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今日から新学期。

私こと土方サクラは、忍術学園最高学年の六年生なのだ。

人目を忍ぶように森の中へ隠されたこの敷地内で、春は私を心躍らせる季節だ。黄金に輝く秋の木の葉も好きだけれど、視界も心も鮮やかに染めてくれる桜が満開になる春の方が好き。


「サクラ今日は早いな」

『今日から新学期故、早起き頑張った!』


食堂に続く廊下で、同じ黒髪ロングの立花仙蔵と鉢合わせた。

今日も今日とてサラサラストレートな髪質を胡乱気に見つめる。一応女である私は彼の髪に負けたくなくて、手入れを怠っておらぬのに、仙蔵のサラスト具合にはいつも負けている。誠、悔しい。


「普段から頑張れよ」

『って言うか、入り口で何をしておるのだ?入らぬのか』

「入りたいのは山々なんだがな…あれを見て見ろ」

『――うぬ?……うわぁ』


涼しげな仙蔵の視線に促されて食堂を覗けば、広がる光景に頬を引き攣らせた。


『あれ?おかしいな。お腹空いておったと思ったが、食欲なかったみたいだ。仙蔵、私は部屋に戻――…』

「私を置いて行く気か?」


負の空気を醸し出してる一帯から目を逸らして、そろりと引き返そうとしたら、背後から襟を引っ張られて。

『ぐえッ』と、女らしくない声が出てしまった。言わずもがな仙蔵のヤツに、引っ張られたのである。予期してなかった衝撃に、若干涙目。

仙蔵の腕をぱしぱしと叩いて降参の意を伝えておるのに、ヤツと来たら、そのまま私の分の朝食まで勝手に食堂のおばちゃんに頼んで、近寄りたくなかったテーブルへと足を進めやがった。


――えー。巻き込むなー。

まるで生贄のように前へと差し出されて、視線が集まった。え、何で食堂にいる忍たま全員の視線が己に突き刺さっておるのだ!?

仙蔵の自然な誘導のせいで、負の空気を背負ってる彼等――特に一番酷い空気を醸し出している善法寺伊作の隣りに座らされ、左に仙蔵が座った。

そして目の前には不運委員会、もとい保健委員の下級生――三年は組の三反田数馬、 二年い組の川西左近、 一年ろ組の鶴町伏木蔵、同じく一年では組の猪名寺乱太郎が暗い顔で座っている。

「お前が何とかしろ」と、左隣りから矢羽音が飛んできた。


『(ぬえー…私にどうしろっていうのさ)』

「(お前絡みだろう)」

「(サクラ頼む。伊作を何とかしてくれ)」

「(……サクラにしか出来ない)」

「(早くなんとかしろ、辛気臭くてかなわん)」

「(頑張れー)」


朝食は鮭定食だった。とりあえず箸を持ち、仙蔵に向かって矢羽音を飛ばしたら。

上から仙蔵、伊作と同室の食満留三郎、中在家長次、仙蔵の同室である潮江文次郎、長次と同室の七松小平太――達が一斉に、私に矢羽音を飛ばして来た。

…六年生全員いたのか!

