13-15



「ッ!〜〜!姫ボスッ!!…――ん?」


サクラが舌打ちをして、自身の左腕を掴むロッテの手首に手刀をかまし、グウェンダルを止めようとした――その時だった。僅か数秒。


『!』

「あっ!」

「ヒューブッ!」


今、振りかざさんとしておるグウェンダルとヒューブの前へと、体を滑り込ませたのは、妊婦のニコラだった。ニコラはお腹を抱えながら、ヒューブの背中の上に、彼を守ろうと覆いかぶさったのだ。

予想外な人物の登場に、グウェンダルは、間一髪で剣を握る腕を止めた。


「ニコラ…」


驚きから固まる皆、だが私は今のうちにと、瞬歩でニコラとヒューブを庇うように彼女達に背を向けて、グウェンダルの前へと立った。

瞬きした瞬間に、目の前に現れたサクラに、グウェンダルは眉間の皺を深くさせる。邪魔をするのかと言われている様。私は、射殺されそうな眼差しを、真正面から受け止める。


「ニコラ…なぜ、ここに!?」

「ヒューブ!」

「私はお前に相応しくない。罪を犯したのだ」

「そんなこと関係ないわ!私はあなたと一緒にいたいの。もう離れない。この子もきっとそう思ってるわ!」

「ニコラ」


背後で、甘いやり取りが行われているが、私はグウェンダルから、目を離さぬ。

視界の端で、頭に手を当てるロッテと、サクラの手を放してしまったロッテを睨むオリーヴと――…真っ直ぐこちらを見て来る我が婚約者の姿を捉えた。



「そこをどけ」


地を這う殺気混じりのグウェンダルに、後ろで怯えるニコラの唾を飲み込む気配がして、私はグウェンを強く睨んだ。


『グウェンダル。こやつが何をしたと申すのだ!人間誰しも…いや、魔族か、魔族だって誰しも正しい道を歩むとは限らぬだろう!』

「……何がいいたい」

『誰だって過ちを犯すのだと申しておるのだ。私とて、過ちを犯すことだってある』

「お前と、そいつの罪の重さは…」

『罪に重さは関係ないだろう』


言いかけたグウェンダルを遮って、そう言葉を放った。

ニコラの眼もヒューブの眼も痛いほどに己の背中に突き刺さっていて、前からも集まった兵士の視線も突き刺さっているのを感じつつ、私は一度目を閉じる。

私も、尺魂界を守る為に、背負う零番隊を守る為に、家族を守る為に――藍染達と対峙して、心を宿した何人もの虚の命を奪った事か。

守る為に奪った命――…。

浄化させた故、魂は救ったとはいえ、あの世界で、手にかけた者の姿を忘れた事は一度だってない。


『罪の重さは…罪を犯したこやつが、感じて、軽く受け止めるのか、重く受け止めるのかを決めるべきなのだ。罪と向き合おうとせぬヤツにだけ、他者が罪を突きつければいい。だが、ヒューブは違う!』


サクラは目を開けて、辺りの人々を見渡して、ヒューブを一瞥して叫ぶ。


『こやつの…ボロボロになった身体を見ても、貴様は、貴様等はッ!こやつが罪と向き合っておらぬと申すのか!?』


貴様等だって、軍人ならば、私と同じく守る為に手を朱く染めた事だってあった筈だ。

そう思ったが口にはせぬ。手を染める行為に狂喜を感じるヤツなどこの城におらぬと思ったから。何だかんだ、優しい奴等の集まりなのだと知っておるから。


「それでも、ゲーゲン・ヒューバーを許しておけない」


顔を歪めてそう申すグウェンダルを見て、私は視線をぐるりと走らせる。

いつも私を慕ってくれるオリーヴの顔にも、ヒューブが憎いと書いてあり、視線を合わせぬロッテの表情も辛そうに顔を歪めていて。

ギュンターも、集まって来た兵士達の表情にも、ヒューブが許せないと、それなのに直接ヤツと関わりがある私が庇うので、困惑に揺れていた。一人、一人の顔を見渡して、最後にユーリとコンラッドに向ける。


