同居人の独白2 [3/3]



〈ちょっとなんですかソレ〉


ふと視界に引っかかったシューズボックスの上に乱雑に置かれた数枚の写真。瞬時に眉間に皺が寄った。触れないので、眼で促す。

制服姿の土方さんや、私服姿の土方さん。どれも土方さんを写していて、角度的に明らかに盗撮だと判るものだ。


『?写真だが』

「そんなの見れば分かります」

『?何を言いたいのか分からぬのだが…』


言葉通り本当に不思議そうにしている土方さんに、肉体がないのに頭痛がした。


――この子は危機感というものがないか!


〈これ盗撮じゃないですか〉

『うむ。そのようだな、私もいつ盗られていたのかと思ったぞ』


カラカラ笑う土方さんと頭を抱える僕。僕がおかしいのか?

土方さんを正そうと説教をかまそうとしたが――…ふと僕は安室透だったと思い留まって。更に意味のない事に気付く。

名前を偽って潜入捜査中の僕だが、もう意味のない。それに、どうせ誰にも気付かれないと本名を大声で叫んだ場に土方さんはいたじゃないか。本名まで知られている。寧ろ、偽名を彼女は知らない。

とは言え、性格を偽ったままな為、安室透の人物像のままの物腰の柔らかい笑みを顔に乗せ優しく諭す。微妙に口元が引き攣っているのには目を瞑っていただきたい。

今時の女子高生がここまで自分の身に無頓着な子がいるなんて知らなかったんだ。


〈いつからこのような写真を?〉

『この写真は…』

〈まさか、この写真の他にも?〉

『うぬ。今回の写真は半月前だったか』


“今回は”と、言い換えた土方さんに、頭がズキズキした。

今回はって…隠し撮り写真を送られるのは日常茶飯事って?では前回はどう犯人と決着をつけたと言うんだ。いやいやそれよりも半月って言わなかった?半月も放置って危機感なさすぎる。


〈ストーカーですよね。怖くないんですか〉

『?ストーカーではないぞ』


突っ立ったままの僕にしびれを切らした土方さんは、自然と僕の手を引いて外へ出た。

鍵を閉める音を背景に土方さんの横顔を振り返った。――え?え?


『写真だけ送られてくるだけだからな。別に』

〈……〉


――バカなんですか。

安室透の人物像を守った俺は偉い。放とうとしたソレを胃の中へ飲んだ。

本人がストーカーだと認識してない現状でどんな説教をしても理解してもらえないだろうと考え、歩く彼女の隣へ並んだ。


『前は写真の後に、意味不明なメールとか付き纏われたりしてな』

〈……えぇそれで?〉

『それはストーカーだと言われて』

〈ご自身ではストーカーだと思わなかったんですね〉


自分の口から溜息が出て正気に戻る。女性との対話中に溜息なんて吐くもんじゃなかった。“安室”らしくないと降谷は思う。


『で、その後について来る男と会って直接話して』

〈あなた今なんて言いました?〉


耳がおかしくなったかな。


『?直接話をして、迷惑だからって止めてもらったぞ』

〈ストーカーに直接話すなんて、どれだけ危なかったか理解してます?〉

『あぁ。それも新一とかにも言われたが、大丈夫だ』

〈前回が大丈夫でも今回はわからないでしょう。あなたは女性なんですよ〉

『知っておるぞ!生まれてこの方、己を男だと思ったことなど一度としてないからな!――大丈夫だ、私は強いから』


女性の力で男には勝てないと言っているのに伝わらないこのもどかしさ。

土方さんが得意気に胸を張って背負ってる竹刀袋を見せて来る。いやあ可愛らしい表情ですがね…そういう問題ではないのだと、どう言えばご理解頂けるのだろうか。

話の節々から、昨夜会った工藤君一家からも指摘されている様子だと察する。なのに、コレだ。お手上げです。危機管理能力が欠如している。

不意に土方さんの目線が僕から外れ下を向く。


「おい、ぶつぶつと独り言うるさいぞ」

『新一。おはよう』

「また幽霊が視える〜とか言ってるんじゃないだろうな!」

『言ってない、言ってない』


土方さんが工藤君に手を振ってぶんぶんと懸命に否定すればする程、工藤君の眼差しの怪訝な色が濃くなる。面差しには、ありありと疑ってますと書いてあった。


「まあいい」

『うぬぬ。新一のその偉そうな態度どうにかならぬのか!』

「ふんっ」

『新一!おはよう』

「…おはよう」


返された挨拶に満足そうに頷く土方さんを盗み見て。礼節を重んじる性分なんだと、また一つ彼女が知れた。

僕よりも付き合いが長い小学生の工藤君も、土方さんの譲らない笑顔の前で、声変り前のやや高い音で渋々と言った具合に挨拶を口にしていて。

成長期前だろうにそれなりに背がある工藤君は、小学生高学年。

二人は、小中高大の一貫校の帝丹高校。流れる雰囲気から、土方さんは毎日工藤君を小学校まで送ってるようだ。後もう一人女の子が加わると――考察した。


「なあ。仕切りに周りを気にしてっけどよ」

『うぬ?』

「またストーカーか?」

〈その通りですよ、ストーカーです〉

『いや、だからまだストーカーって決まったわけではないのだ』


確かに、土方さんは家を出てから不自然にならない程度に背後を気にしていた。

誰にも気付かれない些細な仕草だったというのに、工藤君は気付いた。この少年、中々に頭が切れる。鋭い眼力で土方さんを見上げる彼に対して、感嘆の息が洩れた。


「まだ?おめぇこそまだそんな甘いコト言ってんのか。母さんと父さんに言いつけっぞ」

『有紀子さんと叔父さんに言うのは止めておくれ』

「叱れんのがイヤならよー自分から素直に話せよ」

『だからな、ストーカーではないと申しておろう!』

〈あの写真はストーカーだと僕は思いますけどねぇ〉

『う、』


奇しくも工藤君とため息が揃ってしまった。

未だ写真だけなのだと小学生の彼に弁解している図は、傍目から見てとても面白い。内容は微笑ましいもんじゃないけど。

土方さんが無自覚で危なっかしくても、彼女の周りはお人好しな人間で溢れている。これも彼女の人望か。だから僕が口を酸っぱくして注意しなくても、大丈夫だろう。

死者が生者に深くかかわるべきではないだろう。

素人の僕には、死者が生者に憑りついて、生者にどんな影響があるのか計り知れないが――…早く離れなければ。

そうサクラと新一から一歩下がって考えを巡らしていた降谷零はサクラの性質を詳しく理解してなかった。サクラが、野次馬根性を持ち事件に突っ込みたがりの、巻き込まれ体質だと。

なんだかんだ放っておけなくて、深く関わり、これから苦労するのだと、傍観に徹していた降谷は思いつきもしなかったのだ。





同居人の独白2

(僕を見付けてくれた人だから)
(利用する罪悪感からではなく)
(純粋に力になりたいと思った)

続く?→


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