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第一話【眞魔国へようこそ!】
確かにあの時、あの場所で藍染に殺されたはずだった。気づいたら赤ん坊になっていたのだから、やはり死んだのであろう。
――前世の記憶を持ったまま転生したと言う事か。
またも幽霊が見える、触れる、憑かれる、何ともありがたくない霊媒体質に生まれ早十五年。
転生したのに一緒に戦った仲間とも会えず、霊力もあるのに己の斬魄刀も答えてくれぬ。死神の力は失ってない筈だが、何かに邪魔されて声が聞こえぬ――この現状……。
――孤独だ…。
『記憶を共有出来るヤツがいなくて寂しいなどと…』
なーんて。シリアスモードから初めまして、土方サクラでっす!
日曜日である今日は、朝から本屋巡り。よいではないか!古書を集めるのも好きだが、少年漫画が大好きなのだ。
――明日は月曜日でジャンプの日! 楽しみ。楽しみすぎるっ!!
『ふっふっふっ』
「あっ!危ないっっっ!!!」
『えっ?』
鼻歌を歌いたくなるほど、うきうきしておった私は、前は死神だったのかと疑いたくなるくらいに油断しておった。もっと詳しく言えば、零番隊を背負っていた隊長なのかと疑いたくなるくらいの間抜けさ。
突然耳に届いた焦った少年の声と共に、私――土方サクラのささやかな休日は、飛んできた野球ボールにより潰されるのであった。
球が目に入った途端意識が白く弾け、
『(落ちた先が川で良かった…)』
___体は水に包まれた。
川に沈んで息が出来なくて、上に這い上がろうとしても何故か沈んでゆく。
太陽の光であろう眩しさが上に見えるのに届かぬ。両手で懸命に足掻くのだが、それも虚しく己の体は下へ下へと沈む。
『(渦に巻き込まれてる!?)』
水中で懸命にもがいておったら背後から勢いのある渦が迫っていた。
――死ぬ!溺れて死ぬとか嫌だ!情けないぞッ野球ボールに当たって川で溺死などとっ!
脳裏に、私を指さして腹を抱えて笑うルキアの姿が浮かんだ。…ヤバい、溺れて死んだとかバレたら、不名誉な事態になってしまう!!うぬ、あやつらに会いたいとは思ったが、こんな形では会いたくはないぞー!!!
『(うぬうぬぬぬ)』
半ばパニックになっておると、何かに引っ張られた。
□■□■□■□
本格的に死んでしまうのでは――…と、二度目の死を目の前にして、このまま死んだらルキア達と再会出来るだろうかとぼんやり考えた。けれど。
『(暖かい…ん?)』
呼吸が出来る事に気づいて、目を開けた。
死を覚悟した私を燦々と照らす太陽が視界に映り込んで、強い力に引っ張られたのに、助かったのかと己の胸に手を当てる。ドク、ドクッと心臓が機能していて、死んだのではないと安堵する。
ルキア達に会いたいが、意味もなく死にたくはない。生きてる事を確認したら、早く家に帰って、先程本屋で手に入れた漫画を読まなければと起き上がってみると――…何故かジャングルにいた。
見渡す限りの木、木々。
有り得ぬこの状況に唖然とするサクラ。
『(いや、否、いや、落ち着けサクラ!私は川に落ちたはずだが…)』
落ち着いて回りをぐるりと見渡すと、ジャングル風の温泉プールにいる事が判かった。
川に落ちて気付いたら、ジャングル風の温泉プール??あり得ぬわッ!!!
――しかし、ここは…。
『(尸魂界ではないな)』
水中に沈んだ筈であるのに体は、程よい暖かさに包まれており、川に落ちた際に感じた肌寒さは今は感じぬかった。
眼に映る建物はあきらかに洋風な作りで、尸魂界ではありえぬ――と、ここは尺魂界ではないと、もしやと思った可能性は直ぐに切り捨る。
どこぞの物好きな貴族が立てたのなら別だが…“ここ”には、霊圧が全く感じられぬ。つまり、霊子で出来たあの世界ではないのだ。 その事実に私は肩を落として、落胆した。
あやつらに会えると一瞬考えてしまったではないか。
「あぁぁぁぁぁ――陛下ぁ――…ぁぁぁぁぁ」
『!?』
現実に項垂れていたら突如野太い悲鳴が耳に届いた。
途端私は息を呑んで、目を鋭くさせた。ここが何処なのか判らぬ状況では、警戒するのに越した事はない。
「陛下あぁぁぁぁぁぁぁ」
「キャー」
「ギュンター様よぉぉ!!!」
『悲鳴…』
聞こる声は、複数。人の気配などせぬかったのに、人がいるみたいだ。広すぎて気づかぬかった。
――ここが何処か訊けば判るだろうか?ここはあの声の人達の家なのだろう。見た所広いから、貴族の家なのかもしれぬ。
不法侵入したみたいになっておるが、私も来たくてここに辿りついたわけではないのだ。話せば解ってくれるだろうと、ゆっくり足を向けた。
辿り着いたここが尺魂界ではないのならば、何故私はここに?明らかに日本ではない。国境を越えた覚えもないのだが。
ふと、思考に耽っていたら、ある考えが脳裏を過ぎる。
『(私は、やはり死んだのではないだろうか?)』
もともと転生してしまった先は、一護達がおらぬ別の世界の現世だった。ならば、こちらの黄泉の世界は、西洋の作りなのかもしれぬ。
やはり己は、川に溺れて死んでしまったに違いない。 尺魂界と勝手が違うのだから、霊力を感じなくとも、頷けると言うもの。
『ふむ』
死んだのならば、不法侵入で捕まる危険性もあるまい。 希望を胸に抱き、声がする方向に近づいてみると――…そこには、何とも異様な光景が広がっていた。
髪の長い男性が裸の女性達に、(――うぬ?声から判断すると男性か?)、囲まれており、そこから少し離れた場所に黒髪の少年に茶髪の大学生くらいの男性が立っておった。
傍観しておる黒髪の少年と茶髪の男性は、囲まれて悲鳴を上げておる長髪の男性を助けるつもりはないらしい。ひたすら眺めておる。
『(あの二人に訊くか)…あのーすまぬが…』
「!」
「え?」
後ろから声をかけたのが悪かったのか、声をかけた瞬間、茶髪の男性は黒髪の男の子を背に隠し剣を抜きながら――目を鋭くしてサクラを見据えた。
まぁ…気配を殺して近づいたから、警戒されても仕方ないか、と苦笑しながら、剣を構えた茶髪の男性と視線を合わせる。そこで男性の顔を初めて見たわけで。
――美形だ。茶髪の男性は言葉に出来ぬほど美形だった。
こちらが声をかけたのにも関わらず、質問したい事があったのに口から言葉が出なかった。出たのは感嘆の溜息だけ。
男性の茶色の髪は陽の光に照らされてキラキラ輝いておって、こちらを見ておる二つの瞳も星空のように綺麗である。
認めよう、見惚れてしまったのだ。―――よいではないか!見惚れてしまったとしても!
