12-7
「……そんなにこの地の興行権が欲しいか」
ビロン氏は、コンラッドとサクラの会話に眉を寄せたが、すぐにあくどい笑みを浮かべ、私等を鼻で笑った。
「んらば望みどおりくれてやろう。 こんな田舎臭い観光地の一つや二つ、こちらにとっては痛くも痒くもないわ! 文字どおり何もかも真っ新になった西地区で。偽善的でお綺麗な商売を興せばよい。このルイ・ビロン、発つ者者として後を濁さぬよう、自分の商いは自分できっちりぽんと片をつけてゆこう」
『何を企んでおる』
言ってる事は、負け犬の言葉だけど大人しく権利書を渡してくれる内容で。だが、含みあるその表情に、一同はビロン氏が何を考えておるのか、警戒する。
「炎で浄められた歓楽街に、教会でも寺院でみ建てろというのだ!」
高らかにそう言い放ったビロンのヤツは、右腕を掲げ、何やらボタンを押した。
…――炎で浄められたって…。
今のビロンの謎の行動、そして意味深な科白。
『ま…さか……』
サクラが疑惑を抱き、街を一望できる高さがないか顔を動かした時には、コンラッドがすでにその場所にいた。
「火事です!」
『!』
「火をつけさせたのか!?」
鋭利な空気を纏ったコンラッドに、私もユーリも目の前で高らかに笑う男を睨む。
賭け事に負けて手放さなければならぬからって――…まだ人がおる、イズラやニナだってまだそこにいるのかもしれぬのに、火を放つなんてッ!!
『根性腐っとるッ!』
「おのれルイ・ビロン、卑劣な真似をッ」
私とヒスクライフは今にも剣を抜こうと、ビロンを睨んだままで。だけど、ユーリの焦った声に我に返る。
「はっ、早く…行かないと」
「陛下ッ!?」
『ユーリッ!?』
そうだッ、早く行けばまだ間に合うかもしれぬっまだ助かる命があるかもしれぬッ!!
完治しておらぬ足を引きずって、燃えている昨日私達が閉じ込められたあの建物へと急ぐユーリの後姿を見て、私も現場へ急ぐ。
「サクラ?サクラッ!?」
『っ!?』
「消防車、消防車どこよ!? 消防士は!?それに……うわっ」
レース場からそんなに離れておらぬ問題の建物は、派手に燃えておって、飛び火がユーリに向かって飛んだ。
辺りは火の暑さでもわっとしており、私は目を凝らして燃える建物を見上げる。ゴぉぉぉッと唸る炎の音が耳朶に届き、火の明かりが私達を照らした。
出入り口からは、イズラと同じくここで働いておるだろう年若い女性が、何人も悲鳴を上げながら出てきていて、中にはまだ人がおるのだろうと――私は焦った。
「ていうか……どうして女の子達がろくに避難してないんだ?」
『(青龍……見てるか)』
《動くのか》
『(うぬ)』
派手に燃える火を見上げながら、腰にある青龍に手を当てた。こやつの出番か。ユーリはまだ魔力をコントロール出来ぬ故。
「夕方からきっちりぽんと働いてもらうために、娘たちにはたっぷりぽんと休養を与えている。 うちは労働条件がいいのでね。この時間はぐっすりぽんと眠っているだろう。安心して休める環境作りのために、不審者の侵入を防ぐべく鍵も掛けてある。待遇のいい店づくりが身上だったのでね」
「それ……逃げられないんじゃ……」
「おのれルイ・ビロン、なんと卑劣なことを」
「おやめくださいヒスクライフさん、人聞きの悪い。これは単なる不幸な事故。保険のおりる程度の不運な事故ですからな」
力を解放させようと、辿り着いた消防の人達と野次馬を避け、建物に近づこうとしたが、ビロンの不愉快な猫なで声に足がぴくりと反応してしまった。
『(カスがッ)』
《卑劣な奴だな》
青龍も舌打ちを隠さず打った。早くしないと火の手が全体にまわってしまう。
ビロン氏を殴ろうかと思ったが、思い直して、特にコンラッドにバレぬようそっと人ごみに紛れる。…まあどうせバレるだろうけど。だって魔術って派手。
「陛下、グレタとレタスも。あんまり凝視しないほうが……あれ、サクラ…?」
逃げ惑う女性達、窓からは逃げ遅れた数人が泣き叫んでいて、あまり善い光景じゃない。
人一倍優しいユーリが心を痛めぬように、コンラッドがユーリと幼い女の子二人に注意をしていたら、ふといて当たり前の婚約者の姿がユーリの隣にもヴォルフラムの傍にも、もちろん自分の近くにもいなくて、コンラッドはグウェンのように眉間の皺を深くさせた。
何処に…なんて疑問は愚問、恐らく彼女は――…。
「サクラ……」
「コンラッド?サクラがどうかしたのか……サクラのヤツまさか…」
「そのまさかだ…きっと」
問いかけたヴォルフラムも、苦虫を噛み潰したような表情に変えた。その時だった。
――…全ての命に潤いを我らが青龍ッ!!
