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【赤い悪魔】
ぽけ〜
中庭に面した一階の廊下に設置してあるベンチから、善い天気だとぽけ〜っと眺める。
ぽけ〜
「おれたち…全力をつくしたよな……」
『……うむ』
ぽけ〜、ぽけ〜
憎ったらしい程、外の天気は良好で――…私と、その隣におるユーリの心の陰りとは、真逆だ。
鳥のさえずりまで耳朶に届く。
『……』
こんな時こそエンギワル鳥の鳴き声の方が、雰囲気に合うというのに…肝心な時にはいなくて小鳥の鳴き声がただただ木霊する。
――…平和だ…。
全力。全力を尽くしたさ。魔笛も魔王のそっくりさんも見つけたし、水を真剣に見て渦がないか探したり。
「はぁ…」
地球へと突然帰れなくなった私達。
そんな現実を認めたくなくて、何度もお風呂へ突撃したり、水を見ては渦がないか探して回ったり、眞王廟とやらにも行った。
私は初めて行ったが、ユーリは何度か訪れた事があるらしく、顔を輝かせながら連れてってくれた。――そうそれは昨日のこと。
『(あーでも…ウルリーケとやらは誠…可愛かったなー)』
長い銀髪を床にたらして微笑む少女は儚げで、守ってあげたくなるような娘であった。
眞魔国には――…爆乳な大人な女性だけじゃなくて萌えな少女すらいるのかッ!と衝撃を受けた。――…その後、彼女の歳を訊いて、またも驚愕したのは記憶に新しい。
彼女の歳の件は、忘れようと誓ったサクラ。
ぽけ〜
まあ…結局は、眞王の言葉を唯一聴ける巫女のウルリーケですら……私達を地球に返す事は出来ぬらしい。
帰れなくなったのも、眞王の御意思だとかなんとか言われて……。
勝手に呼んでおいて、帰せないとかふざけるなッ!ってユーリは激昂し、もちろん私も一緒に腹を立てておったが――…、
―――「御許し下さい。わたくしだけの力では陛下と姫様をお帰しすることは出来ないのです」
と、己の力の限界に泣きそうな彼女に、あれ以上責めることなど――…出来ぬかった。
ユーリも私も言葉を失って、挨拶も疎かに眞王廟を後にした。
本当は…正直に申すならば……ユーリから眞王の言葉を聴ける巫女がいると訊いて、そこへ霊感がある己が行けば、眞王とやらに会えると思い、意気揚々と向かったのだ私は。
――会ったら問答無用で成仏させてやるッ!!
って、意気込んでおったのに…姿も気配すらも感じぬかった。
『(本当に…あの場所に眞王とやらがおると言うのか…)』
溜息を尚も漏らすユーリの横で、サクラは顔を顰めた。
「陛下、サクラ」
「コンラッド…」
ズーンとベンチに座りながら二人揃って、今日も今日とて爽やかな微笑みに、カーキ色の軍服を身にまとったあやつを見遣る。
――爽やかすぎる…。
悩みの渦に巻き込まれておった私達に――…あの爽やかな微笑みは眩しいぞ。
「こんな所におられたのですね」
眉を顰めて周囲を見渡し、困ったように言ったコンラッドは――サクラとユーリの前に跪き、目線を合わせた。
温かい日差しとは別に、ひゅるりと私達の間に風が流れた。
コンラッドは何も言葉を発せず、時間だけがこのまま過ぎるかと思われた。が――。
「おれは簡単に選びすぎたのかな」
『……』
隣に座るユーリが、目の前のコンラッドと視線を合わせず重い口を動かした。
「…ユーリはこの国が嫌いなのかい?」
「っ、好きだよッ! だけど…こんな風に家族や友達に会えなくなるなんて思わなかったから…」
勢いよく顔を上げたユーリだったが、後半は消え入るような声で、ボソリと呟いた。
それは、近くにいた私にも、コンラッドにも、ちゃんと聞こえた。
『(…結城)』
私の弟はまだ幼い。独りでは生きていけぬだろう…何より独りにさせるような事は、決してせぬ。
ユーリは時期になったら、ちゃんと地球へと帰れるだろうと踏んでいる。
――だが私は…。
そもそも何故私がこちらに呼ばれたのか判らぬ故。
ユーリと違って役割などない。イレギュラーな存在だと思っておったのだが…。 然し、帰る方法など無ければ、探せば善い。
この世界の何処かにいるであろう眞王を見つけ出して――…脅して帰ろうと思う。
サクラは、腰に差してある斬魄刀を力強く握った。
『(それまでは…待っていろ、結城)』
「そうですね、辛くて悲しいのは消してあげられないけど…陛下には陛下を支える者達がついています。―――もちろんサクラ、貴女にも」
聞こえてきた己の名を、愛おしげにコンラッドに微笑まれて。
ドクン
『――っ』
心臓が大きく脈を打った。
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