6-12



やったー魔笛ゲット出来たんだーと喜んでいるニコラやユーリ。

否…アレだぞ?あともう一つを見つけぬといけないのだぞ?ぬか喜びになる事が目に見えておるのに――…我等の魔王は終始はしゃいでいた。

嬉しそうにしておるユーリに訂正を入れる気分にならず、私は、苦笑して見守った。


「ただいまー」

「おー帰ってきただいね」


気まずい空気から一転して笑顔に満ち溢れておる一面に、ジルダはきょとんとしたのち「フルーツを買ってきた〜」と自身も嬉しくなって笑った。

穏やかな空気の中、ユーリを筆頭に果物を口にする。


『(みずみずしい)』


走ったりしておったし、外はとても暑かったから、体は水分が欲していたらしく。喉が潤う事で水分が足りなかったと自覚する。

私が手に取った果物は見た目はオレンジなのに、味はリンゴのようで不思議な感じだ。 リンゴの味っぽいのに軟らかい触感で、ひんやりと冷えておって美味である。


「我らが魔王は食の方が大事か」

「は、はは。 腹が減っては戦は出来んって言うだろー」

『そうだぞ、いざと言う時に動けなかったでは話にならぬ。 グウェンもほれ、食べぬか』 

「……」


女性群と楽しそうに食べておるユーリにグウェンダルは頭を抱えた。 魔笛だってまだ完全に手に入っていないし、今まさに追われている身であるこの現状で、くつろいでいる魔王に溜息を付きたくなったのだ。

そんなグウェンダルにユーリは苦笑しながらも果物を勧める。

まぁ彼は、苦労性な所があるから…ゆっくりしておる私達が許せぬのだろう。


「お前達は…何故そんなに厄介ごとに首を突っ込みたがるのだ?」

『うぬ?』


サクラから果物を受け取ったグウェンダルは、心底不思議だと静かに問いかけた。


「ユーリ、お前は王だ。 国にことは臣下に任せ、城で京楽に耽ることもできるのに」

「キョウラクのフケリかたが判んないんだけど」

「好きなものはないのか、富や美食、それに女」


これまでの王となった魔族達を脳裏に思い浮かべ、比較して疑問を音にしていく。

確かに一国の王がこんな厄介ごとに首を突っ込んだりはせぬだろう。 兵士に一つ見て来いと命令してそれで終わり、そして自分は楽をするのが常だ。


「でも今んとこ、野球がトップかなぁ」


高みの見物でもしていればよ良かろうと言われているも同じなのに、素直に望んでおる事を答えるユーリ。 その答えにグウェンダルは頷く。

グウェンダルはサクラとユーリに質問したみたいだが、話の流れから意識はユーリに向けられておるので口を挟まず耳を会話に済ませる。 オリーヴもまた隣で果物を食しながら聞いた。


「ではその野球とやらをすればいい。思う存分」

「もうやってるよ、十年近く」

「なんだ、それは魔王の地位がなくても出来ることなのか?」

「情熱さえあれば」

『ふっ』


庶民で育ったから。そして渋谷有利と言う人間は正義感が人一倍強い。 地位を利用して甘い蜜を吸おうなんて考えは端からないのだ。

二人の会話を聞いてサクラは笑った。


『(グウェンめ)』


ユーリの人となりなど当に判っておるだろうに。活発で行動力あるユーリについて行くのは大変だろうなー…。これから彼はもっと苦労するに違いない。

だが、グウェンダルは誠に不思議でたまらぬのだろう。 私達とグウェンダルでは育った環境が異なる分、価値観も当然違う。

グウェンダルが記憶しておる王の姿と、グウェンダルが望んでいる王の姿、そして……我が母親の王の姿。

二十年前の悲劇を繰り返さぬよう今度の王は愚かな王となりえるのか、目を鋭くしていたがユーリは予想していた王の姿の斜め前を行く。 ユーリには、今度の魔王には、驚きや困惑する事が多い。


