これの続き

☆☆☆




アザミが四神天地書の巻物に吸い込まれた同時刻――…。


「うっ、なんだったの?今の…」

「唯ちゃん、大丈夫?…――って、!」


彼女がいる世界と異なる世界でも似たような事が起こっていた。


「どこ………ここ」


ショートヘアの女の子の名前は、本郷唯。

お団子頭の女の子の名前は――…夕城美朱。


「………」

「………」


広がる荒野を前にして、二人は押し黙った。無理もない、彼女達がいたのはアザミとは違う世界の図書館だったのだから。

二人もまた四神天地書を見つけ、始めの文を読んだ途端、光に包まれ気付いたらここにいたのだ。わけがわからないのも道理と言えよう。


「これ、痛い?」

「っい……痛かったわああああ!!!!」


沈黙を突き破ったのは、唯ちゃんと呼ばれた少女で。彼女に殴られた美朱は、痛いと喚きながら、唯の頭を殴った。

お互い夢なのか現実なのか確かめるなら自分達の頬を抓ればいいのに、お互いがお互いを叩いた。


「い、痛い。…夢にしては痛すぎる」

「夢であってもなくても、ここにはダブルチーズバーガーも、ナッツとレーズンのトッピングアイスもなぁぁぁーい!」


ここが何処かという問題よりも、美味しい食べ物を置いてる店がない方が問題だと叫ぶ美朱を見て、相変わらず食い意地の張ったヤツだと唯は思った。

食べることが大好きで天真爛漫な美朱とは違い、何事にも慎重で頭が良い唯は、冷静にことの分析を始めた。

これが夢ではないのなら現実で。自分達は、本を読んでいたはずだ。


――まさか…ね。

唯が一つの答えに辿り着いたその時、二人の頭上に見覚えのある赤が、眩く光った。


「っ、」

「またっ!?美朱ッ!」

「唯ちゃん!」


お互いに、はッとして手を握り合って、衝撃に備えようとしたけれど。

眼を閉じても一向に、衝撃は来なくて――…現状を理解してなくても、本能でどこかへまた飛ばされると思っていた二人は少しだけ拍子抜けして、おそるおそる瞼を開けた、ら。



「――ぇ」

「キレーな人…」


あの赤い光の中に、黄金に輝く光が。

そしてその黄金の光に包み込まれるようにして、着物を身に着けてる黒髪の少女とも取れる少年が浮いていた。

二人が凝視してる先で、その人は気絶してるのか目を閉じたままで、ふわりと地面へと降り立って。キャパシティを超える事態に、唯ちゃんもあたしも言葉が出なかった。

意味がわからない。

なんで、突然人が光の中から現れるのか。

そこまで思考した唯は、まさかと先程否定した答えが目の前に出されたような状況に、頭を左右に振った。いやいや、ないない。


「(ここがもしかしたら、本の中かもしれないなんて…そんな非現実的な……)」

「ねぇ…あの人、生きてるのかな?」


古風にも、着物を身に着けたその人は、自分達とさほど変わらない年齢に見える。

彼なのか彼女なのか判断が付きにくい――下は蒼の袴で、うちわのイラストが描かれた羽織を身に着けてるから彼かな?袴も通常よりも短く足が出てるけど。で、その彼は、生きてるのかと疑いたくなるくらい肌が白くて、身じろぎ一つしてない。

美朱が疑うのもわかるけど……物騒な発言は止めて欲しい。

そう思って口を開こうとしたら、腕を後ろから強く引っ張られた。


「っ!」


――なに、なにが起こったのっ!?誰なの!


「唯ちゃん、起こしてみる?」


ぴくりとも動かない、恐らく自分達と同じ境遇だろうその人から視線を逸らして振り返れば。


「唯ちゃん!」

「美朱ッ!」


唯ちゃんが、中年のオッサンに拘束されていた。

唯ちゃんを羽交い絞めにしてる男の横には、そいつよりも少しだけだけど歳を取ってるオッサンがいて。きらりと光る剣を見て、驚いたのは一瞬で、あたしは目尻を吊り上げた。


「こいつぁ上玉だぜ。売り飛ばせば結構な金になるな」


下品な笑みに、鳥肌が立つ。


「なんなのっあんたたち」

「俺たちゃあ人買いよお!」


友達が恐怖に顔を染めるのを見たあたしは、「唯ちゃんっ、逃げてぇぇぇぇ」と、果敢にも男にタックルをかまし、勢い余って地面に転がった。い、いがいにも痛い。

体当たりされた男の手が緩んだ隙に、友達は無事に逃げており、ほっと小さく息を零す。

っと、存在を忘れていたもう一人の中年のオッサンが、転がるあたしの頭の近くに立ったのを――砂利を踏む音で嫌でも判ってしまった。瞬間、息を呑む。


「大人しくしねぇーとっ!」

「っ!」


身に迫る危険を回避しようと頭上をふり仰ぐと、視界いっぱいに、振り落とされようとしてる剣が映り込んで。

日本刀なんてのも見たことなど産まれてから一度としてないのに、幅の太い剣に、恐怖で喉が引き攣った。


――もうだめっ死ぬっ。最後にハンバーガー食べたかった!あ、あとアイスもっ!


