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「いやなんとまあ、このようなところでお目にかかろうとは! お久しゅうございますなミツエモン殿にスケ殿! その節は一生かかっても返し切れぬほどのご恩を……おや? 今日はあの情熱的な婚約者の方はご一緒ではないのですかな。それに、スケ殿の婚約者である剣豪のカクノシン殿は――…」


今のうちに逃げようと画策しておったのに、ヒスクライフさんののどかな声に、逃走する隙をまたも逃してしまった。

チラッと店内に視線を巡らせば、ヒスクライフさんの登場に安心したのか他のボーイ達従業員の視線はこちらに向いておらず、男性のお客や少女達の視線も外されていて、視線がかち合う事はなかった。

私を誘った中年の男性も既に他の少女に声をかけていて、隣にいた近寄って来たボーイは、ヒスクライフと私とユーリが知り合いだと知り、オロオロし始めていた。


――この店に取って、ヒスクライフは上客なのか。



『(この状況なら…いつでも隙をついて逃げれるか)』


そう決断して、ヒスクライフさんに視線を戻す。

彼の背後には護衛の男性が二人控えていて、彼らも護衛らしく周りに視線を走らせていた。その内一人の護衛と視線が交じり、私も護衛の男性もニッコリ微笑んだ。


――うむ、腕の立つ護衛らしい。

向こうの男性も、サクラが小柄なのに腕のたつ女性なのだと感嘆していたとは―――…サクラは気付かなかった。お互いがお互いの力量をはかって感心し合っていた。

サクラの格好は少年っぽい格好をしているので、胸のふくらみがなければ少年だと判断されていたことだろう。

黒髪を隠す為に帽子も被っていたから、不審人物に見えなくもなくどのような人物か見定めていたヒスクライフの護衛。




「そっちこそヒスクライフさん。奥さんのために何もかも捨てた人が、なんでこんないかがわしい店に?」

『うぬ、それは私も気になる』

「いかがわしいとは手厳しい! しかし、左様、妻一筋の私ですから、本日は商用上の会談にミッツナイという東方より出向いたのですよ。なにせこの身はエヌロイ家の婿養子、義父の築いた財を目減りさせるわけには参りませぬ。たった今、この地に着いたところですが、一刻も早く交渉の席にと思いましてな」

『…ほう』


苦笑したヒスクライフさんに私は目を細めた。会談とな。 仕事で来たのならば、もしやユーリが見た偽札疑惑の件であろうか、それとも未成年の身売りの件であろうか。どちらにしろ少々気になる。

側でオロオロしておるボーイを一瞥して、ここの経営者との込み入った話をするのだろうと推測する。


「私などのことよりも、ミツエモン殿やスケ殿はいかがお過ごしでしたか。 あの後、篤く礼をとシマロン本国まで追い掛けましたが、軟禁された室内にはどうも風船の皮のようなものばかりが。私はこれは皆様が脱皮された残りの皮で、いつまで隔離しても仕方がないと申したのですが、シマロン兵士と上官は、いずれあれが元通りのミツエモン殿になるのだと信じて疑わない様子。現実はこのようにお美しい貴女方と、シマロン以外でお会いできているのですがねえ」

『う、うぬぬ…』

「……残念ながら脱皮はしないけどね」


シマロンの船に捕まった際、私は気絶していたので、後にコンラッドから訊いていたが…――なるほど、やはり脱出する為にヨザックが風船を残したその風船をシマロン兵は、未だ捕まえたままなのか。

それよりも……ヒスクライフさんは義理堅い。お礼にと国を挙げて助けに乗りこんでおったのか……申し訳ない事をした。下手をしたらシマロンから不満の声が上がるだろうに。


『我々は、船から降りる前に脱出しておったのだ。心配を御掛けしてすまぬかった。 あー…勘違いされやすいが、魔族と言えど…魔法のように魔術は使えぬよ。脱皮など…面妖な事は出来る魔族などおらぬ』

「ほうほう、そうでしたか!奥深いですなあ」

「は、ははは」

『うぬ』


むしろ法術を扱う人間の努力の方が――…私は凄いと思うのだが。そうコツコツ努力して文明だって発達してゆくのだ。かつての日本の様に。 乾いた笑みを漏らすユーリの横で、サクラは深くうむうむ頷いた。

