19-10




何が起こってるのか、


『貴様等っ、――動くな!』


振り下ろされるソレを眼にすれば、おのずと答えは弾き出された。

身を寄せ合うように固まる女性や子供達、彼女達の前にしゃがみ込んでるジュリア達、そして重傷人の男性が数人。

そして彼等を囲むように剣を構えてる魔族の兵士達。

軍服を身にまとう彼等の足元には、人間だった一部…頭部がいくつも転がっていて。


誰が人の命を奪ったのか、誰がその命を下したのか、当然思う疑問も、数秒で答えは出る。


――こんな反吐が出る命令を下す輩など、そうそうはおらぬからな。


「っ、そ、双黒ッ!?」


斬られる寸前だった一人の男性の前に、飛び出て、振り下ろされようとしていた剣を、青龍で受け止めた。

バタールから白虎を飛ばして来てみれば。想像していたよりもずっと酷い状況に、眩暈がした。

みるみると目を見開かせる目の前の兵士の表情さえも煩わしく感じて。


『動くなと申しておろう』


私が危惧していたのは、シュトッフェルがこの地を危険に晒すのではと考えたから。

その考えは当たっていたようだけれど――…当たっても嬉しくない。そしてこちらも間に合わなくて、沢山の命が散ってしまった後ではないか。悔しくて下唇を強く噛んだ。


『――ここは退いてもらおうか』


驚く彼等の中で、悔しそうに顔を歪める男が一人。

嗚呼、こやつがこの隊の隊長なのかと、そやつを一睨みして言葉を続ける。


『シュトッフェルのヤツには、私が好きに動くと知っておる故、貴様等がこのまま帰ったとしても咎は受けないと思うぞ』


青龍に圧し掛かっていた力が軽くなった。受けていた剣が退いたからだろう。


「っ、黒」

「貴女様は…“漆黒の姫”で在らせられる…のですか?」


剣を退かしてくれた目の前の兵士が、震える声でそう紡いだので、こくりと頷く。

周りにいた兵士達も剣をおさめたのを一瞥して、足を怪我して逃げれぬかった人間だろう男性の前にしゃがんだ。

驚きすぎて悲鳴すらも出せてない彼は全身震えていて、苦笑してしまった。余程恐怖を感じておったのだろうと。まあそれも致し方ないか。多勢無勢で命を狙われておったのだから。

バタールで治療したように、彼の患部に手を当てて、鬼道を施していく。

魔力を込めた途端、くらりと血液が引く感覚がしたけど、目と閉じて――兵士達が戸惑いながらも退いていく気配も感じ取った。


「漆黒の姫様は、人間の味方をなさるおつもりですか!」


どんどん退いて行く彼等を横目に、未だに立ったままの――…隊長らしきそやつは、責める口調で私に投げた。

目の前に怪我人がいれば、治療するのが当たり前。

これらの怪我が、たとえ魔族である兵士達に傷つけられたのだとしても、彼等は兵士ではないただの民ではないか。治療して何が悪い。民に剣を向ける行為の方が己には理解できぬ。


