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「サクラはどんな男がお好きですか」


とりあえず原因も解決方法も解明したため、村田は眞王廟へと戻り、サクラの仕事部屋は人数が減った。


『きんにくー』


グウェンダルが、数十枚の書類と共に魔王ユーリに仕事をしろと釘を刺して退出したのは数時間前のこと。

サクラと離れがたい様子の護衛の姿を見たユーリは、政務室に行かずその場で仕事をしていた――…羽ペンが紙を滑る音と幼子の楽し気な声以外はしなかった室内で、突然コンラッドがサクラに質問をし始めた。

室内にいたユーリ、ヴォルフラム、オリーヴの耳がそちらへ傾く。


「…サクラはどんな男と結婚したいですか」


答えをお気に召さなかった様子のコンラッドが言葉を変えて問う。めげない彼にユーリは苦笑した。

何事にも冷静沈着で、どんな場面でも柔らかい笑みを絶やさない彼は、サクラが関われば目を疑う変貌する。


『きんにくむきむきー』


自分がこうだと一度決めれば中々変えない頑固さは、既に幼いサクラから見られて。オリーヴは流石サクラ様ですと鼻が高くなった。

対してユーリは、真顔になったコンラッドにひやひやしていた。

ぽつ、ぽつ、ぽつと沈黙して。真顔でコンラッドが、「なるほど強い男が好きなのですね」と、唇を動かす。強引な解釈だ。ユーリの羽ペンを持つ右手がぴくりと震えた。


『ちがうぞ』

「(サクラー!そこは頷いとけー!めんどうだからー!)」

『きんにくがすきなのだ!』


――拗ねたコンラッドの相手は骨がいると言っていたではないかー!

本人がいる手前そう叫べないユーリは、ぷるぷると震えた。


「結婚というのはですね、恋をした男女が生涯を共に――…」


どことなくむすっとしている名付け親の表情の変化を敏感に感じ取り、ユーリの目の前に座っていたヴォルフラムも身震いしていた。

どうしても自分と結婚したいといい出すまで諦めないだろうコンラッド。およそ片手で足りる数の歳をしているサクラに聞かせる内容ではないだろうと。


「かた〜い!そんなんじゃ、通じねぇって」


ずっと我慢していたユーリは口を挟んだ。埒が明かない!

そんな説明したって理解できないだろうし、ユーリと同じく筋肉好きなサクラは、ずっときんにくしか言わねえよッ!落ち込むのはお前だからコンラッド!

そんでサクラあぁ!今は言えないけど、きんにくばっか言ってると、元の大きさに戻った時、コンラッドのご機嫌取りが大変だからな!おれ知らないからな!


「サクラいい?この人と一緒にいたら胸がどきどきするな〜とか」

『うむ』

「胸がぽかぽかするなとか、」

『うむうむ』

「この人とずっと一緒にいたい、家族になりたいって人と結婚するんだよ。筋肉は二の次!」


サクラとコンラッドが揉めると、お互い意見を譲らない為――周りが振り回されるのだ。

最終的にサクラが折れるパターンと、コンラッドが折れるパターンがあるが、今回はコンラッドが強引に大人な展開へと持っていくだろう未来が簡単に想像つける。その後、サクラから恨めしい視線を浴びせられるのはユーリなのだ。

巻き込まれたくないから、ユーリなりに分かりやすい説明を施した。あわよくばコンラッドを選んで欲しいと込めて。


『ぐーえんとは、けっこんできぬのか』

「ソ、ソーダネ」


泣きそうなサクラに罪悪感で、否定したかったが。

彼女を優しく抱いているコンラッドから強い願望が降り注いでいた為、サクラにゴメンと言いつつ、首肯した。

仕方ないんだ。大人になったらサクラ……コンラッドに惚れるし、惚れなかったとしてもコンラッドからは逃げられないんだから、グウェンダルの事は諦めて。

サクラがグウェンダルを恋愛的に見ているの、ヴォルフラムを困らせるだけだしねー。



『じゃあサクラ、コンコンとけっこんするー!』


キター!!

おれやったよッ!頑張ったよッ!

