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大シマロンが手に入れた開けてはならない禁断の箱は、「風の終わり」

我々はそう優秀な部下から情報を仕入れた。故に、王と姫をチキュウへ戻そうとしたのだ。邪魔が入り、王はカロリアにいるらしいが、生きていてくれた事に安堵したのは、十日ほど前。

つまり、王城からヴォルフラムや、オリーヴの部下がいなくなってから、約十日経った。

行方を晦ませた奴等の心配はしない。考えるまでもなく行き先など分かりきっているからだ。それよりも、考えなければならない問題が山積みで。

箱を巡る戦争を視野に入れ、動き始めた我々の元に寝耳に水な情報を持ってきたのは、従妹のグリーセラ卿。


「最悪だわ」


彼が人間の国で耳にしたのは、「地の果て」だそうで。

それが真実ならば、人間の国は既に禁忌の箱を二つも手に入れている、という我々にとっては最悪な情報だった。何故、早く言わなかったのだと怒鳴れば、

魔笛捜しの旅の途中で、ちゃんと知らせていたと――ヒューブは魔王が代わり、摂政も代替わりしたのを知らなかったから、その重大な情報はシュトッフェルの耳にしか入ってないらしいと後で知り、頭が痛かった。

我が伯父ながら、最悪である。

眞魔国の存続危機を先に知っていながら知らせてくれもせず、何ら手を打ってないこの機に我々を城から追い出す算段が寄越された内容の影に見え隠れしていた。十中八九、母も知らないだろう。


「えぇ。最悪です、しかしながら私が無事に身体に戻れたのは――…」

「そんな事はどうでもいいわ」


ウィンコットの毒を受けて瀕死の状態だったギュンターと、ロッテは、フォンフィンコットの末裔――…小さな男の子、リンジーによって肉体へと戻されたのである。

このリンジーによる一件の騒動は、聞くも涙語るも涙……否。当事者にだけ悲劇で、見てる分には喜劇だったのだが、その話は割愛。


「同感だ」


ロッテは、「俺はあの姿を妹(クルミ)に見られなくて良かった」そう音にせずに、吐息を零して。

そんな事…と、冷たい視線でフォンヴォルテール卿、オリーヴ閣下の二人から、一刀両断されたフォンクライスト卿に同情の眼差しを送った。世知辛いっすね。

自分の肉体は久しぶりだからか、いつもより視界が高く感じる。

眼下で眉を寄せているオリーヴ閣下を貴重なものを見るかのようにチラ見した。


「酷いっ!私がこうやって無事に戻れたのです、陛下もきっと御喜びになられるでしょう!」

「箱が二つも人間の手に…」

「あぁ。早急に手を打たねば」


通常運転な王佐の反応をスルーし、ロッテも口火を切った。


「陛下を早めに連れ戻さなければ、話になりませんよ」


ギロリとグウェンダルに睨まれ、すぐに口を閉じる羽目になったが。王佐に対する態度よりもマシだと思った。

ロッテの指摘は、グウェダルもオリーヴも。これからしなければならないリストの最優先項目に入ってる。

ユーリがいない今――…グウェダルにかかる負担は、人生最大のもので。且つ、胃にクるものばっかりだった。そしてまた頭の痛くなる知らせが舞い込むのである。不意に、


「あぁ、伝えるの忘れてたわ」


ちょっとそこまで行ってくるみたいな軽い感じで、オリーヴから出た内容に、文字通りグウェンダルは頭を抱えるのだった――どうしてこう……ツイてない日はとことんツイてないのだろうか。ああ不運。


「バジルから連絡があったの」

「…なんだ」

「ユーリ陛下は、カロリアから大シマロンに移送されているらしいって」


――はぁ?!