『……こやつらが貴様達になにかしたのか』

「ここにいる人間どもが、我々の土地を穢したのですよ!消しておくに限るでしょう」

『穢した…とは、』


意味が判らなくて眉を寄せる私に、


「あの人達は、バタールが襲われたのは、この地に住む人間のせいだって言うの」

「浅はかな考えしか出来ないのですね。同じ魔族として恥ずかしいです」


近くにいたジュリアとアニシナが、私の疑問を消してくれた。


「貴方達の方が異端な考えの持ち主ですよ」

『どうでもいいが、治療の邪魔故、帰ってくれぬか?』


排除する眼差しで、心底私達を軽蔑しておる眼差しで、嫌味を吐き捨てた男に、私も嫌味を返した。

彼等の部下は、馬小屋まで遠のいているのに、彼は未だにここにいる。嫌味を言う暇があるらしい。イライラしてる男と、シュトッフェルの顔が重なって見えた。

恐らく彼もまた純血が素晴らしいとか考えてる輩だろう。私には、誠どうでもいい思想であるがな。

チッと舌打ちして部下が待つ方向へと去っていく男に、私も鼻を鳴らした。全く、純血主義者には碌な奴がおらぬな。


――なんだかこの時代に来てから…己でも思うが、性格が悪くなってる気がする。

何度、魔族達にケンカ腰で啖呵を切っただろう。両手があっても数え切れぬかも。それもこれも摂政のせいだと彼のせいにしておこう。


「サクラが来たってことは、バタールはそんなに被害なかったの?」

『……いや、』


血が流れていた男性の足はみるみると傷口が消えていき、もうこれくらいで大丈夫だと思って手を放した。

ジュリアのその質問に、アニシナと、近くで治療を続けていたギーゼラの耳も寄せられて。

そう言えば、この時代のギーゼラをこんなに近くで見るのは初めてだと頭の片隅で思った。

ロッテやクルミの風貌は、私が知る彼等よりも幼く、ギーゼラもまた幼い顔立ちをしていた。ロッテ、クルミ、それからオリーヴは、コンラッドと同じく高校生くらいの外見で、ギーゼラは中学生くらいの年齢に見えた。

