。


「さァ、いよいよ始まりますが心の準備はいいですかー!」


おぉぉぉと観客が一致団結して叫ぶ。

司会の男性のテンションも最高値を出して、ノリノリだ。


「もしかしたら可愛いあの子から告白されるかもですよー!!」


これには男性陣から野太い声が湧き上がる。あの人、会場を盛り上げるの美味いな。


「一番手は〜なんと我らが魔族の憧れのあの御方!そうこの大会の発案者であらせられる漆黒の姫っ――ウェラー卿サクラ様っ!!!」


チラリと目配せされて、ゆっくりと陽の下へ赴く。

ひと際大きなどよめきと雄叫びが、遠くのここまで届き、鼓膜が痛くなった。司会がいる壇上に上がり、いきなりし〜んと静寂が場を包み込む。

サクラを遠目からでも初めて見た者はその美しさに息を呑み、サクラを知っている者もまた堂々と背筋を伸ばして艶やかな黒髪を晒すサクラに見惚れた。

この大会の為にツェリ様が拵えた山吹色のドレスが、彼女の美しさを更に引き出していた。

注目されても動じないように見えるサクラは、さすが漆黒の姫と言えよう。会場を支配していた。


『この度は私が発案したこの大会に参加して、ありがとう。皆、楽しんでくれ』


音を失っていた会場に、騒がしさが戻る。

そしてまた私の叫ぶ思いを待ってくれている雰囲気に口角を上げ、一つ息を吸って吐いた。落ち着け、コンラッドなら大丈夫だ。コンラッドなら受け止めてくれる。

不意に視線を感じてそちらを見遣れば、案の定、参加者の出入り口に夫の姿があった。なにを言われるのか不安そうにしている彼を見て、不思議と落ち着いた。

コンラッドを安心させるように笑みを送って、前を向く。司会に頷かれて、合図された。


『わたしはー!』


思ったより、大きな声が出た。

壇上に備え付けたマイクから、己の声が響き渡る。緊張してるからこのまま勢いで叫ぶ。


『二か月前にー!』


真正面に位置する一番大きな個室の観客席に、ユーリ達が見えた。


『ウェラー卿コンラートのー!子供を授かりましたー!』


意味を咀嚼する間が、会場を支配した。

見上げた先に見えるユーリとヴォルフラムが慌てたように立ち上がって――…あの冷静沈着なコンラッドの兄――グウェンダルまでも慌てたように立ち上げっていて。ふはっと笑ってしまった。

感激されているらしいリアクションの数々に、ほっと胸を撫で下ろす。彼の家族に反対されたら立ち直れない。

ここにはおらぬ彼の母――ツェリ様にはもう話して喜んで下さったから、後は彼と彼の兄弟だけだったのだ。因みに、診察した際にいた山吹隊のオリーヴとカンノーリも知っている。もちろん診断してくれたギーゼラも既知だ。