「やめな」

「――っ、…ぇ」


怖くて動けなくて。

唯ちゃんの「美朱っ」って叫ぶ声も聞えてたけど、恐怖で腰が抜けてしまって。

太陽の光の下で鈍く光る武器を見てるしか出来なかったら、この場にいる筈のない男性の声が聴こえた。安心できるような声音。


「こ、このやろっ」

「なに…この人」


襲ってきた中年のオッサンの腕を掴んで止めてる整った顔立ちの青年がいた。――え、助けて…くれたの?

危険から救ってくれた青年は、陽の光に照らされて青っぽく見える髪を揺らしながら、吼えるオッサンと戦っていて。

体術で、攻撃を躱しつつお腹や腕を殴ってて、彼は強いらしいと――…整った外見も相まって美朱は戦ってる青年に見惚れた。

洗練された動きが恰好よくて綺麗で、助けてくれただけでも格好いいのに、外見も格好いいとか反則だ。


「額に…額に文字がある…」


揺れる前髪の下に、あの光と同じ色で、額に“鬼”と言う字が描かれている。

普通ならあり得ないその字に、あたしは不思議と格好いい彼に似合ってると思った。温かい印象を受ける。ここへ来る前に見た火の鳥と似た雰囲気の人。

鬼の字を宿す彼から眼が離せなかった。とくんとくんっと胸が高鳴ってる。


「兄貴に手を出すなあー!」

「!」

「っ唯ちゃんッ!」


いきなり現れた彼に押されてるオッサンを助けようと、あたしのタックルで同じく転がっていた男がいつの間にか唯ちゃんに剣を向けていて。

それを眼にした途端、あたしの顔から血の気が引いた。

自分達二人をどうやら助けてくれてる彼もまた、その状況を見てまずいと思ったのか、一旦動作を止めた。

彼の攻撃が止んだことで、自由に動けるようになった中年のオッサンは、冷や汗を掻いていたくせに、にんまりと笑ってて。あたしは、どうなるのかはらはらとした。いろんな意味で心臓がどきどきしてるよー。


「へへへ、よぉーし!そのまま動くなよ――…、ぶへぇッ」

「………ぇ、」

「ぇ?」


動きを止めた彼と対峙していたオッサンが、これまた汚い声音を出してたのに。途中で、痛みに悶えてしゃがみ込んだ。

これには彼も、はらはらしていたあたしと、唯の眼が点になる。

何かが飛んできたみたいだけれど、その何かを見極めようとするあたしの耳に、今度は友達に剣を向けていた若い男が痛みで地べたに這い蹲る音が届いた。


「―――ぇ、」

「え、なに?なに、なんなの」


まったく何が起こったのか判らないけど助かった唯は、とりあえず転がる男から距離を取って。

美朱は、もしかして鬼の字を持つ彼が何かをしたのかと思って、彼に視線を戻したら彼は友達の方を見ていた。

疑問符を飛ばして、再度唯ちゃんを見遣ると、


『丸腰の女性二人に、武器を持ち出すとは。カスだな』


唯ちゃんの前に手を差し出してる自分達と歳がそう変わらないあの少年が。


「ぁ!」


そう自分達と同じく光と共にこの訳の分からない荒野に落とされたあの袴の少年が、不敵な笑みを湛えて、立っていた。

唯ちゃんを助けてくれたらしい。

ぼーっと見てたら突き刺さる視線に気付いた少年の真っ直ぐな黒い瞳と絡まって、世界が切り取られたような錯覚を覚えた。

艶やかな黒髪を高く結ってる彼は、中性的な顔立ちで、額に鬼の字がある青年とは違ったイケメンさんだ。こちらの彼も綺麗で見惚れる。彼の手の平には石が握られていた。


「なっ、」

『まだ起きれるのか』


転がっていた男が、やけになって剣を振り回し始めて。あっと思った次の瞬間に、石を投げられて、また地面へと逆戻り。

こっちの彼も戦い慣れてるらしい。素早いその動きが見えなかった。――もしかしてさっきいきなりあの人等が痛がってたのって、彼に石を投げられたから?

彼の左腕の中で助け出された唯ちゃんが、頬を染めているのを、あたしは見逃さなかった。鬼の人に見惚れてたあたしが言うのも何だけど…うん、恰好いいもんね。あの人も。


「いててて、うでがっうでがあああああ」


思わぬ助っ人に唖然としていた青年の方も、何が何だかと硬直してる中年のオッサンの腕を捻りあげた。

少年にやられた男が、「あ、あにきィ」っと泣き出し、「ず、ずらかれぇぇー」っと、青年にやられた中年のオッサンは、逃げて行った。


――何だろう…。

結構焦ったり、吃驚したりさせられたけれど。人買いだと豪語していた二人は登場から逃げ去るまで三流だったなー。なんて、あたしは心の中で頷いた。





「オメーら、大丈夫か?」

『――で、……ここは何処だ』



彼と彼女達との出逢い。

(そして物語は始まる)
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