――美形は目の保養なのだ!
誰に責められた訳でもないのに、心の中で言い訳してみた。
我に返ってみると、先程まで騒いでいた人達もこちらを伺っておる。己を見たまま固まっていると言った方がしっくりくるが……。
それに訝しながらも、静まり返った彼等を気にせず、意を決して疑問を口にした。『ここは何処ですか?』と。
答えを求めて茶髪の男性に目を向けると、こちらも未だ固まったままであった。
『うぬ?えっと…』
訊き方が問題だったのだろうか。死んでこちらに飛ばされたのだから、不法侵入で咎められる事もないと思っていたのだが…。もしや貴族の家に勝手に上り込んで、無礼者だとか思われておるのだろうか?
どうすれば怪しまれずに居場所を確認出来るか思考する。
尺魂界とは違うから、飛ばされた後はどう生活して善いのか判らぬのだ。勝手に、何処かに棲みついても善いのだろうかとか疑問がつきぬのだ。知りたい事が多いので、出来れば、この者達に教えてもらいたかった。
「サクラ?」
『うぬっ?何故…私の名を……』
知っておるのだ、と疑問を口にするが、その言葉は最後まで言えぬかった。体に衝撃が――と思ったのち視界が真っ白になったのだから。
「サクラっ!サクラ」
それは一瞬の出来事で、男性に抱きしめられておると――理解出来たのは、耳元で何度も何度も己の名を呼ばれてからだった。
さっきまで浸かっておったお湯の暖かさではなく、人の温もりに体が包まれる。
『あのっ』
男性の腕から離れようとすると、それに気づいたのか離さないとばかりにキツく抱きしめられる。 そして尚も切なげに名を呼ばれた。
しかし、私はこの男性の事など知らぬ。会った事はない筈だ。知らぬ男性に、痛いほど強く抱擁され私は困惑した。
『(どっどうしたら…)』
その男性の肩越しに、彼が守ろうとしていた少年と目がかち合う。彼も混乱しておるみたいであったが、それ所ではない。
―――助けてくれっ!
眼で訴えてみた。
先程、この男性は黒髪少年を守るように私に剣を向けたので、あの少年は男性の上司なのだろうと推測する。ならば、黒髪少年が何か言ってくれたら、茶髪の男性は己を放してくれるわけで。
「コっ、コンラッド?」
――おぉー通じた!助けてくれた! ありがとう名も知らぬ男の子よ!
そしてこの男性はコンラッドと申すのか、外国人?――黒髪少年に名を呼ばれたコンラッドと言う男性は、ようやく私を放してくれた。
それを機に後ろに下がり距離を取る。どうやら彼は己を誰かと間違えておるみたいである。
――誤解を解かなければならぬな…。
私は、突き刺さる視線の数に向かって静かに口を開いた。
『私は土方サクラと申します。私は、さっき川に落ちたと思ったら、こちらに飛ばされたみたいで、ここが何処だか教えて頂けませぬか?後、こちらの規則を教えて頂けるとありがたい。 それから私とあなたは初対面ですよね?どなたかと間違っていらっしゃるみたいだが……』
前半を黒髪少年に訊いて、後半はコンラッドと言う男性にそう言った。意思とは関係なく侵入してしまったと、己は害のない人間だという意味も込めて。
その発言にコンラッドは困惑気味に目を見開き――…
「えぇぇぇぇぇ!もしかして君もスタツアしちゃった?」
黒髪少年は、寛大に驚愕した。
『スタツア?』
おそらく日本人だろう黒髪少年に尋ねる。すると今度は黒髪少年が、「えっと…」と、言葉に詰まらせた。
そう言えば彼は見た事がある。周囲が外国人ばかりで普段見慣れた黒髪に親近感を湧いておったが――それだけではない、彼の事は知ってる。
『貴様…渋谷有利ではないか? 同じ中学であっただろう!一緒のクラスにはなった事はないが』
そう言うとビックリした顔で私の顔を凝視した渋谷だろう彼は、「優等生の鏡、土方サクラっ!!」と面白いくらいに驚いてくれた。
『思い出してくれて嬉しいよ、渋谷君』
(とりあえず知り合いがいてくれて助かった)
(うぬ?って事は…あやつも死んだのか)
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