12-8



「サクラ」


瞬きを一回した瞬間に、目の前に現われた女性に、私は息を飲んだ。

気配が全くせぬその女性は、水色の綺麗な髪を靡かせて、澄んだ碧い瞳で私に微笑んでおる。


『……誰だ』


いきなり現れた彼女に、警戒すべきであるのに――…私は彼女に危険を感じる所か、懐かしい既視感を感じた。 だからか、気付いた時にはそう彼女に口を開いていた。

正体を問うておるのに警戒している風ではなく、ただ純粋に疑問を音にしただけのサクラに、女性は目を瞬かせ小首を傾げたが、


「…そうね、あなたとは初めましてかしら」


そうね…と一人ごちて、悲しそうに微笑んだ。


『貴様は……』


寂しそうに笑う彼女を見て、嗚呼…彼女とも私は会った事があるのか……と、罪悪感を感じて、複雑な表情を浮かべる。

すまぬと謝りたいが、彼女はそれを望んでいないだろう。私が憶えておらぬことに、悲しそうに笑みを浮かべる彼女は、きっと私にとって親しい友人だったのかもしれぬ。

そう思いせめて名だけでも尋ねておこうと口を開いたが、女性は首を左右に振って、私を止めた。 彼女の胸元で、見覚えのある青い魔石が揺れた。


「助けてあげて欲しいの」

『…誰を』

「あなたのお友達を」


…――友達?

私を彼女の領域に呼んだのは、それが目的か。だが私の友達とは……。


『ユーリのことか?』


思い当たる人物は、こちらにはユーリしかおらぬ。


「今まではわたしが手助けをしていたんだけど…。彼自分で彼女を助けたいみたいだから。――――お願いね、サクラ」

『ッ!?』


女性は私を優しく抱きしめて、そう耳元で言った。

ふわりと香った彼女の匂いが鼻に届き――…私は、彼女の名前を紡ごうと口を動かしたのだが、それは音にならず。

意識が遠のく中、「素直にならなきゃダメよ」と、楽しそうな笑い声が聞こえて、余計なお世話だッと頭の中で叫んだサクラであった。








 □■□■□■□



――白昼夢を見ていたみたいだ…。


『……』


少々、頭が痛むのを感じ、私は頭に手を当てた――が…そうしておる間もないと気付き、一匹の水龍を出してイズラが落ちるであろう着落場所に滑り込ませて、今度はユーリに視線を走らせる。

あの女性はユーリを助けてと言っておった。ユーリがイズラを助けたいのだとかも言っておったが、先に先手を打っておいた。

ユーリは丸い水の中に包まれて、宙に浮いており、既に魔王モードになっておるではないか。今まではコントロール出来なくて、ユーリは魔王の際は記憶がないのが常で。

だが今はどうだ。魔王モードだが、ユーリの気配がする。魔王モードはユーリの意思だ。あの女性が申しておったのは嘘ではないらしい。


『覚醒したか…』


では、女性は私に何を願ったのか……と、思案する。――初めての覚醒に魔力のコントロールを手伝えってことか?

不意に気になって、ユーリから建物付近を見れば、サクラが気転をきかせた何匹もの水龍が、イズラをクッションのように受け止め、そして燃え上がる炎を鎮火した。



日々の糧を与える善人の仮面を被り、その実、年端もゆかぬ少女を食い物にして、搾取と蹂躙を繰り返す……

『考えておる暇はないってか』


魔王として、審判を下すべく演説を始めたユーリを見て、私は笑う。

ユーリが思うように魔術が使えるように、彼に向けて水龍を送り、サクラは卍解姿のまま空からユーリの隣に降り立った。


!!……挙げ句の果ては悪事が露呈すれば、開き直ってすべてを灰に帰そうと火を放つ。すわ道連れかと思いきや、己だけはのうのう生き延びんとは……


サクラに気付いた魔王は、こちらを一瞥して口角を上げたが、すぐに腰を抜かすビロンを見下ろす。その眼差しは鋭く冷たさを纏っていた。


父母兄弟の糊口をしのぐべく異国へ渡りし孝行者を、憐れむどころか非道な仕打ち。金に群がる愚民は騙せても、余の炯眼は誤魔化せぬぞ!


