アポロンの啓示 | ナノ

*最憂の空間より、この永遠の感情を最愛の君へ*
・第2次世界大戦、敗戦設定
・夢主独白、他キャラほぼ出番無し
・シリアス
・流血描写有り
・死ネタ注意








此処に閉じ込められたまま、
どれだけの時間が経ったのだろう。





【最憂の空間より、この永遠の感情を最愛の君へ】





「……アルヴィス……」
名前を呟いてみる。
その声に力がこもらなくなって、もうどれくらい時は経ったのだろう。
始めは絶対に助け出すと強く抱いた決意が、どうにかして脱出しないとという焦燥に変わり、やがて絶望と諦めに侵されるまで、そんなに長くはかからなかったはずだ。
「……アルヴィス……」
冷たい鉄格子に額を付け、小さく呟く。
そうすれば、この意味も無い永遠に似た時間に、何か変化が訪れるような気がして。
そんな訳が無いことは、自分が1番よく分かっている癖に。
「……アルヴィス……」
呟く。
ただ、繰り返し名前を呼ぶ。
凍り付きそうな程冷たい鉄格子をどれだけ強く握り締めても、無骨な金属は金属のまま、俺を阻む。
始めは無駄だとわかっていながら、何度も鉄格子に向けてアームを発動させた。
ウェポンにヒビが入り、ガーディアンが再起不能な程に疲れ果て、全てのアームが意味を成さなくなっても尚、ただの魔力の波をぶつけて脱出を試みた。
だって、アルヴィスも囚われているんだ。
無情な支配者の所有下に置かれた、このレスターヴァ城の何処かに。
恋人として、助けに行くのは当然だろう?
どっちかっていうと俺よりアルヴィスが彼氏っぽいだなんて抜きにして、たまには彼女が颯爽と救出に現れたって良いじゃないか。囚われの王子を連れ出す破天荒な姫、うん、完璧だ。
その想いは今も変わらない。
でも、

もう身体が言う事を聞かない。

いつだったか、ファントムが鉄格子の向こうに現れたのは。
紫の瞳に今まで見た事が無い程冷酷な光を宿し、笑みの欠片も浮かべず無表情にファントムは言い切った。
君が憎い、
と。
アルヴィス君の全てを持っている君が憎い、本当は今にもバラバラにしてしまいたいと。
正直、ぞっとした。
震えが止まらなかった。
情けない、愚かな、小心者。
どんな非難も甘んじて受けよう。
だが確かにあの時、鉄格子の向こうで対峙するファントムは、一部の隙も無く全身から殺気を放っていたのだ。
殺される、
そう思った。
間違いなく、自分は死ぬ。
唇を噛み覚悟を決めた俺の前で、しかしファントムは急ににやりと嗤い、こう言った。
君が憎い、
今すぐ殺したい程に。
だからね。
君には簡単に死んで欲しくないんだ。
一見矛盾を孕んだようにも思えるその発言に、しかし俺はぞっとした。
先程とは比べ物にならない程嫌な悪寒がした。
ファントムの手が鉄格子の隙間からこちらに伸び、
それを視界の端で捕らえて咄嗟に後ろに飛びすさろうとした、だが、
俺の首をファントムが掴む方が先だった。
首が締まり、息が詰まる。
かくん、と頭を大きく仰け反らして喉を晒した自分は、さぞかし人形じみた滑稽な姿をしていただろう。
容赦無く首を締められ、
視界が明暗を繰り返し、
ああ死ぬんだ、
そう思った。
だが、
『ねえ』
ねっとりとした冷たい声が聞こえてきて、
『簡単に死んで欲しくないって、言ったでしょう?』
思い切り突き飛ばされた。
解放された喉元から多量の息が肺に飛び込むと同時に、
空を切った身体が壁に叩きつけられ全感覚が停止する強烈な衝撃。
ぐったりと半ば床に倒れ込んだ俺に、
ファントムは確かにアームを放った。
そう、
最悪で最凶な、
『簡単に死なないでね』
呪いのダークネスアームを。
『せいぜい苦しんで』



