11-12





「おお、婚約者殿とカクノシンど……」

『早かったなー』

「ユーリ貴様っ!」


隠しもせず荒い足音で、部屋に乱入して来た人物は、やはりヴォルフラムとコンラッドであった。

二人の背後にはヒスクライフの部下がいて、ちゃんと合流出来たのだなと安堵した。二人が宿におらぬのは、ここに来る前の港で知っておったから、少々心配で。

あの港から結構な距離があるのに、予想よりも早い到着だな〜と、感心してヴォルフラムに声を掛けたが、当の本人は鼻息荒く、ユーリに詰め寄っていた。


『(やばッ)』


その光景を見て、――触らぬ神にたたりなしだ……と冷や汗をかいた。

トバッチリが来ぬように、ユーリから離れて、ヒスクライフさんの護衛の方へ距離を縮めた。


『(私は壁…私は空気、空気……)』

「ボクという者がありながら、こっそり色町で遊びに興じようとは……お前ときたらどこまで尻軽なんだ!?」

「うう、ヴォルフ、くるっ、苦し、息、息がっ」

「お蔭でボクがどれだけコンラートに文句を言われたか!」

「三種類だけですよ。 マジで!?気づけよ!貧乏揺すりはやめてくれ。 これだけ。ほら窒息しちゃうから離れて」

『なぬ…』


あの爽やかコンラッドが…マジで!?なんて言葉を発言したのかッ!?信じられぬ…。若者言葉だぞ!敬語キャラのコンラッドに似合わぬ言葉だぞ!!

トバッチリを避けて隅に寄っていたのに、コンラッドの三種類の言葉に目を見開いて反応してしまい、耳ざとくその声を拾ったヴォルフラムの吊りあがった瞳が、サクラを捉えた。


『あ』

「サクラ貴様もだッ!ユーリと一緒にこんな色町に……。少しは女として慎みを持て!」

『いや…ただ遊びに来た訳では……』

「サクラのせいだぞ!サクラが宿にいなかったから、ボクがどれだけコンラートに八つ当たりを受けたか!」

「……否定はしませんけどね。でも、軍人の癖に物音に気付かなかったヴォルフラムが悪い」

「うぐッ」

『ぶふッ』


コンラッドの容赦ない切り返しに、思わず吹き出す私に、今度はコンラッドからキツイ視線を頂いた。


「サクラ」

『ひッ』

「サクラ、貴方とは後でゆっくりお話ししましょう。ね?」


――あああ…何故、こんな所に来たのか、何故一言残さず来たのか、後でゆっくり聞きましょう。って目が言っておるッ!目が言っておるぅぅぅぅー!!

ひぃッと悲鳴を漏らし、ヴォルフラムとユーリに、縋る目を向けたら――…二人からバッと視線を逸らされた。くッ!

思わず青ざめてしまったけど……いつも通りなコンラッドの会話に、私は頬が緩むのを感じた。


――ケンカしたみたいになっておったし…。



「温泉治療に来て風邪なんかひかせたら、ギュンターに何を言われるか判らない。 夜遊びなんかに出て、どこで上着を紛失したのやら」


不意に、ユーリの薄いシャツ姿がコンラッドの目に留まり、コンラッドはサクラから視線を外し、ユーリに呆れながらも笑みを向けた。


『(イズラに渡しておったよ…ヒノモコウの屋台で)』

「なんだよー先におねーさんたちのところに行ったの自分だろー? いい人そうな顔してても、眞魔国の夜の帝王とか呼ばれてるんじゃないのォ?」

『!!……』


女遊びを指摘されて、不満の声を上げたユーリが次に言った言葉に、私の耳がぴくりと反応した。誰にも気づかれぬ様に、チラッとコンラッドを盗み見る。

コンラッドは、ユーリに上着をかけていて、チラッと盗み見たつもりであったのに――…ユーリの質問にコンラッドの瞳とばちっと合わさった。


『っ!』

「女性のところになんか行ってませんよ。知人に渡す物があっただけで。 子供はすんなり寝てくれてたし、サクラも寝てると思ったし…。隣室からは何やら怪しい息づかいが聞こえてきたので、愛の営み中の声を聞き続けるのも無粋かなと……」

『…』


コンラッドは、前半の言葉をサクラを見ながら言って、後半は苦笑しながらユーリを見て答えた。


「営んでねえよッ!」


まるで、私にわざわざ弁明してくれた様で。それはつまり、私には誤解されたくはないと言われておるようで――…そう思った瞬間に、私は赤面した。

赤くなっているであろう顔を見られたくなく、視線を床に落とす。


『(引け〜。熱よ、引け〜。そんで自意識過剰にも程があるぞッわたしッ!)』


ぶつぶつ念じて、羞恥心を散らしてみる。


「あー、ミツエモン殿、スケ殿、カクノシン殿? ユーリとかサクラとかコンラートというのは誰の……」

「ああごめんごめん、おれのこと。 越後の縮緬問屋のミツエモン、またの名をユーリ」

「お前に股の名前があるのか」

「とにかく無事でよかった。あちこち探し回りましたよ。グレタが守ってくれたのかな?」


ひたすら私は顔の熱を下げる事に必死であったが――流石、コンラッド。女性の扱いを心得ておる。 グレタと目線を合わせて、誉めながら微笑を贈るコンラッドを見て、グレタも嬉しそうに、はにかむ姿をチラッと見て、胸がもやっとした。