私もイズラとニナの昨夜の状態を脳裏に浮かべて、ビロンを見下ろす。


火の皮を被った獣めが。 否、獣にも掟と倫理はあろう、それさえも持たぬ外道など生きる資格なし! 死して屍拾う者なし、野晒しの末期を覚悟いたせ!


魔王はやや長く伸びた黒髪を靡かせて、サクラのとは違う二匹の水の龍を出した。いよいよ魔王の審判の時!

いつのとは異なる、恐ろしくない魔術に私も嬉しくなって、ビロンを下す助太刀をする。サクラはのりのりだった。


――いよいよ正義の文字が出るに違いないッ!あのビロンが成敗されるぞッ!

だが、次の瞬間魔王ユーリは心躍らす私を裏切った。


悪党といえど、命を奪ことは本意ではないが……やむをえぬ、おぬしを斬……えぐしっ

『!?ぬっ!ユーリ汚いッ!』


私に向かって、クシャミをしたのだ!

今まで格好つけておった故に……間抜けなクシャミは痛いな。汚いとは申したが…シラケた空気に、私は同情の眼差しで魔王を見遣った。


「陛下……鼻、鼻水」


名付け親だけが優しく鼻水が垂れておると進言。

だがその優しささえも魔王を辱めており、魔王の頬は恥ずかしさから真っ赤に。


ええい忌々しいっ

「何をしているコンラート、こういうときこそ寒い冗談で、間を繋ぐのが保護者の役割だろ」

「……えーと……」

「脳味噌のネタ帳を探してる場合か!?」

『!ユーリ早くせぬかッ!このままでは寒いダジャレがッ!!!』


コンラッドとヴォルフラムの会話が空中にまで聞こえて来て、それを耳にしたサクラは焦り、魔王ユーリは急いで口を動かした。


……悪党といえど、命を奪うことは本意ではないが……


――そこからやり直すのかッ!


……やむをえぬ! おぬしを斬るッ!


なんとか決め台詞も言い終え、ユーリとサクラの背後に控えていた水龍が何匹も、ビロンの体を締め付けて拘束した。

苦しむビロンを確認して、ユーリはくたりと宙から地面へと落ちそうになったので、私が支えながら地上へとゆっくり降りる。

遠くに控えていたコンラッド達も近寄って来ておるのが視界の端で捉えた。因みにビロンは気絶して転がっておる。


「サクラっ、ユーリッ」

『コンラッド』


駆け寄ってく来るコンラッドを見て、ほっと息を零し、青龍を元に戻した。

ユーリは今回、自分で魔王モードになったからか、気絶はしておらず、魔力の使い過ぎで足に力が入らぬ様子。


『ユーリは無事だ』

「サクラは」

『ぬ、やや疲れただけ』


やはり眞魔国で魔力を消費するよりも、人間の土地での方が魔力の消費量が高い。故に現在、ユーリほどではないが、体が重く感じる。

そう答えたのに、疑う眼差しで見て来るコンラッドに私は苦笑した。…バレておる。


「サクラ何度も申し上げていますが…人間の土地で魔力を使うのは止めて下さい」

『分かっておる』

「解かってません!魔力を使い続けたら死に至る可能性だってあるんですよっ!」

『……』


それは…私も知っておる。紙面から得た知識としてだが…。

コンラッドと只ならぬ関係の疑いがあるあの白のジュリアが、魔力の使い過ぎで殉死しておるのだ。…――だからこんなにも魔力の消費で誰かが死んでしまうのをコンラッドは恐れておるのだろう。


――コンラッド…。それは私を失うのを恐れておるのか、ジュリアさんを失った恐怖から言っておるのか――…。

尋ねたくても面と向かって聞けなくて、私はコンラッドの眼と合わせれなくて。だからコンラッドがどんな顔をしておるのか、知ることはなかった。


「それも卍解なんてっ」

『……すまぬ』


何故、こやつが卍解と言う言葉を知っておるのだッ……。

疑問に思うも、訊いても青龍や朱雀と同じく、こやつも答えをはぐらかされるだろうと、頭の隅で考えた。

コンラッドはサクラがジュリアとの仲を疑って、今まさに黒い感情に振り回されているとは知らずに、これもサクラにとっては無茶をしたとは思わないのだろうと、自身の怒りを抑える為に深く息を吐き出していた。

