同居人が出来ました [1/3]




「なぁ」


三度目の人生は、始まりだけ穏やかだった。

これだけ訊くと不穏な一文だが、これといって波乱万丈な人生を送っているわけでもない。と、己では思っている。

現代から一護達がいる世界へと己の生の終着を知らぬまま転生し、その後鏡合わせのように魔王がいる世界と向かい合っている世界へと転生して――今世は、至って普通の世界へ生まれ落ちた。

最初にいた本来のいるべき世界に戻って来たのかもしれぬと、あたりを付けている。

その考察が、これから関わるある魂魄との出会いによって、知らぬ間に覆されるのだと――…土方サクラは、幸か不幸か数年後まで気付かない。


『どうか――…』

〈君、毎日来てますよね〉


視界に映る影に、人知れず溜息を零した。

例によって幽霊が視えて、触れられて、憑かれるといったこの霊媒体質は、最早私の中では常識になっている。

高校というのは、己にとって人生の分岐点になっていると悟ったのはいつだったか。

黒崎一護と出逢ったのも高校であったし、魔王陛下として渋谷有利と再会したのも高校生の時だった。今回もまた何かに巻き込まれるのではと睨んでいる。


――まあ何も起こっておらぬのだがな、ぬははは。

斬魄刀と再会出来ておらぬ私は、霊媒体質を除き至って普通の人間だ。そうふつ〜の人間になれたのだ。とても嬉しい。けど魂の半身に会えなくて寂しい。

思えば…死神やら魔族やらいろんな種族を経験したんだな〜。普通の人間は鬼道を使えるのかという質問…もといツッコミは受け付けぬ。


『安らかに眠れ』


通学路から少し逸れた歩道で。

とても見晴らしの良く、けれど地元ではあまり使われないほんの薄暗いその道は、霊が集まりやすい場所だった。


「なぁって!何してんの!」


下から甲高い声、上からも視線が。

私は下から半ば呆れたような面差しの男の子に、こちらから溜息を吐いた。見て分からぬのか。まあ分かって敢えて訊いて来ているのだろう。小学生のこやつは真っ、生意気なヤツである。

曲がり角に位置する己とランドセルを背負った学校帰りだろう男の子の足元には、数分前に置いた花束が風に遊ばれながら存在を主張している。

白い花弁をゆらゆらと揺らして、ここが悲しい現場だと囁いていた。


〈その子の言ってる通りですよ。赤の他人の為に毎日手を合わせに来て、何が楽しんでしょうねぇ〉


彼が理解できないといった声音を私にくれた様に、毎日ここを訪れているのは事実だった。私がここに来るのが最近の日課としているのは誰も知らない。目の前の“彼等以外は”

友達にも喋ってないから……話せと言われても、言えぬ。理解してもらえぬだろうし…。斜め下からジト目で見上げている男の子然り、目に視えぬ存在を認める人間は稀有だ。


〈あぁ失礼。馬鹿にしているのではないのですよ?ただ僕は、知らない人間のそれも死者の為にお金をかけて花を持ってくる貴女が、不思議でしょうがないだけなんです〉

『今帰りなのか?』


無視かよ〜っと、継いでまぁなと頷いた男の子――工藤新一は、マセた小学生というか…背伸びをした生意気な喋り方をする。

この子が高校生や大学生へと成長すれば、投げやりなその返答もさぞかし両親譲りな整った貌に似合うだろうに。そう想像して否と頭を振る。綺麗な顔立ちをしているからこそ、更に生意気さに拍車がかかるに違いない。


〈どうせ僕のこの声も姿も見えてないのでしょうけど〉

「サクラねぇちゃんも?」


ふと、ずっと紡がれていた音が中途半端に途切れた為、意識が新一から離れる。


〈毎日来てくれてありがとうございます〉


彼と視線が合わないよう、新一を見遣ったまま。耳がぴくりと動いた。


〈ですが…僕が成仏する兆しは見られません。おかしいですねぇ…僕を轢いた人間を恨んでもないのに何故地獄でもないここにいるのでしょう〉

『(地獄?この者…地獄に堕ちる心当たりでもあるのか、人は見かけによらぬな)』



ぽつりと。



〈気が狂いそうですよ、ここから動けず、誰の目にも留まらないこの現実が〉


常人の耳には決して届かない静かな呟きは、哀しみに染まっていた。

吹き抜ける乾いた木枯らしに違和感なく溶け込むソレに、胸の内もガランと寂しく同調して、苦しくなる。



『あぁ』

「今日は早いな、部活はなかったのか?」

〈そう言えばいつもより早い時間帯ですね〉

『うむ、今日はお休みだ』

「いつまでここに突っ立ってるつもりだよ。帰ろうぜ」


急かされて初めて気付く。この子の幼馴染は?

