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異世界から来ただとか、海賊やってんだとか、頭のついて行けない話を続けられて、混乱しそうだった。

何故、異世界だと判断したのか、追々訊くと――…

可笑しいと思った彼は、道行く人にここが何処なのか聞いて回ったが、誰一人として話を訊いてくれなかったと愚痴った。

まあ、面倒事は避けて通りたい現代人はそう対処するよねと、内心頷いて。

恐らくシャンクスを不審に思った誰かが通報したのだろう、独特な服を着た男二人に、何してるのか聞かれたらしく、彼等にもここが何処なのか聞いて見せられた世界地図に、ここが自分がいた世界じゃないと悟ったらしい。

で、最初に気付いた公園に戻って来て、朝顔を見合わせた私を見付けた、と。


「って、わけなんだ…」


嘘か本当かはとりあえず横に置いといて。

打ち明けられた内容が内容だけに、呑み込むのに時間を要した。

私の反応を窺ってるシャンクスの泣きそうな顔が視界の端に映ったけれど、私は話を理解するのに忙しかった。私が黙れば、静寂が訪れて。尚も振り続ける雨音だけが室内に響いていた。

チラチラとシャンクスから視線が寄越される。痛いほど突き刺さるその眼差しが、捨て犬に助けを乞われてるような錯覚に陥らせた。


『…わかった』

「っ!信じてくれんのっ!?」

『そんな壮大な嘘をつく利点もなさそうだしね……って、何。嘘だったの?』

「いや!嘘じゃねェ!けどケイサツって奴等も信じてくれなかったのに」

『あーだろうね』


じゃあ何故信じたと言ってるような瞳に、苦笑する。

真っ直ぐと人の眼を見て真剣に話すシャンクスは嘘を言ってるようには思えなかったのだ。信じがたい話だけれども。って言うか、これ以上考えるのが頭痛のたねになりそうだったから、信じることにしたってのも理由の一つだ。


『いつ帰れんの』

「わかんねェ」


訊けば、グランドラインって名の海域は、一般常識が通じない海らしく、シャンクスの中では前例はないらしいけど、異世界に飛ばされたとしても何ら不思議ではないらしい。

いや、なんだよ。そのビックリ箱みたいな海は!とツッコミたかったが我慢した。

不思議な事が起こるのがグランドラインらしい。

帰れない不安要素しかない状況なのに、海の話になったら、瞳をキラキラさせるシャンクスは、子供みたいだった。海賊ってのは嘘じゃないのだろう。こんな真っ直ぐとキラキラした瞳で嘘はつけんだろう…って、馬鹿そうだから嘘すらつかなさそうだけどね。


『そのソファで寝起きするの我慢が出来るなら、帰れるまでいてもいいけど……』

「!いいのかっ!」


いや、ここまで話を訊いといて、家から追い出せんって。良心がズキズキ痛むだろうが。


『でも、働かない者食うべからずだからね!いる間は、君には家事をしてもらいます』

「おう!掃除、洗濯、雑用にはなれてんだ。どーんと来い!」


面倒を抱えてしまった自分に、頭を抱えたい気分だったけど、屈託なく笑うシャンクスに、悩んでる自分が小さく見える。そもそも頭痛の原因はシャンクスだが。

十八年生きて来て、初めて奇想天外な出来事に直面してる人間を見て、どこかワクワクしてる自分がいるのを自覚していた。

帰れなくて心細いだろうシャンクスには悪いと思いつつ、面倒を見るはめになったとしても、私の知らない世界を知ってるシャンクスを目の当たりにして、胸のときめきを止められそうになかった。非現実的で。





―――そんな会話をした翌日。

奇妙なシャンクスとの会話から一夜明けて、起きたらいなかったりして……と、自分の考えにあり得そうだと苦笑し、恐る恐るリビングに続くドアを開けたら、


『…………いるし』


ソファに寝転がったまま私を見上げる二つの瞳を見付けて、夢じゃなかったと突きつけられた。

落胆すればいいのか、未知なる遭遇が継続してるのに歓喜すればいいのか、食費の到達に悲観すればいいのか――とりあえず複雑な思いに駆られる。


「おう!はよー」


何だか朝ごはんを食べる気になれなくて、シャンクスの食パンだけ焼いてあげた。

二枚も焼いたのに、足りないとかほざくシャンクスに何枚も焼いて、結局一斤ぺろりと食べやがった。私とそんなに変わらない背丈なのに、どこにそんなに入るんだとコイツの胃袋に問いたい。

胃袋云々の前に、シャンクスには遠慮という二文字は存在しないのか、小一時間くらい問いたいくらいだ。ちょっと図太すぎやしないかい?


『…君が何歳か知らないけど、私は学校があるので、日中は家にいないから。昼ごはんは、自分で………って、君、コンロ使えなかったね』


テレビとか、電話とか、機械に興味を示していたシャンクスを思い出して、働かない者は食うべからずだとか言ったけど前言撤回した。コイツに家事を任せたら、大変な事になる。

洗濯機や掃除機の使い方も知らなかったのだ。少々、不安だが、家で大人しくしていて欲しい。


「ガッコウ?ってなんだ?」

『大人になって必要になるだろう知識を教えてくれる場所よ』

「へェー。あ、おれ十三!アンズは?」

『……十八。君ね、将来の為に言っておくけど、女性に歳は聞かない方が身のためよ』

「五歳違うのかー。まあだが問題じゃあねェな」

『人の話、聞いてる?』


買い物も安心して頼めないコイツに、なんで私は昼ごはんまで作ってあげなくちゃいけないんだっ!