ややすれ違う二人。


「おかしいぞ」


そんな二人に目もくれず、彼の弟ヴォルフラムが訝しむ声を上げた。


「龍だと? おかしい、あいつの魔術がそんなに上品なわけがない」

「ヴォルフ、それは言い過ぎだろう」

「いーや明らかにおかしい。あっ、もしかして愛人でもできたのか!? それでそいつにいいとこ見せようとしてるんじゃ……」


もともとユーリは水を操る魔力の持ち主。ヴォルフラムが火を操るように、魔族は使う魔術は決まっておる。

今までは我を忘れて魔術を使って、骨であったり……おぞましい魔術を披露してきたユーリであるが、覚醒したのでこれからはあんなおぞましい魔術に巻き込まれる事はないだろうと私は思う。否、切に願う。

それに今回は私が誘導したので…水龍になっただけで。


「……かっこいーい……」


ユーリの沽券に係わると思い笑いながらヴォルフラムを見たけれど、ヴォルフラムよりも遥か下から賛美の声が聞こえて、一瞬大人組は動きを止めた。

さっと下を見たら、グレタがうっとり顔で義父を見つめておった。


「娘にいいとこ見せたかったのか」

『…なるほど』


流石、ユーリの婚約者殿。グレタの反応を見て、ユーリの考えが判るとは。ユーリってば愛されておるな〜。二人はいつくっつくのだろうか?

ユーリがサクラの呟きを拾っていたら、直ぐに男同士だからッとツッコミを入れるであろうが――サクラは思った事を音にはせぬかった。


『(二人の仲が進展させるには…)』


――問題はユーリだな。ユーリが偏見を捨ててヴォルフラム自身を見たらなー。うむ、ポイントはユーリだな。

つい数時間前に似たような事をユーリが思っておったなど、つゆ知らず私はしたり顔でうむうむ頷いた。


「サクラおねぇちゃん綺麗だった!カッコいい!!」

『ぬ、ありがとうレタス』


レタスもキラキラしておって、私は疲れから地べたに座りレタスと視線を合わせる。

琥珀色の瞳からキラキラと光線が出ているような錯覚を覚えるくらい、レタスはうっとりしていた。妹に尊敬のまなざしで見られるのは悪い気分ではなく、サクラは照れて、はにかんだ。


「サクラねぇみたいに大きくなったら、あたしもあんな風に出来る?」

『ん〜…』


レタスは…魔族と人間のハーフだから……魔力はない。

期待するレタスに、私は返答に困って、だけどこの子をがっかりさせたくなくて、どうしたもんかと曖昧に笑う。


「レタスがいろんな事に興味を持って、いろんな事を勉強したら出来るかもしれないよ」

『!』

「ホント?コンにぃ〜」

「レタスは本当にサクラが好きなんだ?」

「うん!でもコンにぃもサクラねぇの次に好きだよ。ね、サクラおねぇちゃん!」

『っ、ぬ…そ、そうだな』


コンラッドの気転に、あやつはいい父親になるだろうなーと、しゃがんでレタスの頭を優しく撫でる姿をぼんやり眺めておったので、いきなりこちらにふられて焦った。

焦ったが、喜んでおるレタスに笑みを浮かべる。なごやかな空気に、こんな時間も善いなーとサクラもコンラッドもほんわか笑顔に。


「なんかいいな、あーゆうの」

「…ああ」


まるで親子な三人を、やや離れた場所からヴォルフラムとユーリが優しい表情で見守っていた。あの二人が共に幸せになればいいのに――と。






「ありがとうサクラ」


穏やかな風に吹かれて、あの女性の声が聞こえた気がした。





(ユーリと謎の女性)
(そして――…魔王としての覚醒)
(これも“あやつ”の思惑通りか…)


to be continued...

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