キョロキョロと人だかりの中から、黒を探す二人の耳に、慣れ親しんだ凛とした声が聞こえた。
『卍解ッ!』
「卍解ッ!?」
「ばっ、ばばバカッサクラ」
サクラの最大の技、斬魄刀を二段階開放させる声を聞いて、彼女の卍解を知るコンラッドとヴォルフラムはサーと血の気が引いた。
怒りのまま技を使われたら自分達にも被害に巻き込まれる上に、人間の土地で魔力を最大に使われてはサクラの命に危険が…。
『――四神相応』
サクラが言い終わるや否や、ぶわっと冷気が辺りを支配した。
火の熱気にも負けない、サクラの水術。ユーリとはまた異なる水術に、ヴォルフラムはこんな所でと焦るも、美しい水龍に目を奪われた。
「サクラおねぇちゃん…かっこいい」
ヴォルフラムの横で、レタスが頬を赤く染めた。
『……』
肌を冷気が撫で――…私は久々の卍解に、懐かしく思った。この姿になるのも久しい。
日本刀を構える私の右腕から、大きな翼を持った水龍が覆い、背からは大きな水の翼が現われる。 これが、私の卍解時の姿であり、朱雀と同時に卍解を解放させると―――…左側が水龍と水の翼に、右半分には火の鳥が肩に現れ、背中には炎の翼が出現するのだ。
冬獅朗とやや被る感じだけど、私はこの姿を気に入っておる。
誰もがサクラの姿に目を奪われ、ビロン氏が恐怖から腰を抜かす間抜けな姿や、ヒスクライフも唖然としておる中――サクラは目の前の火花を見据えていた。
「ッ!」
私が右手を掲げ地面に向かって振り下ろせば――…絡まった龍の口から水の塊が飛び出し、火に向かって行く。
天候を操ることも出来なくはないが……やはりここは人間の土地。そんな派手な技は使えぬ。 消防の人達がかける水と、私が投げる大量の水の塊がぷかぷか漂い、あっと言う間に火を消していく――。今、この場にある“水”は私の支配下にある。
『ッ!危なッ!!』
ふと、二階に回った火に追いやられ窓にいた女性が飛び降りたのを目撃して、私は目を見開いた。
見知ったその女性は――イズラだ!
サクラの鎮火作業に安堵していたユーリも、イズラと目が合い、全身が怒りと彼女を失う恐怖で震えた。
「……なんで……まだほんの……子供なのに……」
「ひゃっひゃっひゃっひゃっ飛び降りおった!愉快、愉快」
不愉快なビロンに反応したのは、サクラとユーリを覗く眞魔国組とヒスクライフだけ。全員がビロンに厳しい眼差しを向けた。
『イズラッ』
…――彼女は、生きる事を諦めたのか?私とも目があった彼女は、ふわっと笑って下へ下へと落ちて行った。
ゆっくり
ゆっくり、ゆっくり
落ちてゆく彼女の躰が、ゆっくりサクラとユーリの眼にこびり付く――。
助けなければッ!と手を動かそうとしたのに、私の体は何かに邪魔されたように動かぬくて――…変わりに、やんわりとした女性の声が聞こえた気がした。
同じくユーリも自分の体がやけに軽くなるのを感じて、知らないけれど聞き覚えのある女性の声が耳朶に届く。
不自然に固まった二人の異変に、コンラッドは困惑した。
「陛下?…サクラ??」
(君は…)
(貴様は――…)
(一体だれなのだ)
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