11-13





「……死ん……だの?」

「いや、まだ。近付かないで」


完全に恐怖が治まったユーリは、恐る恐る自身に刃を向けた男に近寄ろうとした。

コンラッドが声を上げ、こめかみの血を防ぐのに手が空いておらぬコンラッドの代わりに、ヴォルフラムがユーリの腕を掴んで止めた。

問題の男は、被っておった籠が転げ落ちており、その顔が明らかになった訳だが――…


「これ……」

『――ッ!』

「恐らく拷問でしょうね。ユーリ、近付かないでくれ! こいつはまだ生きてるし、魔術もかなり使える。最後の力を振り絞って、あなたを狙わないとも限らない!」

「わ、判った、判ったよ」


男の顔半分は、酷い火傷で、爛れておった。見ておるだけでも、己が痛みを覚える様な痛々しい火傷の後だ。

サクラはコンラッドの隣でひゅッと息を呑んだ。――ここまで酷いと…己でも治療出来ぬ……。


『(誰に…こんな…)』

「コンラッド、腕」

「大丈夫、深く斬られたわけじゃない。それにこれは返り血……」

『……返り血?』


――そんなまさか…だって斬られてあんなにも血が……。

コンラッドは、押されていたように見えて実際は、男の隙を伺っておっただけで、左腕は深く斬られた訳でなく掠っただけ。

不安に感じていたサクラが過剰に反応しただけで、コンラッドは男を押していたのだ。力量はコンラッドの方が上だった。


『……』


破れたシャツからコンラッドの肌を見て、血が止まっておるのを、この目で見て安堵の息を漏らした。

こめかみから流れる血のせいで片目を瞑っておる彼を見て、今度こそ治療をばッ!と思い右手を翳す。

サクラは彼よりも酷い傷の倒れた男よりもコンラッドのことしか頭になかった。何より、倒れた男はヴォルフラムとユーリに刃を向けた敵である。


「……サクラ」


諌める低い声が私にかけられたが――…訊こえぬフリをして、鬼道を使う。

サクラはコンラッドと向かい合い背伸びして、右手を患部に翳し治療を始めた。


「サクラッ」

『私とて…』


治療を拒むコンラッドの声を遮ってサクラは弱弱しく声を出した。先程よりも涙ぐむ婚約者を前にしてコンラッドは狼狽える。


「……ぇ」

『私とて……コンラッドが怪我を負うのは…耐えられぬ……。治療出来るならば治療したいに決まっておろう』


場所が場所だけに、見つめ合う二人。他にも人がいる室内なのにまたも二人の空間の出来上がり。

サクラは真っ直ぐコンラッドを見据えて、そう言った。


『それに……コンラッドが傍におるのに無茶はせぬぞ』

「!!」


――約束しただろ…と、言葉を紡いだら、コンラッドは目を丸くした。何だ…私が忘れておると思っておったのか、失礼なヤツめ。

コンラッドは、サクラが約束を忘れているとは思っておらず、サクラがコンラッドの事を想って心配してくれている事に驚いたのだ。

だってそれは…まるで、自分が誰よりも大切に想われているようで――…。


コンラッドは僅かに頬を朱く染めるサクラを凝視した。

治療が終わり離れようとしている彼女の手を掴もうとした瞬間、


「ヒューブ!」


グレタの悲痛な声が室内に響き渡り、サクラの意識もグレタに移った。

コンラッドも仕方なく、サクラからグレタに視線を移動した。





「ヒューブ、死んじゃうの!? ねえ死んじゃうの!?」

「グレタ駄目だよ、そいつはおれを殺そうと……ヒューブだって!?」

『ヒューブだと!?』


聞き覚えがあるなんなんてもんじゃない。

数か月前に魔王が捕まり処刑されると噂をもとに…その魔王が魔笛を持っておると、砂漠への土地へ旅しに行った……その際、ニコラから訊いた彼女の駆け落ちの相手がグリーセラ卿ゲーゲンヒューバー。

ゲーゲンヒューバーが何処に姿を消したのか判らぬかったが……。


『(なにゆえ…このような所に……)』


ニコラと産まれてくる子供を残して、こやつはッ何をしておるのだッ!

