10-3





サクラが精神世界で、得体のしれない何かと対峙している頃、船では―――…。



コンラッドが、熱を出してダウンしてしまった、自称ご落胤の赤毛の女の子の為に、熱さましと氷を用意してきたのだが――…そのコンラッドの目に入ったのは、船室の扉の前で立ち往生している船員と、困った顔している自分の主であるユーリだった。

更に、ユーリの背後には彼の婚約者であるヴォルフラムが、寝ぼけ眼でぷりぷりしている。


「……」


コンラッドが船室を後にした時は、全員寝ていて、早く寝る習慣を持つヴォルフラムも、ぐぴぐぴ言いながら寝ていたのに。何で起きてるんだ。


「どうしたんですか」


何の用だと、ユーリの前にいた船員に鋭い視線を送る。

ユーリが説明しようとコンラッドに目を向けたけれど、それよりも早くに船員が「誤解でした!!」と、ユーリとコンラッドに頭を下げて背中を見せて去って行った。


「……なんだったんです?」

「い、いやぁ〜は、はは…」

「ふんッ、こいつが暗殺者を襲おうとしていたから、船員が来たんだ」


浮気者がッ!!と目の前でユーリを罵るヴォルフラムに、コンラッドは苦笑して事態を把握した。

きっと、心優しいユーリは熱に魘されている女の子を心配して近付いたのを、ヴォルフラムが癇癪を起してしまい、騒ぎを聞きつけた船員が来てしまったんだろう。

コンラッドの予想は大体当たっていた。

船室に入る、ふと、熱に苦しんでいる筈の女の子を見ると……女の子の首の近くで白いヘビが視界に入った。


「玄武?」

「――ん?」

「……あ、玄武」


寝入っている女の子と、普段ならこんなに数人の気配があったら目を覚ますサクラとの間で、玄武がこちらをチラッと一瞥して鼻を鳴らした。

馬鹿にしたような玄武の態度に、ユーリは口を引き攣らせ――…コンラッドは女の子の額に手を当てて、体温を確認する。


「どう?コンラッド」

「どうやら熱は無事下がっています」

「そっか〜良かった。さっき、おれグレタの――…あ、グレタって名前なんだこの女の子、――で、グレタの手を握ってあげたら…手からぽわ〜ってギーゼラがしてくれたような感じがしたんだけど……」

「お前が無意識で、そいつを治療したんだろう。もう、むやみやたらに魔力を使うな!」

「えっ、何で?」


すぐ目を離したら、人間の土地でも魔術を使いそうだから。

あんなおぞましい魔術を見たくもないし…それ以上に、人間の地で魔力を放出するなんて、彼の体にどんな影響が怒るか判らなくて心配しているから――な〜んて、ヴォルフラムは面と向かって、ユーリには理由を素直に答えなかった。

ユーリ達が呑気にそう会話している横で、コンラッドは腑に落ちなかった。…――漠然と何か違うと感じた。

サクラが寝ているのに、俺様な玄武だけが姿を現しているだからだろうか。

玄武も、サクラもギーゼラのように魔力で治療する事が出来る。その事実をコンラッドは知っていた。



「…――玄武…」


コンラッドは、玄武に目を向けて詰め寄ろうとしたが――…


『……ん…』


サクラが寝返りを打ったので、敢え無く断念。




《…サクラ?》

『…ぅ、ぬ……き、さま……むにゃ……ん』


眉間に皺を寄せて寝言を言い始めたサクラの顔を覗いて、コンラッドは微笑んだ。

最近はレタスがいた為、サクラの寝顔すら拝めなかったので、こうやって彼女の寝顔を眺めるのは久しぶり。 寝苦しそうにしているサクラの眉間の皺に手を伸ばして、皺を取ってあげると――…サクラは幸せそうにふっと笑みを零す。

サクラの緩んだ寝顔を見て、コンラッドの頬も緩み――コンラッドの胸をポカポカ温めた。


『…ん……ぉ…ぼえてろよ!!……ぅぬぬ…』

「……」


うん、この際、何の夢を見ているのか、気にしない事にしよう。


「さあ、もう夜も遅いです。早くお休みになられて下さい」


これ以上、こうやって彼女達の側で話していたら、サクラも起きてしまう。幸せそうに寝ているサクラを起こしてしまうのは――…嫌だ。

コンラッドは、ニッコリ笑って二人をベッドへと促した。


「う、うん…そうだね!!早く寝るよっ朝に早いしね!!」

「……そうだな」


明らかにお前等早く寝ろよと、含み笑いしたコンラッドを見て、ユーリはそっと視線をそらした。

ユーリ命な名付け親でもサクラの前では形無し。それくらい名付け親はサクラに惚れているらしい。

ユーリが視線を逸らした先にいた、わがままプーなヴォルフラムは、意味深なコンラッドの笑みに気付いていないのか…呑気に欠伸している。


――幸せなヤツだな。

ユーリは自然と半目になった。


『…ん』

「(やっべ、早く寝ないとおれたち命が危ねぇよ!!……ヴォルフラム気付いてくれぇぇぇ!!)」

「なにしてる!ユーリ。早く寝るぞ!」

「……うん」


いろいろヴォルフラムに文句を吐きたかったユーリであったが――…コンラッドの視線が痛いほど背中に突き刺さっていたので、最早何かを言う気力もなく……白いシーツに身を沈めた。