「ではもっと、金のかかる遊びを……」


何が正しいのか分からなくなって、混乱しながら尋ねたら、


「なんで?」


ユーリに正面から、澄んだ漆黒の瞳で見据えられて――…グウェンダルは息を呑んだ。


「皆さんの税金で贅沢三昧するのが王様の仕事なの? それが正しい王様像だって、あんたもコンラッドもギュンターもヴォルフラムも思ってんの?」

「それは……だが、これまで平民から選ばれた者は、いずれも……」


グウェンダルにだって正しい王様像など分からん。

ただ、民の事を思って二十年前の二の舞にならぬように――…と、望んでいただけ。


「とりあえずの手本はツェリ様なんだろうけど、あのひとは大人の女性で、こっちはその辺の野球小僧だよ。 同じようにやれるわけがない。 だったらおれなりに精一杯、自分らしくやるしかないでしょうが。 その結果が新前でへなよこで、記憶に残る史上最低の君主と称されようと、これまでの十六年間の経験で、判断していくしかないわけだ。 教科書に絵付きで載っているような、ルイルイの生活が似合うわけないじゃん。 それに、もしおれがどうしようもなく間違った判断しちゃったら、そんときは……」


――――止めてくれるだろ?

そこで、一旦止めた魔王は、目の前にいる己の臣下を見据え確信してそう言葉を放った。


「………」


グウェンダルは、数秒ユーリを眺め柔らかく笑みを受けべた。


――この王なら、安心してついていけるかもしれん。

――この王なら、あんな惨劇は起こらないだろう…。国の未来は明るいかもしれん。


ユーリに、王としての片鱗を間近で見たグウェンダルは、国の未来を想う。

やりたい放題だけじゃなく、ちゃんと自分達臣下の事も考えてくれて、しかも信じてくれている。こんな王は今まで見た事がなかった。

グウェンダルはチラりと静かに話を聞いているサクラを見た。


「(サクラも…)」




『民がいなければ国は成り立たぬ、民がいて初めて国になるのだ』

『貴様は民のために力になれ』

『貴様らのしている事は全て驕りだ』





過去言われた――…胸に残っている言葉を思い出す。

ユーリとサクラ。ユーリの横でサクラが支えて、彼等を更に下から自分達臣下が支える。


――それが理想の…自分が思い描く国の未来。

グウェンダルは、もう一度笑みを浮かべた。



「な、サクラもそうだろ?」

『うむ?』

「サクラも姫だ。 こんな厄介な事に首を突っ込まなくても良かったものを」

『……』


―――でも、サクラならユーリ(自分)と同じだろ? 案にそう言っている二人。

男二人はサクラにも尋ねた。

そんな二人の顔を交互に見る。ユーリは何気なくグウェンダルは幾らかスッキリした表情で。


『厄介事に首を突っ込んでおるのは…見て見ぬふりが出来ぬだけ。 贅沢三昧せぬのは人の金で……ってのがあるからな』


私の言葉に頷くユーリ。

貴族から地位の高い位に上がるならともかく、もともと庶民育ちで己の力で立っておる人がほとんどな日本で育って来たからその意識は変わらぬ。 転生してからも変わらぬかった。

尺魂界では――…多少仕事から逃げてたりもしておったが…と、物思いに更けながら笑う。


『己で働いて稼いだお金で贅沢するのなら構わんが、人様が稼いだ金を使いたくはない。ここまではユーリと同意見だ。 後一つは…私がお客だから、だな』

「――え?」

「客だと」


意味が分かっておらぬ二人に言葉を続ける。


『だ、か、ら、ユーリは王だけど、私は何も意味がない存在だろう。 ただ髪も目も黒いからと言って高い身分が与えられるのは納得がいかぬ。 働いて城に身を寄せておる訳せはないのだから、客だろう? そんな招かざるお客が我がもの顔で我が儘など言えるか』


ユーリには魔王と言う立派な役職がある。

私にはそんな…こちらの世界に呼べれておる理由がない。――今回のスタツアも、偶然なのか眞王に聞かなければならぬが…。

とりあえず、働いておらぬ身でそのような遊楽など出来ぬと告げる。


「違うっ」

「違いますッ!」


――そんな事を考えていたのか!

暫し唖然としたけど、誰もそんな事なんか考えておらん。グウェンダルと、ユーリの横でオリーヴが食していた果物を片手に声を荒げた。


――お前は漆黒の姫じゃないか!