二人の姿を見たくなくなって、視線を逸らそうとしたサクラだったが、コンラッドがまたもこちらに視線を寄越したので、逸らす事はかなわぬかった。


「それはそうと…サクラそのお腹に何を入れてるんです?」

『お腹?』

「そう言えば、膨らんでるね」


コンラッドとユーリの視線に、若干怯みながらもコンラッドの言葉を反芻する。

彼らの視線に促されて、自身のお腹を見たら、服が盛り上がっていて何かを隠しているのが一目で判る。

一瞬何だ…と小首を傾げたが――…何を入れておいたか思い出した私は“ソレ”を、彼らの目の前に差し出した。


『あぁ!そうであった忘れておった!――はい、コンラッド』


コンラッドの前に差し出した物は、ヒノモコウでゲットしたどんぶり。

ずっと手に持っていても善かったのけれども、途中ヴォルフラムと謎の男との戦いに乱入した時に、邪魔にならぬようにシャツの中に入れたのである。コンラッドに言われるまで忘れていた。

何を出されるのかと思っていたコンラッドは、突然出されたどんぶりにどうリアクションしていいのか複雑な顔をした。

対するユーリは見覚えがあるどんぶりに、あっと声を漏らす。


「何だ、それはッ!!」

「あれ、それって…」


話に加わっておらぬかったヴォルフラムが、コンラッドの手に渡っていたどんぶりを引っ手繰って、私に詰め寄って来る。

何故か興奮気味のヴォルフラムに落ち着けと諌めるが――。


「あれは?」

『恐らく魔境…―――ッ!!ユーリ!』

「――!!」


きゃんきゃん吠えるヴォルフラムの事が、見えぬのかと疑いたくなるほど可憐にスルーして、私の肩をつついて尋ねて来るコンラッドに視線を移したその時――…。

鋭い殺気が室内を覆った。あの男だ。

警戒していたが――…先程まであの男から敵対心など微塵も感じぬかったのにッ!

殺気の根源に心当たりがあったサクラが室内にいる誰よりも早く反応して、斬魄刀を出し、ユーリに斬りかかる籠を被った表情が見えぬ男とユーリの間に体を滑り込ませた。





――キィーン


『っ』


やはり一太刀が重いッ!

ユーリを背後に庇って、左に構えた青龍でヤツの剣を受け止め、男が次の攻撃にでる前に、右手に持っていた朱雀で男の腹目がけて攻撃を繰り出す。もちろん峰打ち。


「ッ!」


男が怯んだ隙に、私が動くよりも早く、コンラッドが私の前に立ち男に向かって抜刀した。乱入したコンラッドに、体勢を整えた男の攻撃が迫る。室内を包む殺気が濃くなった。

ビロン氏の護衛である籠の男が、ユーリに剣を抜いた事に、瞬時に反応出来たのはサクラとコンラッドだけ。

サクラからコンラッドに選手交代して、サクラがユーリの状態を見ようと視線を走らせた時に、ヒスクライフとその護衛が状況を把握したみたいで、唖然としていたヴォルフラムもハッと我に返り、サクラとユーリを守るべく、二人を背に後ろに追いやった。


「斬られたか!?」

「……え……」

「よし、無事だな」


腰を抜かしたユーリをヴォルフラムが守り、グレタはヒスクライフさんが守っていた。

ヒスクライフさんも彼の護衛の人も固唾を呑んで、コンラッドを見守る。かく言う私も身を乗り出しながらコンラッドと男の剣を一挙一動見逃さず、目を凝らす。

男とコンラッドの殺気が渦巻き、激しい金属音が耳朶を叩く。


『っ!』


男の攻撃を剣で流しながら反撃の隙を伺うコンラッドのこめかみに刃が迫り――コンラッドのこめかみに赤い液体が舞った。ひゅッと息を呑む。

見守るだけって辛い…私が男の剣を受け止め、隙を作らずそのまま攻撃していれば、コンラッドも私に任せてくれていたのだろうか。私の代わりに前に出たコンラッドに胸がざわつく。