コンラッドは何処で寝るの?という疑問も、無理やり意識の奥に沈めて――。






 □■□■□■□




《――主…大丈夫か》

『……ん…?』


先程、あの野郎と対峙したせいだろうか……意識を飛ばす前より体が重く感じる上に…思考がぼんやりとしておる。


《…主?》


青龍の声も遠くで聞こえる感じがする。


《――、――…》

『…ん』


ぼんやりと思考が定まらぬ中で――…額にひんやりとした感触がした。


『…ん?』


うっすら目を開けたら、ぼんやりと視界にコンラッドが映る。嗚呼…このひんやりとした感触は彼の手であったか…。

いつもは温かく包んでくれる彼の手は、今は私の熱を冷ましてくれているみたいだ。…――私は熱を出しておるのだろうか。

ぼけ〜ッとコンラッドを見つめていれば…コンラッドは心配しておる癖に、ふわっと笑みを零してくれた。


『…こん、やっど……』


ぐるぐる頭の中が揺れるように気持ち悪いのだが…コンラッドの手の体温だけを感じて――少し気持ち悪さが軽減した気がする。


「どうやら熱が出ているみたいですね」

『……ん』

「グレタの熱を治療しましたね?」

『…う、ぬ…?』


そんな事してサクラが熱を出してしまったら本末転倒じゃないかと、コンラッドは思ったが…今は説教よりサクラの看病の方が先だと言いたいことを呑みこんだ。

サクラはサクラで、グレタって誰だ……と、回らない脳みそで自問自答した。


――グレタって誰だ…。


レタスと赤毛の女の子は二人でくっついて寝ておって、隣のベッドにはユーリとヴォルフラムが寝ている。…グレタ?

思考が定まらぬのに気付いて、今さっきコンラッドに言われた言葉を思い出す。――嗚呼、やはり己は熱を出してしまったのか…。


「ちょうど氷水を持ってきていたので…ちょっと待ってて下さい。おでこ冷やしましょう」

『ん』


私の額に手を乗せたままだったコンラッドが、一度私の顔を近くで覗いて、そんな事を言って立ち上がった。


…――何処かへ行こうとしておる。

ずっと感じていたコンラッドの手も離れて、唖然とコンラッドの背中を見た。去っていく背中を見ていたくなくて、衝動のままに彼の手を取って引き止める。


『…まって』

「サクラ?」

『こんらっど…どこゆくの』

「え?――そこのテーブルに氷水を置いているので、それを取りに行くだけですよ」

『……どこにも…ゆくな…こんらっど』


ぎゅうっとコンラッドの右手を握りしめて、彼の左手を見つめた。


――大丈夫、彼はまだここにいる…、そう己に言い聞かせるのだが……さっきの来訪者に言われた言葉が頭を不安で埋め尽くしてゆく。


『……そばにいてくれ』


サクラの瞳は不安に揺れ動いていて…それは熱のせいで人恋しくなったのか定かではないけれど――…この状態のサクラからは一歩でも離れては行けないとコンラッドは思った。

熱のせいで潤んだ瞳に上気したうっすら朱いサクラの頬に見て詰められて、一瞬邪な気持ちになったコンラッドだったが……ぎゅうっと不安げにコンラッドの手を握りしめるサクラを見て、コンラッドは安心させるように笑みを浮かべた。

こんなにも愛しいサクラを置いて何処かに行くなんて事はしない。コンラッドの世界はサクラとユーリを中心に回っているのだから。


「何処にも行きませんよ。俺がサクラから離れるはずがない」

『…ほんとうだな』

「ええ。サクラ風に言うと…――魂に誓って。俺はサクラを置いて何処かに行ったりはしません」

『……たましいにちかって…?』

「魂に誓って」


じい〜っとコンラッドを見て、嘘をついている様には見えぬので、サクラはへにゃっと笑みを零した。それは安心から。

サクラの笑みを見て、コンラッドも安心させるように微笑んだ。



「熱で辛いでしょう、もう眠って。俺はずっとここにいますから」

『…ん』


コンラッドはサクラの手を握ったまま、近くにあったイスに座って、サクラの髪を触る。


『こんらっど…』


――サクラ…君は一体何を抱えているんだ…。

誰にも頼らないで何かを抱えているサクラに、もどかしくも思うけれど…それ以上に君が不安に思うならいつだって側にいたい。――俺がいつ何時だって傍にいる事に気付いて欲しい。そして頼ってくれ。

サクラに自分と言う存在を深く刻みつける様に――…今度はコンラッドがサクラの手を強く握った。


『……けんしは…』

「――?」

『けんしにとって…うではいのちだ……』

「はい」


段々と声が小さくなっていくサクラの言葉を聞き逃さぬように耳を澄ませる。

コンラッドには彼女が何を言いたかったのか判らなかったが――…サクラは満足したのか、今度こそ夢の中へと旅立った。


『…おやすみなさーい』

「おやすみ」







(サクラ…)
(…コンラッド)
(お互いがお互いを想っているのに――…)
(本心は本人には伝わらず)



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