6-4
「あれですね」
「あれかー」
『なんか…静かだな』
「あぁ」
翌日、我々が訪れたのは教会だった。
この街は国境の街とは違って、栄えているらしく人の数も多かったのだが、教会付近では人が見当たらぬ。四人で疑問に思いながらも教会を目指して歩く。
「おい、あんまりくっつくなッ!」
『なぬ?仕方ないであろう!鎖で繋がっておるのだからっ。――む?貴様…善い腰をしておるな』
「サクラっ!?」
グウェンダルと離れて歩くと右に填めている手枷が食い込んで痛いのだ。 なので、くっついていたらグウェンダルから苦情をもらう。
そんなサクラの奇行にユーリが驚いた声を上げた。
――善いではないかっ!これくらい。
『いや、グウェンが程よい筋肉をしておるのだ!腰周りの筋肉が…(萌えるのだッ!)』
「あぁ!分かるっ! グウェンダルはいい筋肉してそうだよなー俺も筋肉欲しい」
『ユーリも触れば良かろう。ほれ』
ユーリと話しながらも、グウェンダルの腰に後ろから抱き着きながら歩いていたサクラだったが、隣にいるユーリにグウェンダルの筋肉を勧める。
「おいッ!」
そして、本人の許可なく、二人で触った。――筋肉善いな…。
『私も筋肉が欲しい…。マッチョ過ぎず細すぎず』
「うんうん。俺もこの夏は筋トレ結構してるんだけどなー、まだまだ筋肉が欲しいよ」
『私も筋トレ…』
「ダメですっ!」
「ダメだっ!」
しようかなー、と、言葉を続けようとしたらオリーヴとグウェンダルが声を荒げた。 左右から否定されて驚く。
『何故だ?筋肉…善いと思うのだが』
ユーリと二人でうむうむ頷く。
何故否定されるのか判らぬので、頭の中が疑問で埋め尽くされる。ユーリと共に頭を捻った。
ユーリより若干小柄なサクラに筋肉が付くなんて…オリーヴとグウェンダルは想像して青褪める。
特に可愛いモノ好きなグウェンダルは、止めてくれと懇願したくなった。
意外に頑固なサクラを説得出来るとは思えなかったので、サクラが筋トレをしようとしていたら断固として邪魔をしようと決めたオリーヴとグウェンダルであった。
そんな彼等の葛藤を知らないユーリと私は、やっと辿り着いた教会の扉と闘っていた。
『うぬぬ、この扉…開かぬぞッ!』
「ホントだっ、開かない!中から鍵がかかっているみたいだ」
それを聞いたグウェンダルは右足を構える態勢を取った。長い足を構える様はジャッキー・チェーンの様でカッコいい。
『おいおい、まさか…』
勝手に扉をこじ開けるつもりなのかっ!?冷静沈着なグウェンダルのまさかの荒業にびっくりだ。
何故かユーリも加わって勢いよく蹴った扉は、豪快な音を立てて吹っ飛んだ。
――誰がこの修理するのだろう。修理代とか…。
余計な事が頭をよぎっている間に扉は無くなり、中の様子がはっきり見渡せる様になったのだが―――………
『な、なぬ……結婚式…?』
____視界に飛び込んできたのは、式の最中だった。
向こうもこちらも想定外な出来事で、暫し唖然とする。静寂が私達の間に流れた。
「……結婚式の最中みたいだけど……」と、沈黙を破ったのはユーリで、グウェンダルもオリーヴも私もそれに頷く。
「の、ようだな。 出直すか」
「えぇ」
『う、うむ』
「そうしよ」
ユーリとオリーヴを先に出口に促して、私達も出ようとした、のだが、その背中に声がかかる。
「ちょうど良かった!」
――うぬ?
