アポロンの啓示 | ナノ

*僕が消える朝
・第2次世界大戦後の話
・夢主アルヴィスと同棲設定
・シリアス






雪が、降っていた。
世界を白く染めるような、雪が。





【僕が消える朝】





「……雪だ」
小さく呟いたその言葉も、白い吐息に変わる。
狭いウッドデッキに身体を出すと、凍えるような寒さが身に沁みた。
これといった理由も無く、俺は長々と息を吐く。
真っ白な視界に、
真っ白に溶ける息。
なんとなく、心許なくなって、
俺はそっと、視線を逸らした。
だが逸らしたところで飛び込んでくるのは、目を突き刺すような白い世界。
「……雪、か」
わかり切った事を繰り返し呟いてしまうのは、この冷たく儚い銀世界を、おそらく俺は、結構好いているから、だろう。
手を伸ばす。
ウッドデッキの柵を越えたその先まで、音も無く降り積もる柔らかな雪。
一面を真っ白に染めたこの無機物は、この世界を包み上げたように俺の事も全て無に返してくれるような、そんな馬鹿げた、でもわりかし有り得ない事じゃないような、そんな現象を起こしてくれる、
なんて、浅はかな勘違いを信じ込ませてくれる気がした。
一歩、
踏み出す。
もう少し、
前へ。
雪が、音も無く俺を包み込んで、
その冷たさに、一瞬躰が反射で震えて、
そっと瞼を下ろした。


第2次世界大戦は終わったのに、
あの悪魔の権化のような男も消えたのに、
このメルヘヴンに平和は訪れたのに、
その平和をもたらした金色(こんじき)の少年も無事元の世界へ帰す事が出来たのに、
どうしてか。
この両手に染み込んだ夥しい血か、
それとも焼き払われた故郷の中でただ1人生き延びたという罪悪感からか。
俺は、
不意に、

酷く空(むな)しくなる。


全てが静止したような世界で、
突然、
躰を包む暖かさ。
「……リク」
「……アルヴィス?」
俺の躰に付いた雪を払うこともせず、アルヴィスは俺を後ろから包み込むように抱き締めた。
冷えていた躰が急速に暖かくなっていく。
「…アルヴィス、離れろよ」
長い間外にいた俺の躰は、アルヴィスにはひどく冷たく感じられるんじゃないか。急に頭を掠めた考えに、俺は腰に回されたアルヴィスの手首に手を重ね、控えめに引き剥がした。
だが、アルヴィスは俺の躰を抱き締めたまま。
まるで、絶対離さないとでも言うかのように、
回した両腕にぎゅっと力を入れた。
「……アルヴィス」
困った俺は、アルヴィスの髪がうなじをくすぐる方へ顔を向け、声を掛ける。
「…どうしたんだよ、冷えるだろ?離れろよ、」
「…かと思った」
「え?」
ぐ、と肩に掛かる重み。
俺の肩に顔を乗せたアルヴィスの声は、耳にちゃんと届いてこなかった。
「…何?」
「いなくなるかと、思った」

リクが、

雪の中に、

消えていくかと。




「……そりゃ、」
口元を、つり上げる。
「随分と、感傷的な想像だな」
内心の動揺を悟られないように、何とも思っていないふりをして答える。
感傷的、の使い方がおかしい、それより浪漫的と言え、
とアルヴィスが相変わらず俺の肩に顔を預けたまま可愛くないことを言うから、
ああそうかよ、と唇を尖らせて彼方を見れば、

「…結構、本気だ」

ぽつり、
アルヴィスは俺の躰を抱き締めたまま、呟いた。



消えたい、
確かに、時々そう思うんだ。
お前がいなければ、きっととっくに俺はこの世界から姿を消していただろう。
罪悪感?
虚無感?
わからない。
わからないけれど、
でも、このまま雪と共に消えてしまうには、
まだちょっと早いな、
って、
お前の腕の中にいると、思うんだ。




【僕が消える朝】




いつか、目覚めたお前の隣に、
俺がいない、そんな朝が、
きっと、来る、
そんな気がするんだ。
遠くない、未来に。





「……そんな未来は、来させない」





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