それに…そんな身分がなくたって、もうサクラは自分達に必要な存在。


「そうだよっ!サクラだって、」

『それにな』


グウェンダルとオリーヴに同意して口を開いたユーリだったけど、私は言葉を遮った。

三人の大声に、こちらの話を聞いていなかったジルダやシャス、ニコラの三人も何事だとこちらを窺う。


『私はこちらにいる理由を作りたくはないのだ…またここに来たいと思ってしまうであろう? 私は…私には……戻りたい場所があるのだ』



―――ここには居場所を作りたくはない。

だって、居心地が善すぎて、抜け出せなくなるかもしれぬであろう?

そうなったら…あの場所が、未だに望んでおるあの場所が……私の手から尚も遠ざかっていく気がして……。 恋焦がれておるあの場所を脳裏に浮かべそう言った。


悲しそうに笑うサクラにこの室内にいた誰もが言葉を失った。






 □■□■□■□



「出て来いっ」

「そこにいるのは分かっている!」


サクラの言葉に、誰も何も言えず静まり返った室内に、外から野太い声が響いた。

恐らく…数人はいるだろう。グウェンダルとオリーヴ、そしてサクラは目を鋭くして感覚を研ぎ澄ませる。


「な、なに…」


ユーリとニコラはおろおろ焦っていて、


「こっちだ、こっちに裏口がある。ここから逃げろ」


二人が状況を把握する前に、シャスが裏口へと逃げ場を案内してくれた。 十中八九、外におる輩はニコラを追ってきた連中だ。

きっとジルダの跡を付けておったのだろう。


「で、でもシャスさんとジルダは…」

「儂らは大丈夫だいね。さ、早く」

「は、はい」

「でも…」

「早くして下さい! ここにいる所に踏み込まれたらジルダ達は魔族を匿ったって捕まってしまうわ」


頷くニコラに躊躇うユーリ。 おろおろしている彼に横からオリーヴが急かし、グウェンダルも後に続こうとしているのを――…、


『グウェンダル』


鎖で繋がっている手を引いて呼び止める。


「え、なにしてるの」

『ユーリ』


背後で立ち止まったグウェンダルとサクラを振り返ったユーリとオリーヴ。 中々後に続かないサクラに眉を顰める。

当の私とグウェンダルは目配せした。……私が何をしたいか悟ったらしい。視線が合ったグウェンダルは一つ頷いた。


『ニコラは妊婦だから彼女の事頼んだぞ。オリーヴ、二人の事よろしくな。―――また、後で会おう』


頷いてくれた隣の男から目を逸らしオリーヴを見据え、私はそう言った。 オリーヴも状況が状況だけに察したみたいで。真剣な表情で私に頷き返す。


『私達は大丈夫だ、早くゆけ』


だけど、ほんの少し彼女のピンクの瞳には心配の色が見え、サクラは笑った。


「え、サクラ?っちょ、え、えっグウェンダル!?」

「サクラ様」

『うむ?』

「――必ず後で!」

『あぁ、後で』


何だなんだと焦っておるユーリの背中を押しながら、不安げに後で会おうと約束を口にした彼女に柔らかく笑い肯定の返事を返す。

サクラの返事に一度頷き、オリーヴはユーリとニコラを連れてシャスの家を後にした。


『すまぬな』

「フッ、いや。――何か策があるのだろう」


私がこれからしようとしておる事。それは――…妊婦であるニコラの体に負担がかからぬように態と追っ手に捕まることだった。 ついでに魔王のユーリには逃げて貰った。

何も言わず鎖のせいで行動を共にするのを余儀なくされたこやつに先に謝っておく。策などない、が……どうにか逃げ出せるであろう。



―――それに…。“昔”の記憶が正しければ、魔笛の残りの一部は連れて行かれる場所にある筈。



『それは買いかぶりすぎだ』


二人で笑みを零して、困惑しているシャスとジルダに礼を告げ、表の扉から外に出た。



巻き込んですまぬと言っていたサクラに、グウェンダルはこれが一番の策で魔王も逃がせたこの行動は一緒に逃げるよりマシだと思っていた。

ユーリにはオリーヴが側についている。 自分の事となると省みないこの姫は自分が守らなければなるまい。この姫にも己は忠誠を誓っているのだから。

手枷がなくとも……危機的状況でも、自分はサクラと一緒にこの場に残っていた筈だ。

グウェンダルはサクラを一瞥してそう思った。







(もう既に)
(お前の居場所は…)
(ここにある)
(その事に早く気付け)


to be continued...

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