ニカッと笑うシャンクスから目を逸らして、イライラしながら、卵を割った。良く食べるから、五合分のお米を炒めてチャーハンにした。食べ物があれば文句はないだろうと、内心鼻を鳴らす。もうペット扱いだ。


『昨日、君が着てた服は乾いたから、外に出てもいいけど面倒事は起こさないでね』

「おう。任せとけ!」

『…なんか不安しか感じないんだけど』


再度、キッチンには足を踏み入れるな、扱いが分からない機械には触るなと、口を酸っぱく告げて、学校に向かった。

朝から何も食べてないのに、胃が重く感じるのは何故だろう。





 □■□■□■□



一生分の溜息を吐いたような悲観漂うアンズの背中を見送って、シャンクスは柔らかいソファに身を沈めた。

最後まで心配そうに見て来る彼女の瞳を思い出して、自然と笑みが零れる。


「異世界かー」


最初こそ、見知らぬ公園のベンチに途方にくれたけれど。彼女には悪いが助かった。

何が起こるか分からないグランドラインを航海していた途中で、見た事がない生き物なんか見て来たシャンクスでも、起きた時に見知らぬ場所に飛ばされたのには流石に吃驚した。

自分に何が起こっているのか状況を確認しないと、冒険だーなんて言えなくて。

周りに、気配がないから、賞金稼ぎや敵の海賊に拉致された線は消え、とりあえず誰かに話を訊こうと、呑気に歩いていたのは――…最初だけ。

皆が皆、シャンクスと目が合うとあからさまに視線を逸らすのだ。そのくせ、シャンクスの視線が逸れてれば、観察してるような視線が突き刺さる。どうやら歓迎されてないのだと思った。

気にせずしばらく歩いてれば、海は見付からないので、大きな島らしい。自分は何処に飛ばされたのかと、自然と口角が吊り上った。


「アンズ、ね」


冷たい印象を受ける島人の中で、海軍のような制服をしたアンズに笑顔で挨拶されて。二重で驚いたのだ。

天敵である海軍に似た制服に警戒する自分に、笑顔を向けたアンズ。

海軍ではなかったのかという驚きと、誰もが不審者のような眼で見るのに、彼女だけは違って笑顔を向けてくれた驚き。

声をかける前に、なにやら彼女は慌てて何処かに向かっていったので、この家が彼女の家ならまた戻ってくるだろうと、その辺をウロウロしてたら、誰かに通報されたらしく、これまた違った制服に身を包む男性二人に職務質問された。

海軍の奴等みたいな匂いがぷんぷんとしたので、我ながら適当に答えてたら、大人しく帰りなさいとか言われた。

なので、話を訊いてくれ尚且つここが何処なのか教えてくれそうなあの女の待ってようと公園で待機していたのだ。

で、事情を説明して、なんだかんだでお世話になって。


「ふっ、ふっ、ふっ。面白ェ」


帰れるのか不安はないとは言い切れねェが、それよりも胡散臭い自分の話に耳を傾けてくれて、面倒事がーとか言ってたのに結局は信じてくれたアンズと出逢えた嬉しさの方が勝っていた。

艶やかな黒髪に、涼しげな黒目、目を惹くような華やかさはないものの、クールビューティという言葉が当てはまるアンズ。

彼女の容姿や、そこらへんを歩いていた島人を見ると、彼等はワノ国出身の人達と酷似している。

荒れ者が多い自由を掲げた海賊の船にいたシャンクスは、仲間が娼婦を買ってるとこを何度も見て来たので、完成された女がどう笑ってどう話すのか知っていた。

出るとこ出てて、引っ込むところは引っ込んでる身体は、女を知らないシャンクスにもそそるもんだ。所詮男だから。だが…と思う。

十八と言っていたアンズはワノ国みたいな童顔で、娼婦に比べると未完成な体つきだったが、シャンクスが見て来たどの女よりも品があった。色気が漂う女もいいけれど、あれらは品がないとも言える。

アンズは、育ちの良さと涼しげな印象をしてるのに、笑うと温かみがあって――…素朴な島の女性達に似ていた。品があって教養があるところは、平凡な島の女性達とは違うが。

娼婦とも、海賊のような荒々しい女とも、素朴な島の女性達とも違って。アンズは、シャンクスが出逢った事がない女性だ。だからか余計にアンズが気になる。


――この世界の住民は誰もがそうなのだろうか?


とかなんとか考えてるシャンクスだけど女性に免疫がなかったりする。

なのに、昨夜アンズがシャンクスの上半身を見ても顔色一つ変えなかった出来事を思い出すと、何だか胸のあたりがムカムカした。




「戻れるまでこの世界満喫してやらあ」


この先どうなるか分からないドキドキ感と、わくわく感もある上に、興味の尽きないアンズ、シャンクスは探究心を抑えられそうになかった。

アンズは、外に出てもいいと言っていた。

昨日とは違い今日は晴天で、出掛けるにはもって来いな天気。

じっとしているのが苦手なシャンクスは、勢いよく立ち上がって、生活感が漂う室内を見渡す。自然と、鼻歌を口ずさむ。海賊は海賊らしく、自分の思うままに生きるだけさ〜。





さて、手始めに何をしようか。

(アンズに恩があるんだ)
(心配しなくとも面倒は起こさねェよ)



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