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『そう言えばー…コンラッドは、私を探してくれておったのか?』

「はい」


ひとしきり笑った後、ぽつりと尋ねたら、やはりコンラッドは、私を探しにここまで来てくれていた。

ユーリの護衛はどうしたとか、仕事を他人に押し付けるのは駄目だろうとか、言わなければならぬ言葉は頭に浮かぶものの、心は自分を優先してわざわざ探しに来てくれた事が嬉しくて、頭に浮かんだ科白は口にはせぬかった。


『よくここが判ったなー』


王城であるこの土地は、城も広いが、庭も広いのだ。

で、今私がいるのは裏庭。庭は庭でも裏の人気がいない所なのだ。簡単に見付かるとは思っておらぬかった。


「サクラがいる所なら、すぐに判りますよ」


コンラッドは、不思議そうに見上げるサクラに、そう答えた。

嘘じゃない。気配を辿って来た訳ではなく――…本当に、彼女がここにいるだろうと踏んで、探しに来たのだ。…――いてくれたらいいな、と…俺の願望も入っていたけど。


『また…そのようなくさい科白を…よくもまー照れずに言えるな!!変に感心するわ』

「…本心、なんですが」


眼下にいるサクラの周りに咲く青い花たちに、コンラッドは目を細めた。

風に揺られて意思があるように動いて見えるその花は――…昔、コンラッドが嫌っていた花だ。否、嫌っていた…と言うよりも、同族嫌悪に似た感情を持っていたのだ。

魔族と人間の血が混ざって生まれた俺は、あの戦争中……何処へ行っても貴族の連中には蔑まれて、軽蔑の眼差しで見られて。

魔族として生きると決めたのは自分だったのに、それでも人間の血を嫌いになれなくて、だが戦争する相手は人間で、人間を憎まなければならないと思っていた。

だが、人間だった父親は素晴らしい剣士で、尊敬していたし、魔族として生きると選択したのに、魔族には歓迎されなくて――…魔族である母親にも反抗していた。グレーな存在の俺は、あの時代、いろんな感情に押し潰されていた。

“あの時代”で、この花が好きだと言ったサクラは……。目の前にいるサクラは、俺と過ごした記憶を持っていない。

サクラのお蔭で、青いこの花を好きになった経緯を――…彼女は知らない。





「――花、咲いてたんですね」


急に話題を変えたコンラッドの瞳が、悲し気に伏せられて。なにゆえそのような眼差しで花を見つめるのか判らなくて、内心小首を傾げる。

特に触れない様にしつつ、けれど彼が悲しそうに笑うのは見たくなかったので、私は敢えてコンラッドを見上げ、元気に微笑んだ。コンラッドと話していたら、眠気も吹き飛んだぞ。


『キレイな花だと思わぬか?』

「……ぇ…、」

『実は、迷い込んでここへ来てしまったのだが……太陽に向かって、凛と咲くこの花に目を奪われてな、』


沈黙する隣を気にする事なく、私は『一目惚れしてしまったのだー』と、頬を緩めて言葉を続けた。

対してコンラッドは、みるみると顔に熱が集まって――…朱く染まった頬を見られない様にサクラから視線を外した。


『隠れた名所だろう?今度から、オリーヴから逃げる時はここへ来ることにしよう』



――うぬ?

『コンラッド…、貴様なぜ照れておるのだっ!?』


ブラウンの髪から覗く耳が真っ赤になっている。

今の会話で照れる要素など何処にもなかったのに、何故照れておるのだー?