私の剣の腕が頼りないからコンラッドが前に出たのだろうか。


『コンラッド…』


それよりも辛いのは……見るだけになってしまったこの状況。コンラッドが怪我をするのではないかとの不安と彼を失うかもしれぬという恐怖。

コンラッドの剣の腕を疑っておるのではなく――…コンラッドだからこそ、彼が戦う姿に、ハラハラする。

男の剣の腕は、港で交えたから解る、あやつは出来る。それがまた私の不安を煽るのだ。


『――!』


こめかみに痛みが走って怯んだコンラッドに、すかさず男が剣を振りかざして、左腕を斬りつけた。コンラッドのシャツが朱く染まって、私は心臓が凍った。

すぐに傍に駆けつけたくなったが、ヴォルフラムに止められて、コンラッドに近寄る事も出来ぬくて。普段ならヴォルフラムの制止など難なく避けられるのに、私の視線はコンラッドに釘づけで。

私の腕を掴んでいるのがヴォルフラムだとは気付かぬくらい、私はコンラッドの身を案じていた。

腰の抜けたユーリの横で、私も力なくへたり込む。 私の心配を余所に、コンラッドは腕を男が斬りつけて油断した瞬間、腹を深く斬った。

その渾身の一撃が功を成し、男は頭に被っていた籠を落としながらクタッと床に倒れた。床に敷かれたカーペットに赤い湖が出来ておるのが、男の傷の深さを物語っている。

不気味な程、静まり返った空間で、私はふらりと立ち上がってコンラッドに近寄った。


『コン、ラッド…コンラッドッ!』


剣をおさめるコンラッドの左手を掴んで、破れかかったシャツから傷口を見る。傷口が涙で潤んで見えた。


「……サクラ…」

『なっ、』


滲む血を止めるべく患部に右手を翳したら、コンラッドにその手を握られて止められた。何故止めるのだッ!

人間と土地だからとか、今は関係ないだろう。何よりコンラッドの腕から血が溢れ出ているのは耐えられぬ。だが、コンラッドの止めろと物語る眼差しに、サクラはグッと唇を噛み締めた。


『…なんで……なんでッ』

「…え?」

『私が剣を抜いていたのにッ!何で…。そんなに私の腕が不安だったのかッ!』


感情のまま叫びながらコンラッドの胸を強く叩いた。

――私の剣の腕が頼りないから…だからコンラッドがあの男と剣を交えたのか……。


「違います」


取り乱すサクラの姿に、コンラッドは目を丸くして、ふわりと微笑んで頭を軽く振った。


「違いますよ。俺は惚れた女性が、目の前で戦っているのを平然と眺めるなんてこと出来ません。不安なのはサクラの肌に傷が残る事です」

『それは…私への愚弄では――…』


サクラの目を見つめて、優しく微笑むコンラッドに――…サクラは狼狽えた。何だか己が間違えた事を口にしている気分になる。

コンラッドは怪我しておらぬ右手で、優しく私の頬を撫でて――…。


「違います。俺はサクラが大切なんだ。サクラがどれだけ強くても、俺はサクラを守りたい。俺が誰よりもサクラを守りたいんだ…――好きだから」

『っ!』


とろけるようなセリフと特上の微笑みを貰い、一瞬で真っ赤になる私。

見つめ合っておったので……真っ赤に染まった顔を見られてしまい、恥ずかしさから更に真っ赤になる。


『〜〜ッ』

「サクラ…」

『そんな事言ってっ……私とてコンラッドが目の前で戦っておる姿を見るのは耐えられぬッ!心臓がヒヤリとしたぞッ!!私は只守られる存在にはなりたくない。もう目の前で大切な人を失うのは耐えられぬッ』


一護に迫りくる藍染の刃。ルキアに迫る処刑。藍染の斬魄刀の能力の前に歯が立たぬかった護廷十三隊隊長、副隊長達。そして――…雛森。

かつての仲間だった彼等の姿が走馬灯の様に、脳裏に浮かびあがって、サクラは叫んだ。


「あの〜お二人さん?戻って来てー」

『〜〜ッ!?』


殺気が籠っていたこの部屋が、いつの間にかサクラとコンラッドのせいで甘い空気が支配していて、ユーリは恐る恐る二人に声を掛けた。

内心、余所でやってくれ、と、この部屋にいる誰もがそう思っていた。

全員に見られていると気づいたサクラは、羞恥心で顔を赤くし、見事な速さでコンラッドから距離を取った。傍にあった温もりが離れた事に残念に思ったコンラッド。

自分の言葉に真っ赤になって、しかも自分を大切だと言い切ったサクラに、コンラッドは歓喜で胸が躍ったけれど――それも束の間。耐えられぬと悲痛な表情で叫んだサクラの姿に、思うところがあって眉間に皺を寄せた。

コンラッドの耳にこびりついた――宿での青龍達とサクラの会話が、ぐるぐるリピートされる。


サクラが抱える“何か”の一面を目の当たりにして、コンラッドは未だ羞恥心で悶えているサクラを見つめた。







(守る)
(護るよ)
(君の事はこの俺が)




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