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「甘いな」

『うるさいな』


サクラが後輩に言わなかった胸中さえも察した仙蔵に溜息を頂いた。――けど、貴様もそうでありたいと思っておるのだろうが!

半眼で見遣った先に、口角を上げた仙蔵と、呆れた表情を浮かべつつ笑みを零している留三郎達を見て、サクラも笑った。


『と、偉そうに言ってみたが、私は忍にはならぬがな!ぬはは』


豪快に笑ってみせたら、食堂にいた後輩達全員がズッコケた。失礼である。

乱太郎は一気に気が抜けて、へらりと笑い、ずっと顔を下に向けたままの我らが保険委員長を心配そうに見上げた。彼の視線を辿って、数馬達も伊作を見つめる。

またも表情を曇らせた保健委員の様子に、サクラは小首を傾げた。


『――伊作?』

「サクラっ!」

『ぬおッ!っなんだ…いきなり!びっくりするではないか!』


今まで黙ってた癖に、勢いよく立ち上がって肩を掴まれて、心臓が大げさに跳ねた。


「そうだよねっ!僕が強くなればいいんだよねっ!」


ふわふわな茶髪を揺らして、私を見る彼の瞳はキラキラとしていて、吸い込まれそう。

いつも柔らかく微笑んでる伊作が、元気いっぱいに笑う姿は珍しい。


「いつもサクラは僕の悩みを簡単に解決してくれるよね」

『褒めておるのか?貶してる?』

「やっぱり僕はサクラが好きだ!再確認したよ」

『う、うぬ。ありがとう?』


質問をスルーされて、ムッとしたが、私も伊作は敵として遭遇したくないと思うくらい大切な友なので、頷いてやった。何度も言うが、私は忍にはならぬがな。

学園長や…恐らく教師陣を除いて、己がとある城の姫である事実は、誰も知らぬ筈。

行儀見習いと称して家出したのは約六年前で。あ、たびたび帰ってはいるぞ。家臣たちが心配する故。

で、学園を卒業したら、家に帰る予定である。家臣達が許さぬだろうし、忍にはなれぬのだ。伊作がそこまで悩まずとも、敵対する事は……あーそっか“姫である私の暗殺を受けた忍の伊作”とかの立ち位置で逢うかもしれぬな。何それ悲しい。


「敵同士になったらどうしようとか考えてしまったけど、そうだよね!簡単だった、強くなればいいんだ」

『う、うぬ…(ぬえー伊作が強くなったら確実に殺されるー)』

「サクラ待っててね」

『ぇ、え?、』


――え?私の正体…バレてないよね?え、バレておるのかっ?

私の動揺を余所に、伊作の頬は興奮からか赤く染められていた。待っててって…え、暗殺予告デスカ?


「伊作、安心してるところ悪いがサクラは鈍感だぞ」

『失礼な!』


面倒事を私に押し付けて、もくもくと食事を勧めておった仙蔵が口を開いたかと思えば。全く失礼な男である。

失礼な男の発言に、一年生から六年生の忍たま全員がうんうんと頷いているのも解せぬ。失礼だぞ!伊作まで頷いておる。うぬぬ味方がおらぬ。


「わ、私善法寺先輩のコト応援してますっ」

「大丈夫、この通り、後輩達も応援してくれてるから。周りから固めるよ、逃げられないようにね」


乱太郎の元気な声に、数馬達まで頷いてるではないか。

え。誠に?私の正体実はみんなにバレておるのか?え、バレておらぬと思ってたのは私だけ?


「覚悟してて、必ず落とすから」


何かに吹っ切れたように、「目標は卒業までかなー」と独りごちて、伊作が去っていく。なんだか吹っ切れた様子でその足取りは軽い。

伊作だけでなく、影が薄いと伊作にまで忘れらされる数馬にも「覚悟してた方がいいと思いますよ」と言われ、左近も「保健委員は善法寺伊作先輩の味方ですから」と言われて。

食堂の出入り口で転んでしまった伊作に、


「ぎゃー!せんぱーい」

「すごいスリル〜」


慌てて駆け寄る保健委員の後輩達――…伊作の足に躓いて皆転んだのは言うまでもない。

委員会は違うが、伊作を通して親しくしていたと思っておっただけに、案にお前の味方ではないと宣言されてショックを受けてる今の私は、お約束な彼等の不運を笑い飛ばせぬかった。

そのまま保健室に行ったのだろう、彼等が去って沈黙が食堂を支配した。

先程まで騒がしかっただけに、やけに静かに感じる。

茫然としてる私の視界の端にいた食堂のおばちゃんまで私を凝視しているのは何故なのか。

ゆっくりと室内を見渡すと、全員が己を凝視していた。


「伊作の事、ちゃんと考えてやってくれねーか?アイツ結構前から狙ってたんだぜ」


静寂を突き破ったのは、留三郎で。


「いさっくん、ずっと言ってたもんなーサクラ気付かないんだもん。私ずっともやもやしてた!」

「……もそ」


私は、大げさに震えた。

同級生までもが伊作の味方のようだ。

え、正体がバレていたとして――…何故私は命を狙われておるのだ?まさか、それが就職先の課題だとかではなかろうな。何それ怖い。

気付かぬ内から命を狙われてたとか!鈍感だと言われても文句言えぬぞ、私!


「サクラ?何故、青褪めている」

『だ、だって仙蔵…。伊作…この一年で落とすって』

「あぁ。今までもずっとアプローチしていただろう、お前が気付かなかっただけで。これからはもっと積極的に攻めるつもりなんだろう」


にやにやと笑う仙蔵と小平太に、恐怖が煽られた。

落とすって……伊作のヤツ、私をタコ壷に落とすつもりなのだ。ヤツは保健委員長故に薬に詳しいから、きっと穴の中に毒を仕掛けて、仕留めるつもりに違いないッ!

いくら剣術で同級生の誰にも負けられぬと自負している己でも、毒の耐性はないッ!負ける!殺られる!伊作の作る毒ほど怖いものはない。


『や、ヤバイ』

「なんだ。もう降参か?つまらんな」

『本格的に殺される』


…………………は?

と思ったのは仙蔵だけじゃない。この場にいる全員の心の中がシンクロした。


『落とすって…私を喜八郎が掘ったタコ壷に毒を仕掛けて、私を殺すつもりなのだ』

「おい、バカタレ。どうしてそうなった」

『き、喜八郎が掘った穴に私良く落ちてしまうから…そこを狙って……』


今日も今日とて隈が凄い文次郎には、この恐怖は伝わらぬのかッ!ムカッ、もう一緒に鍛錬せぬぞッ!


「伊作はそんなヤツじぇねーよッ!」


文次郎の顔に手をついて身を乗り出した留三郎を、縋る想いで見つめた。


『!と、留三郎が伊作を止めておくれよ!』


――私はまだ死にたくないのだっ!

そんなヤツじゃないとは…私だって伊作と敵対するなどと考えたくないわッ!堂々と殺しに来るってことか?はっ、こうしてはおれん。私も対策を考えなければッ。生きるために!

喚く留三郎を横目に、急いで味噌汁を啜った私の耳に――…仙蔵がポツリと「これは思いもよらない展開になったな」冷静に呟いた声は届かぬかった。

呆れるように吐き出された長次の溜息も聞こえぬかった。





すれ違う攻防戦

(サクラのこと諦めないから!)
(私とて負けぬわッ!)

続く?

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