心の声が出たと焦ったが、実際に素っ頓狂な反応を示したのは、ロッテとギュンターで。グウェンダルは目頭を押さえ、もう一度問い返した。


「一度で理解しなさいよ。これだから男どもはっ!バジルによると、ウィンコットの毒が絡んでるらしいの」

「――なに」

「あなた達を射抜いた毒がカロリアから出てるのは間違いないとして、カロリアから移送されてるとなると……」

「なるほど」

「どういう事です?…まさか」

「そう。そのまさか。毒の使い手として連れていかれているのでしょうよ」

「陛下は、スザナ・ジュリアのネックレスを受け継いでるっすからね〜」

「益々頭が痛いな」

「陛下の心配はいらないわ。彼にはグリエがついているもの。あたしとロッテを除いた山吹隊のメンバーも近くに向かっているだろうから……なにか起こっても対処出来るってわけ」


ミケとカールは、クルミの元へ向かってから行方不明。

ナツとカンノーリを最後に見たのは城内で。となれば――…彼等はチキュウへ戻られた筈の陛下が流されたカロリア付近へサクラを探しに行っていると考えるのが自然だ。

山吹隊の面々は、サクラを中心に回っているといっても過言ではないから。

自由に動ける立場だったら、身体が不自由でなかったら、ロッテもオリーヴもこの部屋で大人しくしていないに決まっている。

ピンクの双眸に影を作り、「サクラ様」と、呟くオリーヴには悪いが、山吹隊の者達がカロリアに向かっているのなら好都合。陛下の救出の成功率が上がった。


「あ、それと」

「まだあるのか」

「キーナンって覚えてる?」

「あぁ。確か――…」


思考を巡らせてやっと思い出した名の人物を思い出し、更に二十年前の彼の上司の名前まで思い出したところで。グウェンダルの眉間の皺が深くなった。


「彼いないのよね」

「?彼は休暇届が出されギーゼラと共に旅行に出かけていますよ?」

「それがそもそもおかしいのよ」


やけにもったいぶって先を述べない彼女を、無言で先を促した。ロッテとギュンターからも注目を浴びる。

ギュンターの管轄の兵士は、特に必要な場面もないだろうと、彼の義娘が温泉旅行のお供にダガスコスの名と一緒に上げていた名前で。ぴりぴりしているのは上にいる者達だけなのだ、変な話ではない。違和感などなかった。


「ウェラー卿の腕を持って?旅行に出かける?普通は行かないわ、変よ」


――何故それを早く言わないッ!

グウェンダルだけでなく、珍しくロッテとギュンターの心情が一致した。

わなわなと震える。文句を言いたい。が、彼女は、あの赤い悪魔と親しい故に、過激なのだ。倍になって攻撃が飛んでくる映像が瞬時に脳内に浮かび、三人揃ってオリーヴから目を逸らしアイコンタクトを取った。空気を読まなさそうな王佐も。

キーナンの昔の上司は、アーダルベルトだ。彼が何を思ってコンラートの腕を持ち出したのは判らない。

毒、ヒューブが話していた“鍵”、陛下と姫をこちらに誘き寄せた邪魔者の存在、禁忌の箱、関連性のない事柄に見えて実は繋がっているのでは。

そう考察するグウェンダルの脳裏に、二十年前のサクラの姿が横切った。

そうだ。“漆黒の姫”であるサクラが、二十年を経て眞魔国へと舞い戻ってくれたのは、他でもない“箱”の存在があるからなのでは。本人に自覚がなくとも魂に刻まれた使命からは逃れられない。運命、と言えば聞こえがいい。宿命と言えば、途端にサクラが可哀相に思えた。




この世に裏切りと死と絶望をもたらす箱。


その二つが、既に人間の手に渡っているなんて。



「最悪だ」

「でしょう、最悪だわ」


四人全員の眉間のしわに、深い山が刻まれた。






(でも…もしかしたら)
(二つの箱の近くに姫ボスがいるかも)
(何度でも何年でも)
(待ち続ける覚悟は既に出来ている)


to be continued...


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