朝も夕方も仲良く登下校していると記憶しておったのだが違ったか?どうみても新一は一人である。


『新一、一人か?』


案に彼女はどうしたと問えば、返って来たのはバツが悪そうな曖昧な態度で。はぁんまたケンカしたなと一人ごち納得。


『ケンカもほどほどにしなよ?蘭ちゃんは女の子なんだから優しくしなきゃ』


ほぼ自身の母親と一字一句違わぬ言葉を口にしたサクラに、新一がうっせっと零した。

サクラと新一は従妹同士にあたる。新一の父親の母親――つまり祖母のもう一人の娘の子供がサクラなのだ。彼女が米花町に引っ越してきたのは、彼女のご両親が亡くなったからで。

無気力に陥ったサクラを側で見ていた新一は、幼馴染と共に彼女を心配していた。

幽霊が視えるとか昔から言っていた彼女のソレは戯言だと片付けてはいるが、幼馴染は信じているのはまた機会があれば語ろうと思う。で、こんな人気のない道で佇むのが、幽霊なんてもんを信じていない新一の眼には、なんだか危うく見えた。

普段と変わらない様子のサクラにそっと安堵したのは新一だけの秘密だ。


〈ぼくはっ!〉


え、


〈ここにっ!いるのにっ!誰も気付かないっ!〉


突然叫び出した男性に普通に驚く。目が剥いた。


〈俺は降谷零だあああああ〉


――え、なに。なにが起こった。

白黒している目で、現状を把握しようとしているサクラに声が二つかかる。

片方は離れた場所から傍観していた一人の少女。彼女の足音はしない、訓練された軍人のように無音で気配のないものだった。少女の正体を把握しているサクラには違和感ない光景で、何も知らない人間がもし視ていたら不気味な歩み。


〈サクラ〉

「サクラ」

『――ん?』


同時に呼ばれて、あちらにも反応してしまった。


〈この人ずっとこうなの。うるさいのよね、連れてってくれない?〉


私の名を呼んだのは、一人の少女の霊と新一で。

下げてしまった目線の先には、二つ結びのヘアスタイルをした女子中学生の少女が、無感情にさっきまで叫んでいた男性の魂魄を指さしている。


〈ぇ、え?〉


少女の苦情を受けた彼は、〈君、視えて…え、ゆうれ…〉と、目に見えて混乱していて。ふと焦った彼と視線が絡んだ。ばちりッと目線が合っている。

徐々に見開かれる瞳を、他人事のように見つめる。彼の水色の瞳は綺麗だった。新一も水色の瞳だ。黒目黒髪の私にはとても羨ましい彩り。

新一といい目の前の彼といい、己の周りはやけにイケメンが多い。新一はまだ子供だが、将来有望な顔立ちで、父親を見ればイケメンへと成長するだろうと簡単に未来予想できる。

胡桃色の髪は、日の光に浴びると金色のように見えなくもなく、異国の血が入っているような色素の薄い色をしている。肌は色黒と珍しい容姿。


〈え、君、僕が視えてるんですか〉


動揺を隠しもせず恐る恐る放つ彼から、少女へと。

彼女の背後の道路には、数人の霊が集まっていて、私の視線を辿った彼の口元がひくりと引き攣ってる。っておいおい。貴様も同類だろうに、驚くところか?


「とろとろしてんな、ほら帰るぞ」


下から右手を掴まれて。


〈うるさいし邪魔だから。ソレ連れて行って〉

『う、うぬ』


新一に返事したつもりが、少女に返事したみたいになってしまって。

満足そうに頷いた少女によって背中を押された彼の手が、勢いを殺せず転ばない様本能で掴んだのは、私の肩で。生身の人間に触れた感触に驚きを見せる男性に、私は遠い目をして夕暮れの空を見上げた。

面倒事を押し付けられた現実を嗤ってるのか――どこからかカラスの鳴き声が、やけに大きく耳の裏に残った。





同居人が出来ました

(え、え?)
(成仏したいのだろう?)
(え、えぇ)
(なら手伝う故着いて来い)

続く→


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