「サクラー!」


祝福する観客の騒ぎの中、コンラッドの名を呼ばれて。

それに気付いた司会の男性により、観客のみんなの視線もコンラッドに集まる。固唾を呑んで見守る気配に、私もまた心臓がどきどきと早く動いていた。

司会にどうします?と尋ねられて、戸惑う。すかさず優秀なオリーヴが、「ウェラー卿なら喜んでくれますと言ったでしょう。見てください、あの顔」と、夫を指さす。

彼女に指摘されずとも、夫の貌が歓喜に染まってるのは見て取れたが、それでも反応が怖くて。

オリーヴが代わりに司会に返答してくれて、ここにコンラッドが来ることになってしまった。冷や汗なのかわからない汗が全身から出てるような妙な感覚を味わう。

速足で駆け寄ったコンラッドは、察して下がったオリーヴには目もくれず、


「俺はっ」


なんて言われるのか、どぎまぎしているサクラを優しく一瞥して。マイクに向かって口を開いたのだった。

いきなりマイクに向かったコンラッドに、サクラはおろおろしてオリーヴを振り返ったが。オリーヴは、頷いただけで、仕方なく夫に視線を戻した。

周りは気にならなかったが、コンラッドが登場してからとても静かのようだ。ごくりと司会の人が生唾を呑むのをマイクが拾った。


「今日、この場でっ!」


穏やな夫が大きな声を出すのは珍しく、貴重な姿を瞼に焼き付ける余裕もなくて。

手を伸ばせば簡単に触れるだろう距離にいるのに、もどかしく感じた。近くにある体温がこれほどまでに怖いを思ったのは、彼に恋して初めてかもしれぬ。


「子供がほしいっと!叫ぶつもりだったー!」


わっと湧き上がった歓声は、続いたコンラッドの音に空気を読んで大人しくなる。

幸せな人を見ると自分も幸せになるのと同じように、幸せな空気が辺りを吹き抜けた。壇上に向かって甘い空気が向かう。

緊張から直立不動の態勢を取っている妻に、コンラッドはとろける笑みを贈って。普段よりもそれこそ夜の時間よりも甘く痺れる声音で彼女の名を紡いだ。


「俺の子供を産んでくれますか」

『――!うん、うんっ』

「ありがとうっ」


壇上で抱き合う二人の閉じた双眸から一筋の雫が零れていた――…。



「ありがとう、ありがとうっ」

『うぬ、うぬ…私の方こそありがとう』

「サクラ、俺を選んでくれてありがとう。身籠ってくれてありがとう。あぁ俺はなんて幸せ者なんだ」


ぎゅうっと抱きしめられて、私も彼の背中に手を回して。

とくんっと伝わるコンラッドの体温が愛おしくて、ありがとうと言ってくれるコンラッドが愛おしくて、悲しくもないのに涙が止まらぬ。

不安になっていた私がバカだった。彼はこんなにも全身で喜んでくれている。

いつも人の目を気にして笑みを絶やさない彼が、震える声を出してくれている。もうそれだけで、涙が止まらぬのだ。幸せすぎて、おかしくなりそうだ。


「……サクラ」


幸せに酔いしれる私を現実に戻したのは、冷え冷えと名を口にしたコンラッドだ。えっと間抜けな吐息が。


「妊婦なのにどうしてこんな格好をしてるんだ!冷えるだろ!」

『う、ぬ…これはツェリ様がこの日にってくれたのだ』

「母上なんてことを……ってちょっと待ってください。母上はサクラが妊娠したと知っているのですか」


据わった眼に変貌した私の好きな星空に、冷や汗がこめかみから垂れた。

え、どこら辺がコンラッドの機嫌を損ねたのだ?まったく見当がつかぬ。あ、否…違う、コンラッドは体を冷やすなと怒っておるのか?

カーキの上着を脱いで、己の肩にかけてくれてようやく察した。

嗅ぎなれたコンラッドの匂いに安心しつつ、じっと見つめて来るコンラッドに従って袖を通した。ぶかぶかだ。


「オリーヴ…が……驚いてないところから察するに…お前知っていたな」

「ふふん。あたしこそがサクラ様に一番近いところにいるの。いい加減にお気づきになったら?閣下」


オリーヴは勝ち誇った笑みをにんまり浮かべ、コンラッドの怒りを煽っている。

この二人は何かにつけてケンカするので、また始まったとげんなりした。まあ八割方私の話題がほとんどなのだが。


「サクラ!次に子供ができたら、一番最初に俺に教えてください!いいですか!」

『あ、あぁ』


――次って。

この子もまだ産まれてないのに…次の子供も当たり前の様に家族計画に入ってる。せっかちなお父さんね…と心の中から、お腹をさすって呼びかけた。

まだお腹も膨れてなくて、たまに体調が悪くなる時以外は子供ができた実感がなかったけれど。

こうやってコンラッドが喜んでくれて、ツェリ様も楽しみだと言ってくれて、ギーゼラに定期的に診断される時にも、私が母になるのだと痛感するんだ。あぁ幸せだ。コンラッド、私の方がコンラッドに幸せにしてもらってるぞ。


「この子は女の子かな、男の子かな」


「どちらでもいいからサクラに似た子がいいな」と、頬をだらしなく下げて浮き立つコンラッドの後ろから、グウェンダル達の駆け付ける姿を捉えた。

グウェンダル、ヴォルフラム、ユーリと村田もいた。四人の内二人、つまり己の義兄と義弟にあたる二人が目尻を吊り上げて、走っているのを見て、ああヤバいなと思った。私の説教行きが決まった。


『私はコンラッドに似た子がいいな。絶対モテるぞ』


その後、言うまでもないが――…本能的に危機を察知した私を裏切らない結果が待っていて。

グウェンとヴォルフから、妊婦なのに叫ぶなだとか薄着をするなとかヒールの高い靴を履くなとか、様々な内容で説教を受けた。

コンラッドはすぐにでも血盟城へと引き返したい様子だったが、イベントは私発足だったし、競技場がある場所から城へまで遠くて日帰りは難しいため、大人しく観戦した。

いろんな人が想いの丈をぶつけ、何組か恋人が出来上がって、会場はかなりの盛り上がりを見せて――その度に興奮して立ち上がろうとした己を、コンラッドとヴォルフラムが左右から押さえつけて大変だった。





母になります

(コンラッドといると、)
(沢山の幸せを感じられる)
(早くこの子に逢いたいな)

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