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「……みんな未成年じゃないか」


逃走すべく廊下を走って、走って、辿りついたのは、キラキラした照明が沢山あるロビーだった。

華やかな一級ホテルのロビーのような場所には、ギラギラした中年なオッサン達や、ここで働いておるのだろうお客に不自然なほど密着した私と同じくらいの少女達が溢れかえっていた。 子供に教育の悪い光景。


「グレタ、見るんじゃありません」


ユーリの言葉に、はっと我に返って、抱えていたグレタの眼を右手で隠した。

そのまま私とユーリは出口に向かう。――無事に外へと出れるだろうか…。冷や汗を流しながら、ユーリと歩幅を合わせて歩く。歩きながら周囲を見るのは怠らぬ。

チラチラとこちらを見る中年のオッサンや、ボーイらしき人達が私達を見ながら会話しておるのを視界に入れながら――…逃走したとバレたか…と緊張しなかがら歩む。隣からゴクリと唾を呑む音が聞こえた。

冷静に考えたら……年端もゆかぬユーリと、従業員でもない女性である己が幼子を引き連れてこの場におるのは、甚だ可笑しいか。浮くのは当たり前で――…客も然りボーイや少女達からも視線が寄越されておるのが背中越しに伝わる。

痛いほど背中に刺さる、視線、視線、視線。


「トイレ借りれてよかったなーグレタ」

「うん」


不自然さをトイレを借りたんです〜作戦に出たユーリと、それに合わせてあげたグレタの横で、ぐいッと腕を誰かに強く掴まれた。


『っ!』


やはり、不自然すぎたか…と、鋭く私の腕を掴んだ人物を見るべく、鋭く背後を振り返った。

腕を掴んでいたのは、脂ぎった濃い顔したデブッとした中年のオッサンで。 ここの従業員に掴まれたのかと思ったので、少々拍子抜け。オッサンの顔は全体的に赤みを帯びていて、アルコールの匂いがプンプンする為、酔っておるのが容易に想像できた。

アルコールの臭いに、サクラは顔を顰めた。


『……何だ』


私が立ち止まった事により、ユーリもグレタも私と中年のオッサンを交互に見た。

尚も掴んだままのオッサンは、私を頭から足までジロジロ不躾に見つめて来て、ニタニタ気持ち悪い笑みを零し始めた。 その気味の悪い笑みに背筋がゾワッとした。

この笑みは眞魔国に来てから善く目にする笑みだ。ゲスのあの笑みやラザニアを襲おうとしておった輩達と同じ笑み。どうせ下世話な想像でもしておるのだろうと、私は隠しもせずに舌打ちした。


――私に触って善いのは、婚約者であるコンラッドで……って、いやいや何を考えておるのだ私はッ!


「お嬢ちゃん、可愛いね」

『…はぁ?』

「おじちゃん、今夜は君にするよ」

『……』


こやつッ、私をここの娼婦だと勘違いしておるのかッ!!!

確かに、従業員だと判断する方が自然だけども……娼婦だと判断したのならば、ユーリといる時点で、ユーリに買われたとは思わぬのか…この低俗な男はッ!

猫撫で声でニタニタ笑う男に、私は不快感で思わず殺気を漏らしてしまう。隣からひいッと悲鳴が耳朶に届いた。……何故、ユーリが怯えるのだ。


『ユーリ……、半殺しならば許されるだろうか』

「い、いや…ちょっと、落ち着こう?な、なっ?」


グレタの目を覆っていた右手を放して、握りこぶしを作ったら、ユーリが引き攣った笑みを零しながらも、サクラを宥めた。それ程サクラの顔は無表情で本気だった。


『チッ。おい貴様、私はここの従業員ではない。殴られたくなければ放せ』


こっそり出ていく作戦を忘れ、腕を放さぬ気配のないオッサンを睨む。当然、ボーイがこの騒ぎを放っておく筈もなく、一人のボーイがこちらに向かってくるのが気配で判った。


『…チッ』

「もし、お客様」

「ななななに!?」

『…あ゛?』


近寄って来たボーイが、私と私を掴んでおる中年のオッサンを見て、吃るユーリに目もくれず、言葉を続けた。


「そちらの女性は、この店の従業員ではありません。それと、お客様」

「ははははい!?」

「店の者が、お忘れ物をと」


挙動不審になるユーリをフォローしなければと、私は中年のオッサンから、ボーイとユーリに視線を移した。他の客も、この騒ぎにこちらを見ながらざわつき始める。

こうなっては、強行突破だ!以心伝心したサクラとユーリは一瞬視線を絡め、瞬時にグレタを床に降ろして中年のオッサンから力づくで腕を解放させた。


「今だグレタ、おれの屍を越えていけ!」

『いやいや、貴様も逃げるんだッってぇぇ!!』


――強行突破なのだからッ!!

