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それは――突如奏でられたメロディーによって、中断された。
『ん、?』
――なんか鳴った?
自問自答して。ぴくりと動作を止めた頃には答えは出ていた。今、鳴ったのは我が家のインターホンだ。
滅多に鳴らない高めの音は、機械的に来客を教えてくれたけれど。前途でも述べたように私の家には滅多に来客は訪れない為、聞きなれない機械的なソレに反応が数秒遅れた。変にどきりとする。
《瑞希さま〜!お客みたいー》
案に誰か来る予定だったのかと、ヴァイスの大きな声がキッチンまで聞こえた。
――ちょっと待ってよ。今何時なの?
ヴァイスに対して主婦っぽい愚痴を垂れて……仕方ないでしょ!一応、一人暮らしだもの。家事は一人でしないといけないんだから、思考が主婦っぽくなるのは仕方ないと思うの!
ヴァイスやジェット、テイル、それから居候が一人いるだろうとツッコまれてしまえば言い訳できないけど!彼等は、基本的に家事をしてくれない。となれば彼等の夕食を作るのも私。
ジェットは頼めば手伝ってくれるのに…我がまま三昧なヴァイスやテイルはダメだ。聞くだけ無駄というやつである。
『今何時ー?』
《七時前だ》
『っ!ジェット…驚かさないでよ』
《ふんッ気配を探るのを怠っているお前が悪い》
『家の中でまで気ぃ張りませんー』
七時前、か。これが五時とか六時とかだったら居留守を使うんだけどなー。
家に確実にいる時間帯だと堂々と居留守を使えない。友達だったら困る。私の印象が悪くなるじゃない。学校では優等生で通ってる私の生徒会会長というイメージが瞬く間に崩れ去ってしまう。困る。
『ちょっとジェットが顕著して出てきて』
どうせ姿を現しても、エントランスにいるだろう人間に届くのは我が式神の声だけだ。兄だとか言えば問題ない。ふふふ抜かりないわ。
《ったく…仕方ねェな》なんて低く唸りながらも、背後にあった遠のく彼の気配に、人知れずくすりと笑う。――素直じゃないんだから。
リビングに面した場所にキッチンはあるのだが――…奥様に人気な対面キッチンではなく、中途半端に横にずれていて目の前は壁。後ろも壁。
故に、奥まったこの場からは、ソファに座っているだろうヴァイスや寝たままのジーンの姿が見えない。当然リビングに設置された外と繋がっている液晶画面に向かったジェットの背中も見えない。だけどね――…、
《アぁン?》
声は聞こえるのよ。
妖怪相手を見た目だけで怯ませる為の妖力が乗ったその語尾は、あからさまに喧嘩腰で。冷汗がこめかみを伝った。
沸点が低い彼でも初対面の人間にいきなりキレたりはしない。あんな態度を取る人間は限られてくる。
義父の遥人にもあんな態度は取らない。一族唯一の生き残りの明良さんにも、それなりの態度は弁えているから……そうつまり。ジェットがあのような感じの悪い態度を取る人間は。
《てめェなんざ俺が通すと思ってンのかッあ?》
換気扇を動かしてても、ジェットの声は鮮明に聞こえるのよっ!
《――帰れ。直ちに帰れ》
脳裏をよぎった嫌な予感、働くならもうちょっと早く危険信号を鳴らして欲しかった。ジェットの語尾が怖い。
怒鳴り声とも取れる大声に寛いでいたヴァイスと、隣にある和室に敷いたままの布団に寝っ転がっているジーン…オリヴァー・デイヴィスの兄が、きょとんと瞬きさせた。
ジーンの近くに狐の妖怪――テイルが丸まって寝ていて。思い思いの時間を過ごしていた様子。
《ジェットーお客さんなんでしょ〜?誰?誰だった?》
「なんだか穏やかじゃないね」
《チッ。おいそこの二人っアホ面を俺に向けるなッ!》
《なぁに〜?八つ当たり〜?ヴァイス達八つ当たりされたのー?》
「みたいだね」
《ヴァイスあほ面じゃないし》
「僕もアホ面じゃないよ」
――この騒音でも起きないって…テイルある意味凄いわ。
近づいてより大きく届く二人の会話と、ジェットの背中越しに見えた姿に、再び冷や汗が背筋を伝った。
『わーッ!』
リンさんじゃあないですかあぁぁぁぁぁ!
『今開けますからッ』
二重で驚いた!
リンさんの登場と、彼にジーンの存在が露見してしまうと、私は二重で驚いたッ!ものすっごく驚いたので、二度言ってみました。
『リ、リリリンさんだよ』
「え」
『どどどうしよう!リンさんだった!』
「え。リン来てるの?」
魂が肉体にまだ馴染んでいなく、且つ長い間使ってなかった為筋肉が動かず、寝たきりのジーンの不思議そうな視線に。
説明しようと身振り手振りで試みたが、混乱した頭では要領の得ない羅列しか出て来なくて。此方に向けられた黒い瞳は、疑問を乗せたまま一つ瞬きをくれた。
――え。なんでリンさんが?
《おい。どーすんだよコイツ》
――え。リンさんだったよね?さっき見たのリンさんで間違いないよね?
いまいち状況が分かってないジーンとヴァイス、それから外では決して見せない狼狽えた姿の瑞希を見渡して。
ただ一人冷静だったジェットが、ため息交じりにジーンを指し一番の重要な問題を出してくれた――…事により、指をさされた本人とジェットの主は、重大性に気付きみるみると顔色を変えたのだった。
「ヤバいね」
『ヤバいわ』
《ヤバーい》
誰か打開策をくれ。
眼前で自分を差し置いて慌て始めた人間を見ると不思議と落ち着いてくるよね。冷静さが戻り、心なしか頭痛がした。
ヴァイスからひんやりとした風を感じる。
そもそもこんなにややこしい状況に持ち込んだのは、この居候ではないかとオロオロしているジーンを半目で見遣る。とりあえず落ち着けと口を開けようとした私を遮ったのは、
ピンポーン――えっ!?早ッ。
チャイムの音だった。リンさんが上がって来たんだ。玄関の外にもう来ている。
ジーンがナルに内緒にしといてと言い出さなければ、リンさんに嘘を吐く必要もないのに。しなくていい苦労をしているのは、ジーンのせいだ。
人助けをしたのは後悔はしてない、が、その後のケアなんてしなければ良かった。いや、その前に律儀にジーンのお願いを無視してナルとリンさんに、実はこやつ生きてましたって突き出した方が私の心臓にやさしい気がする。
「えへ」っと、可愛く小首を傾げる居候に、イラッとしたのは当然だと思う。
イラッだけで流せるだけで済んだことにジーンは感謝すべきだ。
『ヴァイス…適当にどっか投げといて』
「えー。扱い雑じゃなーい?」
《はーい》
君は女子高校生かッ!思わずツッコミを入れたくなるような頬を膨らませた奴の反論は無視。
私も一応現役の女子高校生なんだけど…なんだかジーンに負けた気がして。なににだよって自分でも思うけど。それはきっと若さと可愛さだ。謎の敗北感から目を背けて、ヴァイスに丸投げした。
ジェットではなく、やや空気が読めないヴァイスをチョイスしたのはご愛敬で。
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