グレタは、ヒスクライフの光った頭が気になるのか、ヒスクライフが帽子と共にカツラを取ってからずっと頭を見つめたままだった。

ふと、後ろに控えておる護衛の二人の頭もこのような残念な事になっておるのだろうか、と疑問が浮かび、サクラは二人をじい〜ッと見つめる。

ヒスクライフは、グレタの視線に気付いたのか、ユーリから視線を外し、グレタに視線を向けた。


「そちらの可愛らしいお嬢さんは?」

「こいつはグレタ、おれの隠し子なんですよ。なっ?」

『うぬ、私の妹でもあるぞ!』

「うんっ! グレタ、お手洗い借りたんだよ」

「そうそう、それが長くてついこんな時間に」

「だからぁ、長くないよー」


ぷう〜っと可愛く頬を膨らませるグレタに、私は思わず笑みを零す。

ここを訪れる前は、何を言っても心を開かなかったグレタが、演技と言えど無邪気にユーリとじゃれておるのを見て、嬉しくなった。子供はやはり、無邪気に大人に甘えるべきなのだ。


「おお、実に聡明そうなお子さんですな! では申し上げることを理解して聞きわけてもらえるかな? グレタどの、これからしばらく貴方のお父上と姉上をお借りしたい。とても重要な問題なので、是非ともご意見をお聞きしたいのだ」


…――なぬ!?


グレタの目線に合わせて身を屈めたヒスクライフに、グレタは困惑してユーリとサクラの顔を交互に見た。


「えっ、いやでもおれ達、一旦宿に戻らないと」


ユーリも困惑気に、必死に身振り手振り断る。サクラは思案気に顎に手を当てて、成り行きを伺っていて――ヒスクライフは、サクラをチラッと見てユーリに向かってそれなら問題ないと笑った。


「やはり、婚約者殿と来ていたのですな。大丈夫です、私の部下にお二人がお泊りになっている宿まで伝えに行かせます」

「や、ちょっと待って。ほらグレタももう寝かせなきゃいけない時間だし……その、やっぱ」

「おや、ですがスケ殿は了承してくれているみたいですが」

「…ぇ。えっ何してんのッ」

『うぬ?ああ、護衛の方に宿の名前を教えていたのだが、何か問題でもあったか?』


首を突っ込む気満々なサクラは、既に護衛の男性を会話をしていた。 ユーリが気づいた時には、二人いた護衛の男性が一人しか残っておらず……必然的に、ユーリも首を突っ込む事となった。

さっきまで中年の男を半殺しにしたいと言っていた程イライラしていたのに…こんな時は首を突っ込みたがるんだから……と、人の事を言えぬ癖にユーリは心の中でサクラにぶつぶつ文句を垂れた。


『何だ、ユーリ申したい事があるなら申せ』

「い、いや…ナニモアリマセンヨ。なっ?グレタっ」

『ふぅ〜ん』


はっははと不自然に笑うユーリに、私は白い目で見つめる。問われたグレタは大きな瞳を丸くして、きょとんとしていた。


「あの、ヒスクライフ様、ルイ・ビロン氏がお待ちですので……」


ぐだぐだになりかけた場を絞めてくれたのは、意外にもオロオロしておったボーイで。全員の視線が存在を忘れかけたボーイに集まる。

頷いたヒスクライフさんに続いて、私もグレタの手を握って後を追った。何時までも出入り口に突っ立ておくのも、邪魔になるだけだしな。

また店内に戻る事になるとは思わなかったが――…どうせ巻き込まれる匂いがプンプンしたので、結果おーらいとやらである。

ちょっと、待ってよ〜と背後で情けない声を出したユーリの声など聞こえぬフリをして、煌びやかな照明が照らす廊下を速足で歩く。コンパスの差か…ヒスクライフさんとその護衛の足は、歩いておるのにも関わらず速かった。ユーリなんて走っておるぞ。

閉じ込められておった室内に続く廊下ではなく、手前にある階段を登る。 ギラギラと輝く照明が、ここが普通の店でない事を私に伝えて来る。二階には一階と違い、派手な照明はなくうっすら暗く感じた。

ここまで案内してくれたボーイが、一つの部屋の前で一言二言中にいる人と会話をして、ヒスクライフを筆頭に私達に頭を下げて、階段から姿を消した。







ギィー



不穏な扉の音と共に、室内に入れば――…



「金八…」

『(…先生?)』



___頭が特徴的な男がドーンと座っておった。


ユーリの呟きは聞こえぬフリをして、私は構えて座るルイ・ビロン氏を見つめる。








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