緑の綺麗な髪に、変わらず青白い肌のギーゼラ。


『火事になっておって、火は消せたが……怪我人がな』

「大丈夫…ではなかったみたいね」


ジュリアの静かな声音に、哀しみややるせなさが籠められており――…私は、間に合わなかった罪悪感で、視線を合わせられぬかった。

すまぬと心の中で謝罪する。

頭の中では、繰り返し、繰り返し、オリーヴの悲痛な叫びが再生されていて。罪悪感と悔しさと悲しさで気がどうにかなりそうだ。


「ジュリアに任せていたのに、何故こちらへ来たのですか!」

「漆黒の姫様は、およその怪我人を治療して下さった!責めるのは止めろよ!」


火事で崩壊した家の中には、逃げ遅れた人もいただろう。まだ人命救助は必要で。

アニシナの申してる通りだと思った私の横で、ついて行くと言って訊かなかったナツがアニシナに向かって声を荒立てる。

ギーゼラよりもはるかに若い少年に、親の仇みたいな眼差しで睨まれて、アニシナは片眉を上げた。


「およそって…サクラあなた何人診たの?大丈夫なの?」


ナツの言葉を聞いたジュリアの視線が私に向けられる。私は、ジュリアに答えられそうになかった。

何人だったろうか…多すぎて記憶にない。


「漆黒の姫様、あの兵士が言ってたことが気になったから来たんでしょ?」

『うぬ?うむ。そうだな、そうだったのだが…』

「何があったのです?」


村の隅々に視線を走らせるサクラとナツに、アニシナは鳩を飛ばさずに来るくらい緊急事態だったのかと尋ねながら腕を組んだ。

高慢とも取れるアニシナのその態度に、ジュリアは苦笑して。問われた当の本人を見ると、纏う空気が変わってないので、アニシナの性格を把握しているのだろうと思考した。

一瞬心配したジュリアは知らない、サクラが“アニシナ”の人物像を当の昔に知っていることを。


『バタールを襲った人間の兵士達がこちらに向かったと警備兵が言っておってな』


辺りに隠れた気配もなく、固まっている人達の中にもそれらしき人間の兵士達の姿はない。思わずナツと顔を見合わせた。


『彼によると、バタールは間違えて襲われたらしくて――…、(う、ぬ?)』


更に視線を巡らして――…ふと目に留まったソレ。

胴体だけ転がる塊と化したソレ等。べっとりと赤がついて…抵抗もなく刃を向けられたのかと顔を顰めたが、転がるソレ等の中に、眞魔国では見た事がない軍服を見つけた。

私達よりも早くにシュトッフェルの命で来ていた先程の奴等の手によって、葬られたというわけか。

ナツの眼もそれに向かう前に、私は『いや、気のせいだった』と、顔を左右に振って。ナツがえっと眼を丸くさせる。


「えっ、何でっ……あの人ウソついてるように見えなかったですよ?」

『それはもう解決した。ナツは気にするな』


わけがわからないと言った顔をしたナツの頭をポンポンと撫でて、精一杯笑った。

己の眼の動きを見逃さなかったアニシナとジュリアだけが、事の真相を悟る。

バタールもこの村も、敵である人間も、残酷で過酷な中で日々死を身近に感じてる。それを改めて突き付けられて、ひゅるりと吹き抜けてもないのに冷たい風を感じた。


『(誠…嫌になる)』

「戻るの?」

『うぬ。オリーヴのことも…気になる』


ジュリアの顔がはッと何かに気付いたようなものへと変わり、立ち上がりかけた私は、ジュリアに小首を傾げる。

オリーヴの名を紡ぐだけで、己の心臓はツキンッと痛みを覚えて。あの叫びを耳にしていたナツも、彼女の名を聞いて、顔を暗くさせた。

シュトッフェルに格好よくバタールに行くと言い切ったのにも関わらず、この低落。

不甲斐なくて、申し訳なくて、モヤモヤが胸の中で蝕んでいる。オリーヴの心さえ救うことが出来なくて自嘲した。


「その様子だと…(ブレット卿の父親は…)」

「悲しんでる暇などありませんよ、ジュリアもサクラも。さあ、やるべきことをなさい!」


ぶれないアニシナに、そうだなとジュリアと共に苦笑した。

隣ではナツがアニシナにムッとしていたようだけれど、彼女は十貴族なのでムカッとしてもそれ以上声を荒げる様子はなかった。

アニシナの中心は、やはり女性や子供に重点が置かれてる。

変わらないアニシナの叱咤する声に、自然と沈んでおった気持ちが軽くなったのを実感して。ナツに、バタールに戻ろうかと告げた。


――アニシナの言う通り、やるべきことが沢山あるのだから、沈んでる暇などないな。

バタールに置いて来たバジル達の様子も気になるし、まだ助かる命をそのままにしてる危険性もあるから。

バジルには、こちらに来てることを、バタールを出る際に話しておったから、このまま城へと戻っても心配はされんだろうが、気になる事が多すぎるのでまた戻ろうと思う。


「っ、ぁ…あ、りがとうございました」

『完治しておらぬ故、無茶をするなよ』

「っえぇ、えぇ」


理不尽に命を狙っていた魔族の兵士達は、既にこの村を後にしていて、重々しい空気はどこにもなかった。

朝早くからこの村にやって来た彼等によって、生きた心地がしなかった――…助かったと、治療を施してくれる彼女達に、そして産まれて初めて眼にした黒に、涙を流した。

“黒”は、人間の国では不吉な色とされ、黒を宿す者は魔族の手先だと言われ続けていた。曰く、不老不死なのだとか。

どこまで本当かわからない伝承が残っていて、親から子へと当たり前の様にそう受け続かれていたから、実際に“黒”を見て、村人たちは、魔族の兵士達を前にした時とは異なる恐怖で全身を震わしたのだった。

だが、剣から庇ってくれた“黒”の彼女は、白や赤の魔族と一緒に、怪我を治してくれていて。


「っ俺は…俺たちは…」


かけられた優しい声に、なにを恐怖を感じていたのだろうかと、“黒”の彼女に治療された男を始めとした村人たちは、少しばかり反省した。


『貴様達はただ生きてるだけだ。それは人間の国だろうと何処だろうと変わらぬ。これからも堂々と家族と共に生きていけばいい』


そして彼女の笑みを見た途端、ようやく助かったのだと実感できて――…男は、ぽろりと涙を流した。

難しい話は判らない村人でも、人間の国からも魔族の国からも狙われた自分達を助けてくれたのだけは理解したのだ。

男は、死を悟ったその瞬間、残した家族のことが脳裏を過ぎって、素直に死にたくないと思っていた。それは当たり前のことなのだが――…いつ死んでも構わないと思っていた男にとって、それは当たり前のことではなかった。


男は上着を脱いでいたから、サクラは気付かなかった。

彼の服装が軍服だということに。

彼の顔は、未来の…そうヒノモコウの屋台で見た店主の顔と類似してたことに。

彼女の知らぬところで、また一つ、未来で見た絆のもとが蒔かれたのだった。



「早く戻りなさい!」

「アニシナ…もうちょっと言い方を優しくできないの?」


いきなり泣かれて狼狽えてたら、アニシナにまた叱咤された。

怪我が痛むのかと考えが違うと判ったのは、涙を流す男の瞳の中に宿っていた恐怖の色が消え、希望の光が戻ってるのを見たから。

それを見てもう大丈夫だと、ほっと息を零した。


「腑抜けにはこれくらいがちょうどいいのです」

『腑抜けって……手厳しいな』


ムッと眉間に皺を寄せるナツの頭を再度撫でて――…立ち上がった瞬間、今日だけで何度か感じた眩暈が身体を襲った。


『――っ、』

「漆黒の姫様…?」


ぼさぼさとあちこちに跳ねておる金髪を撫でてた己の手が、するりと宙を切って。視界も意識も暗闇の中へと沈んでいく。

意識が途切れる寸前に、ジュリアとアニシナが名前を叫んでるのが聴こえたような――…。

大丈夫だ、これは魔力を使い過ぎただけであるから。その科白さえも音にならず。






(悲痛の中で、)
(明るい未来へと足掻いた結果…)
(魔力を使い果たしてしまった)

to be continued...



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