一番奥にあるこのテーブルの隣りに、仙蔵と伊作を除いた六年生は座っていて、此方をチラチラ見ている。気になるなら、貴様等が何とかしろよッ!無責任すぎる。

留めに、遠くに座っている皆本金吾からも、「サクラ先輩頑張って!」と、矢羽音で応援されて項垂れる。

因みに、金吾は剣の道に進みたいらしく、忍者というより女剣士として学園で有名な私を尊敬してくれてる可愛い後輩だ。

そんな可愛い後輩に応援されたら、何も言えまい。そう思い、とりあえず彼等に挨拶してみたら、案の定、一拍置いて暗い挨拶が返って来た。


『皆、暗い顔してどうしたんだ?』

「サクラ先輩、今日から新学期ですね」


ぽつりと呟いた数馬の声に続いて伏木蔵も口を開いた。


「先輩方にとって…最後の年になるんですよ」


「寂しくないんですか!なんでそんなに平気そうなんですかッ」と、ツンデレな左近が、ガタリと音を立てて立ち上がって叫んで。

「そうですよ!卒業しちゃったら…就職しちゃったら、皆さん…敵になっちゃうかもしれないんですよ……」そう締めくくった乱太郎の泣きそうな声に、私は冷静に納得した。

彼等は悲しんでくれているらしい。

私達六年生のこれからを想像して、苦しんでる。

私は今更な問題に、苦笑してみせた。途端に、後輩の目尻が吊り上る。心なしか食堂に居座っている全員の後輩の視線もきつくなった。


――嗚呼…みな、私達の未来を案じてくれてるのか。

私は左右にいる仙蔵と伊作を一瞥し、隣のテーブルにいる同じ学年の彼等を見遣って、目の前にいる後輩に視線を戻した。


『あぁそんな事か』

「そんな事って!」


勘違いをされがちだが、忍者は情報を扱う。潜入捜査が主だ。武士などと違い戦場に表立って、人の命を奪ったりはしない。

暗殺依頼もあるかもしれぬが……余程の腕が立つ者でないとそういった依頼も来ない。

敵国に不穏な動きがあれば探り、敵の忍に見つかれば、戦わずに情報を持ちかえるのが優先。追われてるなら話は別だが逃げ切れば問題ない。

ああそれと――くのいちが色で体を売ってると勘違いされる事もあるが、全員のくのいちがそうである訳がない。第一、肌に傷がある体はすぐに正体がバレる。

確かに寝首は掻きやすいが、体を売って情報を得るタイプのくのいちは、そういう仕事を主にしている組織に所属しているか、または実力が伴ってないがために体を売るしかない者達だ。

稀に、戦いの後に興奮した仕えている男に求められ逆らえなくて仕方なく――…といったケースもある。

が、前途で述べたように潜入捜査が主で、忍者と誰にも知られることなく一生を潜入先で終えることの方が多い。忍びとして名が有名になる方が稀有なのだ。

つまり、色街にて情報収集を命令されたくのいちのみが、色を売ってるし、暗殺もまた潜入に長けていて影が薄い忍びに命が下される。

殺しにしろ色にしろ、とにかく逃げ足が速ければ、下手に腕が立つ忍者よりも任務遂行率は高い。

必ず鉢合わせたからといって、命の掛け合いをするわけではない。と、断言して安心させてやりたいが……扱ってる情報が重要だった場合、相手を始末するしかないのも事実。

全く殺しがないとも言えぬしなー…忍術学園に在学してる高学年は皆すでに実習で人の命を奪ってる。演習にて鉢合わせして仕方なく……殺らなきゃ殺れる、それが戦場だ。


『乱太郎は、忍者になる為にここにいるのだろう?』

「そうです…けど」

『そうだな、例えば忍としての幸せってなんだと思う?』

「難しい任務を与えられて遂行出来た時」

『無論、それも幸せの一つだ』


質問に答えてくれたのは、左近だった。四人を見渡して、頷く。

右隣で彼等と同じく沈んでいる伊作は何を考えておるのだろう?六年である私達はそれくらいの覚悟はあるはずなのだが……。


『表には立てぬが故に、忍者は武器として人間扱いされぬこともしばしば。任務の為に心を消して、己が何者か判らなくなる事もあるだろう』


汚れ仕事を隠れて行い、心が擦り切れ、壊れる人間もいる。

私達六年は実習を通して、心が折れて忍術学園を去る同級生を何度も見送った。


『忍とて忠誠心はある。もしも仕えた主が素晴らしい人で、命をかけて守りたいと思えたら――…忍としてこれ以上ない幸せだとは思わぬか?』


もしも主が平和を唱えている方だったら。

もしも主が民に慕われている方だったら。何としてでも私は守りたいと思う。忍者としても在り方は人それぞれ。誇りも人それぞれ。


『友と主を天秤にかけて主を取って友と戦う事になったとしても、それは決して悲しい事ばかりではない』


神妙な表情を浮かべる乱太郎達に、サクラは言葉を続けた。

残酷なまでに冷たく感じるサクラに、伊作はここへ来て初めてぴくりと肩を揺らして反応した。振動でサクラにも伝わる。


『例えば私が仙蔵にクナイを向けられたとしよう、当然私は友達である仙蔵とは戦いたくないと思う。だが、仙蔵が忍者としての幸せを見つけて私に立ち向かってきていたとしたら、友達だからこそ私は命を落とす戦いになっても嬉しいと思うだろう』


まだ彼等には難しいかもしれぬな。

理解しがたいといった顔をしている乱太郎達に、全部が伝わらなくてもいいかと『友達の幸せは願いたいだろう?』と問いかけておく。

「難しいです〜」と言いつつ、普段の様子に戻った伏木蔵を見て、サクラも表情を少しだけ和らげて。

まだ納得しておらぬだろう残りの三人に向かって、『それでも友達と戦いたくないと思うなら、己を磨け』、と。


『友よりも強くなるのだ。さすれば道は広がるぞ』


強くなれと無責任とも取れる言葉を投げた。

強ければ、敵対した友を捕虜にして味方に無理やりにも出来るだろうし、己が抜け忍になる事も出来る。強ければ己が望む結果へと繋げられる。そう思っての言葉。

はっきりと具体策を告げぬかったのは――…彼等が忍者として社会に出た際、彼等が何を思って何を守りたいのか想像がつかぬかったから。

確かなのは一度繋がった絆は、敵対しても決して消えぬという事。

いずれ闇に生きるからこそ、温かい絆は決して消えぬ。








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