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※本編十三話〜十四話の間の話。

☆☆☆



穏やかな日だった。


 閑話【小さな幸せ】




朝は、エンギワル鳥の鳴き声で起床して、特に何もすることもなく、私はのんびりと血盟城で過ごしていた。

ユーリは、相も変わらず政務が彼を待っていたが、私を待っている執務などあるわけもなく――…暇って、なんて素敵なんだと、有意義な時間を噛み締めていた。

ずっと会っていない結城の事は気になるが、何もしなくていい日々も悪くはないかもしれぬ。

学校に行かなくていいなんて、なんて素敵なのだろうか。向こうは、夏休みだが、登校日とか授業もあるしで何だかんだで学校に行ってる。

登校していない日は、アルバイトに明け暮れているし……で、こうもゆっくりとする時間は、地球では得られないのだ。素敵すぎる。


『ふん、ふんふふ〜ん』


たまに、ユーリの政務を手伝ったり、グウェンダルの執務を手伝ったり、城から脱走したりするのだが、本日は城で自由に過ごす事に決めて。


――で、何をしておるのかと言うと、この広い血盟城を探検している最中なのだ!!


『ぬ、おぉぉぉー!!』


未だに城の中の構造は広すぎて判らぬのだ。

冷たい風が吹き抜ける回廊から、ぽかぽか陽気に誘われて庭へと出た私こと土方サクラは、当初の城の探検という目的を忘れて、広い庭を探検して――…そして迷い込んだ裏庭で、沢山の花を見付けたのだった。


『キレイだなー…』


己の口から感嘆の吐息が漏れる。

さわさわと風に靡かれて揺れるその花は、透き通る青い花びらで一輪一輪が支え合うようにひっそりと咲いていた。

野花にしては、上品で、甘い香りが漂う花だが、太陽に向かって懸命に咲き誇る強い一面は、野花のようで――…人目につかぬこの場所で咲いてる青のこの花に、私は眼を奪われた。

唇から零れるのは、言葉ではなく吐息だけ。

一輪だけでは寂しく感じるかもしれぬが、一輪、一輪と、いくつも連なって咲く姿は、凛としていて、好感が持てた。人目見ただけで、虜になってしまう。それほど魅力がある。

特に何もすることがなかった私は、空いているスペースにごろんと寝転がって、甘い香りを楽しみながら、碧く晴れ渡る空を見上げた。


ゆっくりと進む雲を眺めて、


『……』


ぽかぽかと、温かい陽の光に、眠気が誘われる。






 □■□■□■□



『――ん、……ぬぅー……んん?』


ふわりと甘い香りに混ざって、嗅ぎなれた爽やかな匂いが鼻腔を擽り、重たい瞼を開けた。

いつの間にか、誘われるままに眠っていたらしく、まどろむ余韻に浸りながら青空を視界に映す。


『こ、んらっど?』

「はい」


近くに覚えのある気配を感じて、ぼんやりと我が婚約者の姿に目を留める。

私はコンラッドに気を許しているから、寝ている時に彼が近付いても、気付かぬのだ。コンラッドが私に害を及ぼすとは思っておらぬし、何より彼自身が腕の立つ軍人であるから、寝てても安心。

柔らかく微笑むコンラッドは、今日も爽やかで、カーキ色の軍服を着ていた。


「こんなところで寝ていたら、風邪を引いてしまいますよ」


ポカポカと太陽が照らしていても、今は冬だから油断していたら風邪を引いてしまうだろう。だがな…。


『大丈夫だ!私も、今身体を鍛えてる故、このような気温では風邪など引かぬよ!』


と、自身満々に答えて見たら、コンラッドは小さく溜息を零した。……何だ、失礼なヤツだなー。

呆れたように溜息を吐いたと思えば、彼は、横たわる私の隣に腰を下ろしたのだ。まあ、気持ちよく寝転がっていた私は、声を上げることなく、また空を仰ぐ。

どの雲を眺めていたのか忘れてしまって、違う形の雲を眺める。


「………」

『………』


さわりと風が吹き抜けて、少し肌寒かったけれど――…それ以上に、太陽の日差しが気持ちよくて、沈黙も気まずくはなかった。

気を許している仲だからかな?これと言って無理に会話を振らなくても、彼の傍は陽だまりのように心地いい。


『あ、』


ぼけ〜と、雲を眺めていたら、ふとある事に気付いた。コンラッドに、「何です?」と訊かれたので、空を指さす。


『あれ、見てみろ。羊みたいだぞ』

「――ぇ。…あ、本当ですね、羊に見えます」

『うぬ』


ふわふわとしてて気持ちよさそうだ。


『こっちの羊も地球の羊と変わらぬのか?』

「そうですねー…鳴き声は違いますね」

『めぇ〜ではなく?』

「えぇ。違いますね」


羊の鳴き声と言えば、めぇ〜だろう。


『あ、猫の鳴き声が、めぇ〜だったな。前に、ユーリに訊いたぞ。こちらの羊はどう鳴くのだ?』

「ンモシカシテェー」

『………は、……うむむ?もう一度頼む』

「羊の鳴き声は、“ンモシカシテぇぇー”ですよ」


思わず沈黙した。


――ん、もしかしてぇぇぇー!!!と、聞こえるのだが……。どう考えても、それは人語を喋っておるだろう!!!

ツッコミたくて、だがこちらの世界の常識は、己の常識とは異なるのだと言い聞かせて。笑うな。笑いたいが、こちらでは普通なのだ――…笑うな!


『そ、それはっ…珍しい鳴き声だな』

「顔。笑っているの誤魔化しきれてませんよ」

『………ぶふッ』


コンラッドに笑いながら指摘されて、笑いが口から零れ落ちる。

こちらの世界の常識は、信じられぬ事ばかりで、戸惑ったり驚愕したりするのだが――…コンラッド達にとっては、それが当たり前で。だから、私はびっくりしても、笑ったり否定をしたりせぬよう心掛けていた。

だが、コンラッドに笑われながら言われたら、笑うのを許されたような気がして、自然と笑い声を立てた。






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