『グウェンダル。……もう、止めにせぬか』


ヒューブを助けたいユーリの瞳は、不安に揺れていて、コンラッドは、私と視線が合うと、僅かに微笑んだ。

コンラッドの微笑みは、私の好きなようにしていいと言っているようで――…昼間覗き見したコンラッドの姿を思い出して、肩の力が少し抜ける。


『憎むのは、時として前へと進むのに必要な事だろう。だが、憎むだけでは…何も変わらぬし、何より疲れるだけだ。辛そうなグウェンダル達など見ておれぬッ!』

「なら、そいつを庇うのは止めろ」


びくッと肩を揺らす気配が後ろでした。


『違う。私はっ、貴様等にヒューブを憎むのを止めて欲しいだけなのだッ!』

「サクラ様ッ!あたしは、グリーセラ卿を許したりなど出来ません!」

「姫ボ…サクラ様、俺も閣下と同じくその男は許せませーん」


傍聴するだけだったオリーヴとロッテが、割り込んできたので、二人を見遣る。顔を険しくさせるオリーヴと、右手を上げてそう言ったロッテ。

憎むだけでは何も生まれはせぬのに…。それに身近な人達が憎しみという感情に、押しつぶされる様は見たくなどない。何故、判ってはくれぬのだッ!


『…憎むよりも、私は貴様等に、ヒューブを許して欲しいのだ。許す行為は、ただ憎むよりもずっと難しく辛いだろう、でも…私は許すことで、貴様等に前へと進んで欲しいのだ』

「そうだよ…。サクラの言う通りだよ。おれも、みんなに憎んでほしくない!だってそんなの悲しいだけじゃないか!」

『うぬ』


――憎むだけなど、哀しいだけ。ユーリに私も深く頷いた。


「前へ進めと言うなら、私はそいつを殺して、前へ進む」

「っ!何で…」

『!何で判ってくれぬのだッ!』

「お前等だって何も判ってないッ!」


吐き捨てるように怒鳴ったグウェンダルに、私は下唇を噛んだ。


『では訊くが、こやつを殺して貴様等はスッキリするのか?貴様等が望んでおる人が戻ってくるのかッ!?過ぎ去った時間はもう返って来ぬのだぞッ!』

「そんなこと…」


私はグウェンダルに叫びながら、オリーヴにもロッテにも目を向ける。途端顔を歪める二人の姿が視界に引っかかった。


『こやつを殺したところで、貴様等の憎しみは消えるのか?それくらいの程度の憎しみなのか?』

「……サクラ?」


訝しむユーリをコンラッドが、手で制す。


「サクラ様、あたしはソイツが一生許せません!幸せになるなど許せませんッ!」


叫ぶオリーヴに、その通りだとと頷くグウェンダルの反応に、私もうぬと頷いて口角を上げた。

殺したいと言っているのに、どうしたって許せぬほどの憎しみならば――…すまぬ、その矛盾を利用することには変わりない。


『で、一生許せぬと申すなら、簡単に殺して善いのか?それで貴様等の復讐は終わりを告げるのか?…――悲しみも憎しみも…そう簡単に捨てられぬだろう、私は時間が解決してくれると信じておる。そんなに憎いならば、すぐに許せとはもう言わぬ。許せぬのならば、尚更これからのヒューブを見れば善い』


言葉を失うオリーヴ達を一瞥して、私は背後を振り返って、ニコラの手により立ち上がったヒューブを見据える。

不安そうな涙目のニコラに、安心させるように、目元を和らげた。


『グリーセラ卿ゲーゲン・ヒューバー。貴様はこの二十年もう罪を償っただろう。それでも、自分が許せぬのか?』

「…はい」

『許せぬのならば、生きてみせろ。ニコラと赤子と共に生きてみせろよ』


私の言葉が意外だったのか、ヒューブは目から鱗が落ちたような表情を受けべた。それは周りの人達も同じ反応で。


『貴様は他人の奪った命の分、生きねばならぬのだ。命を奪っておきながら…むざむざと自ら死に急ぐな!悩みながらも生きる事が、罪を償う事になると思うぞ』


何もかも背負って生きていくのは――とてつもなく辛いことだろう。生き地獄だ。死ぬよりも辛い。

それでもサクラは生きろと言う。辛いだろうが生きろと言う。酷だと言われても、サクラは動じないつもりだった。だって彼の傍には、彼を支えてくれるニコラと赤子がいる。

ヒューブにそう告げるサクラの言葉を訊いて、オリーヴとロッテは、サクラの意図に気付いて、否定の言葉を呑み込んだ。ヒューブが罪を感じていて死を選んでいた事も、自分達は初めて知った。

そんなヒューブに敢えて生きろとサクラは言う、そして自分達にそれを見届けて憎しみを捨てろと言っているのだ。




それは、どちらにも辛い道。

だけど――どちらにも明るい道が残っている希望の道――…。





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