彼女の言う“コンコン”とは、コンラッドの事で。顔を輝かせたコンラッドにほっと胸を撫で下ろした。ヴォルフと眼を合わせて互いに笑う。

サクラ命のオリーヴが顔を俯かせて押し黙っているのがとても怖かったが、オリーヴのメンタルをどうにか浮上させるのも……元に戻ったサクラしかできないから。そっと気付かなかったことにして脳内から消した。


「コンラッドと?」

『うむ!』

「コンラッドのどこが好きなの?」


誘導しなくてもサクラはコンラッドが好きになるんだ。コンラッドも心配しなくてもいいのに。

キラキラと顔を輝かせるサクラと、嬉しそうに破顔させたコンラッドの二人は、とてもお似合いで。眞魔国一のおしどり夫婦になるだろうな〜とユーリはそう遠くない未来へと思いを馳せた。

彼等の姿は、平和の象徴として、眞魔国の看板になるだろう。ユーリの頬も緩んだ。


『おめめがなー』

「目?」

『よぞらみたいで、きれいなのだ』


コンラッドの目が好きだと言っているサクラも。

目が星空のようで好きだと言われて照れるコンラッドも知っているから――…幼くなったサクラが同じ感情を抱いたと教えられて嬉しくなった。

やっぱりサクラは、何度でもコンラッドのことが好きになるんだ。二人の間にしっかりと結ばれた赤い糸に、ひとり身のユーリはほんのちょっぴり羨ましく思う。


『それとなー』


続く彼女の普段よりも甲高い声音に、コンラッドは小首を傾げた。

目が綺麗だと言われただけでも殺傷力があったのに、次はどんなことを言われるのだろうか。嫌いだと言われないだろうけど、不安で胸がドキドキした。

サクラの一挙一動にどぎまぎさせられて歓喜する自分に気付くも、それもまた幸せだなと思い、膝の上にいる振り向いたサクラの漆黒のような黒い瞳と目線を合わせる。


『このおめめ、ずっとかなしそうでな!サクラがしあわせにしてあげるのだ!』

「――っ!」


コンラッドはひゅうッと息を呑んだ。

呼吸の仕方を忘れたみたいに乱れて、まともな音が口から出ない。ちょこんと目元に添えられたもみじの手の平が愛おしい。


『コンコンとかぞくになるー!』


『コンコンはひとりではないのだとサクラがおしえてあげるー』と得意気に胸を張って。膝の上に座っていたはずの彼女は立ち上がって、コンラッドの顔を見上げていた。

膝の上には彼の兄が作ったあみぐるみが転がっていて。

コンラッドを優先してあみぐるよりもコンラッドの事しか頭にないサクラの姿に、胸がじんわりと温かくなった。

コンラッドを知らないサクラなのに――…何気ない言葉で救ってくれる。また一つサクラの事が好きになった瞬間だった。

知り合ってから過去を含め二十年以上も経っているというのに、恋する乙女の気持ちにさせてくれるサクラを、自分はこの先も手放せそうにない。


「サクラは幸せにならなくてもいいんですか」


小さな彼女に照れ隠しで意地悪な質問をしてしまった。しまったと思ったのに、言われたサクラは目をぱちぱちとさせて気分を害した様子は見られなくて。

幼子に一喜一憂してる自分がおかしくて。でもサクラだからと自分を正当化させて。

サクラを鳥に例えたら――…俺は彼女を籠の中へと閉じ込めてしまう自信がある。空を自由に飛ぶ彼女が好きなのに。羽をもぎ取ってしまうだろう。

仮に野放しにしていても、サクラは何度でも自分の元へ帰って来てくれるに違いない。それでも不安になるのは、彼女が沢山の人を魅了するからだ。そして俺をも魅了させる。


『?サクラはコンコンといて、むねがぽかぽかするからいいのだ』


――つまり俺といるだけで幸せだと。


「降参だ」

『こーさん?』


カァァァと熱を持った顔面を両手で隠す。

疑問符を飛ばすサクラの気配を身近で感じた。


『コンコン、でーとしようでーと』

「えぇ。デートしましょう」

『でーとでーと』


お花を飛ばすサクラはまだいいとして。とろけた笑みを顔に乗せる英雄の姿はイメージがガタガタ崩れるので、その顔のまま外を歩かないで欲しい。




「なんだろうこの口の中に砂糖をぶち込まれたような気分は」

「僕もだ。なんだか胸やけをしそうだ」

「…あたしは既に胸やけを起こしてるわ」


二人の世界へと飛び立った彼等を背景に。三人は肩を落として、床の模様をガン見した。

仲いい二人を見るのは嬉しいは嬉しい。でも限度があるのでは?と遠い目をしたユーリが予想した通り、


「サクラ、今すぐ結婚しましょう」

『善処する』

「サクラが言ったんですよ!俺と結婚したいって!」

『記憶にない』


まるで政治家のような言い訳を返すサクラと、サクラをしつこく追いかけるコンラートの姿が血盟城の廊下で見られたのだとか。

案の定、火が付いたコンラッドを止めるのに苦労していたサクラがいたとかなんとか。まあそれはまた別の御話で。





小さくなりました2

(アニシナッ!)
(肉体でも精神でもどちらでもいいから)
(退化する魔道装置を作ってくれ!)

あとがき→




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