コンラッドは、いつもいつも甘い笑みとくさい科白を寄越すので、私が照れるのは判るのだ。い〜っつも、私ばかりが、照れているので、コンラッドがこのように赤面するのは珍しい。貴重な光景だ。

せっかくなので、珍しい彼の姿を目に焼き付けておこうと凝視する私と、コンラッドの瞳が絡まった。





「……この花の名前知ってますか?」


だらしなく緩んだ頬を無理やり引き締めて、コンラッドは、サクラにそう問うた。

コンラッドは、彼女が一目惚れしたというこの花の名前を知っていた。何せ、自身の母親が趣味で品種改良した花なのだから。それにこの花は――…。


『ぅぬ?知らぬよ』

「当ててみて下さい」

『ぬ、なにゆえ楽しそうなのだー?』


寂しそうに瞼を伏せていた癖に、急に気分が浮上したコンラッドに怪訝な顔を向けるも、花の名前を考える。

青色を見ると、私は自然とコンラッドとユーリを思い出す。二人は、ブルーが好きだから。凛と周りに負けぬように必死に咲く花を見たとき脳裏を過ぎったのは、コンラッドの姿で。

私は、こんな時にもコンラッドの事を思い出してしまう程、彼に惹かれているのかと、思ったのだ。口が裂けても言えない。

青い名も知らぬ花に、コンラッドを重ねて見てたなんて、口が裂けても言えない。


『花の名かー…どのような名なのだ?』

「では、宿題にしましょう。花の名前を当てて下さい。あ、誰かに訊いてはダメですよ」


身体を表すような素晴らしい名前に違いないと口にしたサクラに、コンラッドは人差し指を立てて、宿題と言った。


「ええ。今ではなく、じっくり考えて欲しいんです」


悪戯を企む子供のように笑みを深くするコンラッドを、私はきょとんと瞬きして見上げる。

悲しそうなこやつを見るのは嫌だったから、楽しそうなのは良いのだが……本当なぜ、そんなに楽しそうなのだろうか、と、疑問符を飛ばした。

まあ、考えたくないってわけでもないので、コンラッドとのゲームを楽しむ事にしよう。私は、コンラッドにこくりと頷いて見せた。


『だが、いつまで考えれば善いのだ?今、適当に答えてはダメなのか?』

「そうですねー…。来年、この花が咲くこの時期まで、ってのはどうです?じっくり考えて下さいね」

『うぬ。判った!』


間違えてもいいのかと問えば、コンラッドから、


「サクラが、真剣に考える時間が、長ければ長いほど嬉しいんです」


と、彼にしては無邪気な笑み共に返答があり――…私の疑問は、より深まった。


『……(この花の名前に、何か意味があるのか?)』

「……(この花をここに植えたのは貴女なんですよ)」


コンラッドも私も、サアァァァーッと吹き抜ける風と一緒になって揺れる青い花を見つめて、思考に耽る。

ぽかぽかと照らしてくれていた太陽は雲に隠れてしまい肌寒くなってきたので、起きようかなと考えた矢先に、地面に横たわったままの己の視界が陰った。


『?――っ、』


なんで、と考える前に、答えが目の前に迫っていて――…。


「さ、城へと戻りましょうか」


覆いかぶさったコンラッドから、口付けを落とされて。

あまりにも自然に、しかも手を差し出しながら帰ろうと促されたので、あやつの唇が己の唇と重なったのは気のせいだったのかと思って、暫し唖然としたのだが、


『……うぬ』


抗議の声を唱えることなく、熱くなった頬を感じながらも、私はコンラッドの手を握って立ち上がる。

朗らかに笑うコンラッドに甘えて、握った手を解かぬかった。

己の左手から伝わる温もりに、トクンッと心臓が跳ねて。ごつごつとした手の平に己とは違う男の手だと感じて、心臓の鼓動が早く脈を打った。

この手がコンラッドだから心臓が反応しているんだという事に、もう私は既に自覚している。

ユーリと共にいる時は、コンラッドは半歩後ろを歩くのに、私と二人だけの時は隣を歩いてくれる。ただそれだけのことにも、心が歓喜して、いちいち心臓が反応する。

花の名前が何なのか当ててみろと言われても――…きっと考えれば考えるほど、ここで話したコンラッドとの会話が、コンラッドの姿が、脳裏に浮かぶだろう。






(好き)
(好き、大好き)
(ぽかぽかと――…)
(コンラッドがいてくれるだけで、幸せだと思う)


【小さな幸せ】完

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