ユーリに刃を向け、ヴォウルフラムに勝負を挑んだり……さっぱり判らぬ。


「ヒューブってそんな、グウェンと……似てるかそうか判んねえ……」

『うぬ…火傷の後が酷過ぎて判らぬな……』

「サクラ、無闇に彼に近づかないで!」

『う、うぬ』


ここまで弱っておるのだから…そこまで強く言わなくとも善いではないか…。

コンラッドは鋭く声を上げて、サクラの右腕を強く掴んで止めた。


「ねえヒューブ、これ返すの。 これ返すから死なないで」

「グレタ、なんでお前がヒューブなんて名前を知ってるのかは置いといて、そいつは多分、違うんじゃないかな」

「いや……ゲーゲンヒューバーです。…――剣を合わせればすぐに判る。彼はゲーゲンヒューバーです。どんな理由でここにいるのかは不明ですが」


グレタが必死に何かをヒューブに返そうとしておるのを見て、胸が痛んだ。 ユーリに剣を向けた敵だが…グレタの大切な人だったのだと突きつけられた。

グレタの泣きじゃくる姿を見て、あの子が魔族の魔王を暗殺しに来た経緯を思い出す。

確か…グレタは倉庫に閉じ込められておる時、スヴェレラの城に捕まっていた魔族を連れ出して、眞魔国へと足を運んだと言っておらぬかったか?


『(ってことは…ヒューブがグレタを眞魔国に……)』


――ヒューブは魔王であるユーリを殺したかったのか…?



「ちょっと待てよ、じゃああんたはあいつがヒューブだって知ってて、やっつけたってこと!? 魔族の、しかも知り合いって気付いてて、手加減なしで殺しかけたってこと!?」

『……』

「手加減……してたら俺が、ああなってる」

「え?」

『…ユーリ……相手が誰であれ…あやつはユーリに剣を向けたのは事実だ。 コンラッドは怪我までしてユーリを守ってくれたのに、コンラッドを責めるのはお門違いだッ!』


本来なら私が油断しておらなければ、怪我をするのは己であったのだ。

コンラッドは護衛としての使命を果たしただけかもしれぬが……私は彼に傷ついて欲しくないと思っている。

私はまた守れなかった悔しさと、守られて置きながら彼を責めるユーリに、イライラが高まって、ユーリに冷たい視線を向けた。


「っ!」


サクラの言いたい事が判ったユーリは、息を呑んだのち、気まずげにコンラッドを見ており――…コンラッドの方は、サクラに何か言いたそうに口を開こうとしたが、サクラはグレタを見つめていた。


『……(何だ…このイライラは……)』


コンラッドが…私がユーリに言った事に対して何か言いたげにしておるのを一瞥して、私は彼の言葉を訊きたくなくなったのだ。

咎める言葉が私に向けられるような気がして……。優しい彼の事だ。私の気持ちも判ってる上で、俺はいいんですとか言うに違いない。

だけどそれは、コンラッドが護衛だという立場だから?もし…ユーリの前世の……彼女を守りたい一心で、俺は怪我しても善いとか思ってるんだとしたら?だとしたら私は……。


『(いや…何を考えておるのだ)』


もやッと気持ち悪い何かが胸の内に平がったのを、私は無理やり追い出して、何も感じなかった事にした。

私が謎の気持ちと葛藤している間にも、グレタはヒューブに泣きながら縋っていて、私のもやっとよりもグレタの方が重大だ。瞬時に負の感情を消した。


「あのね、言われたとおりにしたんだけど、王様は女の人じゃなかったの。でもねユーリすごくいい人で、王家の家族の印とか見せなくても、グレタのこと隠し子だって言ってくれたの。だからもうこれは返すから! 返すから死ぬなんて言わないでっ」

「あれは徽章だな」

『……なぬ?徽章って…ではやはり…』

「ああ、グリーセラ家に代々伝わる徽章だろう。あんな物を持たされていたら、衛兵達があっさり通すのも当然だ」


グレタが必死にヒューブに返そうとしておったのは、徽章であったのか。

ヴォルフラムに教えられサクラは複雑な表情を浮かべた。

やはり…グレタはヒューブと共に眞魔国へ来ていたのだろう。ならば…ゲーゲンヒューバーはニコラと共にいる所に捕まり、スヴェレラにて拷問に……。


『っ』

「じゃあ、いよいよほんとにあいつはグリーセラ卿ゲーゲンヒューバーなんだな? だとしたら、何でおれを殺そうとしたんだろ」

『……それは…(魔王だから…?)』


だがその理由だと、港でヴォルフラムを襲った理由に結びつかぬ。







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