恰好良よく決めたつもりのユーリに、思わずツッコミを入れて、ボーイから逃げて出口へ向かって一目散に走った。のだが……それをみすみす見逃す従業員ではなく、ボーイとは違ったサングラスをつけた警備員ではなく…ヤクザみたいなガラの悪い男が二人、出口に立ちふさがった。


『!!チッ』

「万事休すぅ!」

『半殺しくらいならば善いよな?』

「えぇぇぇ、それはやめてぇぇぇぇー」


グレタをユーリに預けて、ファイティングポーズを構えたら、何故かユーリからツッコミを頂いた。なんでだ…逃げるのが目的であろう。

――それに…コンラッドの事とか、さっきのオッサンに触られた事とか……自分でも気づかぬ内にイライラが溜まっておったので……ストレス発散に、こやつらを殴りたかった。今日一日で、イライラが頂点に辿り着きそうなのだ。


『安心しろ、無駄な殺生はせぬから』

「そんな問題じゃないからぁぁぁー!!!」


私は無駄に爽やかな笑みを浮かべて、ユーリに安心しろと伝えた。この時のサクラは、活き活きしていたと後にユーリは語る。


「そう言う問題じゃないからッ!」


出口まで来れて、外は目の前で――…なのに、男二人が邪魔で、これはもう殴り飛ばすしかないだろう。それが最短距離だと言うのに。 何故か、必死にユーリに止められる。


『ならば…どうするのだ』


ストレス解消を止められて、逃走も出来ず不服そうに頬を膨らませるサクラと、懸命に止めようとするユーリの会話に、突然第三者が声を上げた。


「おや、その声は」

『――うぬ?』


今度は何だ、と声の主を鋭く見据える。声の主は、イギリス紳士みたいな面立ちに、上品に髭を生やしておって、何処か見覚えがある容姿の持ち主だ。

私達三人に、優雅に近寄ってくる男に敵意らしき物が感じられぬので、警戒と少し解きながらも、私は男の一挙一動を見つめた。私の視線にも男は余裕で、微笑み――…


「ぎゃあ」

『っ!!?』


___私とユーリの手を片方ずつ握った。


予想が出来なかった男の行動に、ユーリは情けない声を出し、私は目を丸くして硬直した。掴まれた手が優しく撫でられる。



「やはり私達の命の恩人」


二人の反応に気にも留めておらぬのか、男は静かにそう言って慈愛のある微笑みを零し――…ふさふさな髪を掻き分けて、私達に取って見せた。


「えーっ!?」

『ぬッ!?』


――カ、カカカ、カツラぁー!!!!!

ぴかっと見事に輝く禿た……ごふッ、つるつるな頭を見て、私とユーリはまじまじと目の前の男を見つめた。

見覚えがあると思っていたが……独特の挨拶の仕方に、衝撃からパパパッと脳裏に過去の記憶が浮かび上がる。


「お久しぶりですな、ミツエモン殿!スケ殿!」

「……ぴっかりくん……?」

『スケ殿って…。いや、ミツエモン、ヒスクライフさんだ』


そう言えば彼に名乗った時は、私達は偽名を使っておったな……。初めて目にする衝撃な挨拶にグレタは固まったままで、その横で私とユーリは思わず遠い目で夜空に視線を向けた。



カヴァルケードの元王太子であるヒスクライフ。

彼と出会ったのは、私が初めてこちらの世界に来てしまった時に、偶然同級生である渋谷有利と再会し、魔王だと教えられ、何だかんだあったのち、魔剣モルギフを探しに行く度に同行し――そう、その同行中に乗った船で出会ったのが、ヒスクライフだったのだ。

まあ、それからまたなんだかんだ事件が起きて、彼の娘を助けたり、その拍子にユーリが……おぞましい…否、それは思い出すな私……。

とにかくそんな事件があって、私は己の半身である朱雀達と再会が出来たと言う――私にとって忘れられぬ魔剣探しの旅となったのであった。


―――ヒルドヤードの女性に惚れて、カヴァルケードの王太子の地位を捨てた彼が、何故ここに?

ヒルドヤードにいて可笑しくはないが……ここは娼婦館であるし…。ラブラブそうなのに…この場に遊びに来たのであろうか……。ユーリも同じことを考えてたらしく、サクラとユーリは揃って首を傾げた。







(まあ、とりあえず…)
(この機会に逃走出来ぬであろうか)
(うん、今の内だよね)(うぬ)



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