「それでは人生の先輩である、愛し合うつがいの二人に、祝福の言葉を頂戴しましょう!」
式の視界をしていたであろう男性がマイクを持って興奮気味にやって来た。 まさかの出来事に困惑気味に、グウェンダルと目を合わせる。
『つ、つがい?』
「手なんか繋いじゃって熱々ですね! 一足先にご夫婦となったお二人から、若い者にぜひとも一言お願い致します!」
空気が読めないのか、司会者はどんどん話を進めていくが、
「夫婦じゃないッ!」
耐えられなかったグウェンダルが思わずそう叫ぶ。
私もそれに首を縦に動かして違うと訴えた。――それに、手をつないでいる訳ではなく鎖を布で隠している為にそう見えるだけなのだ。誤解である。
けれど、勝手にこの教会に突破して来て空気を壊した立場としては、あんまり大きな声で否定な事は言えぬので、どうしたものかと頭を悩ませる。
「では、どのようなご関係で?」
静寂が訪れるかと思いきや、すかさず司会者の男性は私達に尋ねた。
その質問に、如何にこのお祝いの空気を壊さないように、説明しようかと思案する私を尻目に――…
『それは…』
「元々こいつは、弟の婚約者だ」
『い、いや…それも…』
グウェンダルが、私よりも早く説明したので、頬が引き攣った。――弟ってコンラッドの事デスヨネ…。
「え!?―――弟の婚約者と……いっそう情熱的だなぁ」
「はぁっ!?」
誤解を解こうとしたのに、付け加えた言葉が更に誤解を生んだ。 ここまで誤解されると、最早後に引けぬところまで来ていると、更に二人を焦燥感が襲う。
『うぬぬ』
どうしたものかと、解決策を少ない脳細胞をフル活動させていたら、神父さんの前に立っていた新婦さんと目が合った。
善く見ると小柄でかなり若い事が伺える。きっと結婚式にも夢があったんだろう、こちらを見る彼女の目は真剣そのものだ。
……邪魔して申し訳ない。居た堪れなくなって、思わず司会者のマイクを受け取った。
「おい」
サクラの行動に、まさか…と、グウェンダルは目を見開き、右手で頭を抱えた。
あぁ、諦めてくれたみたいだ。ならば、スピーチするだけしてみようぞ!もう後には引けぬしな。
えー。
『結婚とは恋人から夫婦になる瞬間であり、夫婦とはこれからの人生を共に過ごすパートナーです。 今後、様々な試練があなた方を襲うかもしれません…ですが、それらの試練を二人で共に乗り越え、楽しい事もそうでない事も二人で分かち合って下さい。――それが、結婚すると言う事です。 愛し合っている二人だからこそ…、
「……そうよね」
……ぬ…?』
共に支え合って生きていって欲しいって事を伝えたかったのだが、その伝えたい相手の一人、新婦さんに言葉を遮られた。
彼女は一人でしきりに頷いており、私は、何が何だか判らぬかった。何故、このタイミングであんな反応をされるたのだろうか?慣れぬ敬語まで使ったのがいけなかったのだろうか?
「そうですよね…。辛い事があっても愛し合う二人だから乗り越えられるそうですよね?」
『あ、あぁ』
「そうよ…そうですよ! 愛し合っていなければ乗り越えられない…そうよ、愛し合っているからこそ夫婦になるのよ!流されて夫婦になったって、何も乗り越えられないわっ!」
『…何やら雲行きが…』
怪しくなってきてはないか?グウェンダルに視線を向ける。
「あたし、間違っていました」
『うむ?』
「あなたの言葉で気付きました。ありがとう」
『い、いや』
何やら興奮気味の――…だけど、キラキラ輝いた瞳で、頬を紅潮させながら…彼女は、私達目がけて走って来て、こうのたまった。
「別の相手と結婚するところでした」
『は、へ?』
____冷や汗が垂れる。
新婦だったはずの彼女は、ベールとブーケをその会場にいる参加者に向かって投げ、「一緒に逃げましょう」と満面の笑みで私の左手を掴んだ。
「おい、花嫁が逃げるぞ」
「あいつら花嫁を攫うつもりだーっ」
参加者達の焦った声を耳にしながら、考える暇なく教会を後にする。
もちろん鎖で繋がっているグウェンダルも私の後について来てくれて、呆れた目と溜息を己にプレゼントしてくれた。
『…ぇ、えっ。今のは私のせい?私のせいなのかッ!?』
「………はぁ」
□■□■□■□
「な、なに?」
「サクラ様っ!?」
罵声と共に現れたサクラとグウェンダル、そして教会にいた新婦さん。
先に外に出て外で待っていたユーリは当然、困惑した。だが、オリーヴは瞬時に状況を判断し、ユーリの手を掴み――…新婦さんに合わせて走り出す。
「なに、なんなのー!」
『私とてっ、何がなんだか判らかぬわぁぁぁー!!ぅぬぁぁぁ〜ん』
手枷プラスでまたも追い掛けられるはめになったこの状況に、訳も分からずユーリもこの状況を作り出したサクラも涙目になった。
(今日は追われてばっかりだっ)
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