麻衣の疑念[其の二] [2/4]





『今日も、これといって大した仕事なかったね』

「そうですね〜…」

『まぁ…今日もここは賑やかだけど』

「ははは」


あたしがバイトしている渋谷サイクリックリサーチの事務所にて。

今日も、相も変わらず喫茶店代わりにしている、ぼーさんをはじめとする綾子や真砂子、ジョンがソファーに居座っているのを、みずき先輩は冷やかな視線を向けている。

あたしは、そんなみずき先輩に苦笑した。

なんだかんだ言ってみずき先輩は、あたしが判らない言語がつらつら書かれている書類整理したり電話番をしたりなど、ちゃんと仕事をしている。

冷やかな視線を連中に向けているくせに、ナルみたいに追い出したりはしないんだ先輩は。


かく言うあたしは――…真砂子を見て苦虫を潰したような表情を浮かべてしまう。

真砂子がここに訪れる理由は…ナルとのデート目当てだ、絶対!

あたしだって…ナルと……デートなんてした事ないのに……。

ぷぅ〜と膨れるあたしの頬を、みずき先輩は苦笑しながら――突っついた。


『こらこら、可愛い顔が台無しよ』

「せんぱーい!」


先輩だけですよ!あたしをそんな風に可愛いとか言ってくれるのはッ!


「お〜い、嬢ちゃんたち、もう仕事終わる時間帯だろー?」

「あたし達、今から花火大会に行こうって話になったんだけど、アンタ達も行かない?」


もちろん行くわよね、って言ってる顔した綾子とぼーさん。

真砂子はナルが行くならと行くと言い、ジョンは苦笑しながら肯定の返事をしていた。


「(そっか…)」


そう言えば…今日は近くの海岸で、花火大会の日だったな〜。

言われて、思い出した。ミチル達が行こうって言ってて…あたしはバイトがあるとかで断ったんだった。

毎年…人が混むから…この時間帯は外に出るのを控えていたんだよね。だけど…。皆が行くならあたしも行くッ!


「行く行くう!あたしも行きます!」

「お〜そうでなくっちゃ、な?みずき…みずき?」

『う〜ん…。私も皆さんと行きたいのは山々なんですがね…』


訝し気に先輩を見たぼーさんに、みずき先輩は困った顔をして『……先約があるんですよ、すみません』と、ホントに申し訳なさそうに断っている。


「え〜みずき先輩来ないんですかー」

『うん、ゴメンね』


またも頬を膨らませたあたしに、みずき先輩は苦笑しながら――…ポンポンっと頭を撫でてくれた。

その暖かさに、頬が緩んだ――その時――…




カラン、カラン




来客を知らせる音が、室内に響いた。

当然、その場にいた全員の目がその人に集まる。

入ってきた人物は――…ぼーさんと同じくらいの身長に、ブラウンの髪と少し薄い色素のややつり目をしたな青年だった。


「イ、イケメン…」


ボソっと呟いた綾子の声に、あたしも深く頷く。

ナルに劣らず精悍な顔した男性で……自然と頬が紅潮した。隣に立っていたみずき先輩も『あっ…』と声を漏らしていた。


「ご依頼ですか?」


よく、喫茶店と勘違いして来店してくる人もいるから、この人もそうかもしれない。


「ぇ?いや…」


やっぱり…。この人も間違えたんだな。

ここは、そう言う類の店だと口を開こうとしたら――…あたしより先に、みずき先輩が口を開いた。


『遥人さん…よくここが判りましたね』

「あーアイツらに訊いた。ほら、早く行くぞ、混むからな」

『あ、はい』


不機嫌そうな顔した遥人と呼ばれた青年は――……みずき先輩の腕を取って、出入り口に向かう。


『あ、麻衣、先に上がりますってナルに言っといてー』


引っ張られながらみずき先輩はそう言って、遥人と共に事務所を去って行った。

し〜んと室内が静まり返る。

みずき先輩は、先約があるって言ってた、って事は……。


「なにアレ…」

「みずきのヤツ、先約って彼氏とデートだったのか!?」

「えっ、やっぱりあの人…先輩のかれしィィィ〜あたしそんなこと先輩に訊いてなぁ〜いッ」

「イケメンだったわね」

「えぇ」

「かっこよかったどすね」  

「そういやぁ〜あの男混むからって言ってたな。アイツら今から花火大会に行くんじゃないか?」


残されたメンツで口ぐちに言い合っていたら――…ぼーさんがポツリと言い放った。

するとまたし〜んと室内に静寂が訪れる。


「…――後をつけるか?」


ニヤッとあたし達に悪どい笑みを零した。

あたしも、先輩の彼氏なのか気になるしねっ、仕方ないよね!と、困惑気味なジョンを引っ張って、意気揚々と立ち上がった。



「――ちょっと待って下さい」



あたし達の背後から――…般若のような低い声が聴こえ――…



「「「「――っ…!!?」」」」



___後ろには、いつもよりも無表情なリンさんが立っていた。



「…ひっ」


その姿にあたしは恐怖で口を引き攣らせた。


「ちょっと待ってください、私も行きます」

「へっ」

「……ぇ?えっ」


ぽか〜んとするあたしとぼーさんをリンさんは冷たい視線で一瞥し、もう一度私もついて行くと言って先導してドアに手をかけている。


「何をしているんですか、早く行きますよ。みずきさんを見失ってしまいます」

「……」


不穏なオーラ―を纏ったリンさんの背中を眺めて――…あたし達は全員で顔を見合わせた。


「やっぱ…リンさんって……」

「いや、それ以上…何も言うな」


――みずき先輩の事……。

そこまで考えてあたしは首を横に激しく振った。それ以上考えるなっあたしッ!

ストーカー如く、みずき先輩の後をつけるとか無表情のリンさんが意気揚々と出てったとしても……いやいや考えるなーあたしぃぃぃー!

その疑念を捨てるのだ、あたしぃぃぃー!




とりあえず…あのイケメンがこの後、不慮の事故に見舞われないように見張ろうと思います。

あたし達は――心の中でこれからの使命がリンクした!








麻衣の疑念[其の二]



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