ファントムが俺を全力で苦しめるのが目的なら、その目的は充分すぎる程に果たされた、そう思う。
俺はホーリーアームと最高に相性が悪いから元々持っていなかったけれど、どちらにせよ俺は魔力を使い果たしていたから持っていたにしても呪いは解けなかっただろう。
つまり、
呪いはいとも簡単に俺の躰を進行した。
あの時、ファントムに投げ捨てられ首元に落ちた冷たいアームは、まるで湖面に落ちた小石のようにずぶずぶと俺の喉元に沈み込んだ。
ただし小石と違ったのは、俺の首元に半ば埋没したまま沈むのをやめたということだ。
鏡なんて無いからわからないが、今多分俺の首には拳大のリング型アームが半分埋まっているという、別に趣味でも無ければ似合う訳でも無いグロい装飾が施されているだろう。
別に痛みは無かった。
そう、痛みは無かったんだ。
そのとき、は。



「……っ……」
思わず漏れた苦痛の声に顔を顰め、俺は鉄格子に強く強く額を押し付ける。
堪らず右手で首元を押さえつければ、リングが発光しているのが見なくてもわかった。
火傷しそうな熱さが右手を通して伝わる。
それと同時に、
躰に走る激痛。
「……ぅぁああっ…」
がくん、と膝から力が抜けていく。
ずるずる、と鉄格子づたいに床に沈み込む躰。
俺は浅く早くなる呼吸を何とか落ち着かせようとして、
首元から発せられた全身を余すとこ無く伝わる激痛に、
意識が遠のいて、
失敗、
した事を、
知る。
「……ぁぁあぁああ」
引き攣る、声。
それを情け無く思う余裕は、
とっくに、消え失せている。
右頬に感じる冷たさに、俺は自分が床に倒れ込んだ事を他人事のように悟った。
視界が暗い。
痛い。
息が吸えない。
呼吸が、
思考が、
感情が、
まとまらない。
「……ぅぁああっ」
突如、頬に灼熱が伝うのを感じた。
ひどく遠いその熱の理由を、ぼんやりとした頭で考える。考えて、みる。
僅かな寸断を経て襲われる痛みに、思考はいとも容易く遠ざかりばらばらになるが、うっすらと、これは涙だ、という結論に至った。
俺は、
泣いているのか。
「……っぁぁあああぁぁああ!!」
激痛に、
全てが、
眩んだ。




「……アルヴィス……」
名前を、呟いてみる。
鉄格子に強く額を押し付けて、
ごめん、と呟く。
ごめん、アルヴィス。
お前の為なら、どんな痛みだって耐えてみせると思ったけれど。
どれだけファントムに苦しめられようと、喜び嘲りながら受け入れてやろうと思っていたけれど。
もう、限界みたいだ。
苦痛に耐える事が、
では無く。
耐える、為の、
躰自体が。


そうだ、そもそもファントムは死なせない、とは言わなかった。
『簡単に死なないでね』
そう、言ったんだ。
毎日きっちり与えられる2回の食事も、厳重な監視と拘束の元とは言え定期的に連れ出される排泄と水浴びの時間も、
奴にとっては、俺の苦痛を更に増す為以外の何物でもない。
そんな事は分かり切っていた。
餓死させるよりも、自殺に追い込ませるよりも、
アームを通して自分の手で苦しめたい。
そんなファントムの歪んだ欲望には、とっくに気が付いていた。
だが、俺は愚かにもひとつ見落としていた。
ファントムがいつか必ず、
俺を『殺す』だろう事を。


『簡単に死なないでね』


【でも】


【いつかは殺すよ】


そんな、言葉にしなかった明確な結末を。
俺は、愚かにも忘れていた。
違う、気付かないフリをしていたんだ。
この痛みに耐え続ければいつか、
アルヴィスを助け出す隙が必ず、
何処かに出来るんじゃないか、って、
そんな、
馬鹿な考えを。



「……アルヴィス……」
名前を、呟く。
何度、その名前を呼んだだろう。
何度、その顔を思い浮かべただろう。
勿論、他のメルのメンバーの事も考える。
でも、
やっぱり、
俺はお前を1番強く想ってしまうんだ。
「……アルヴィス……」
アルヴィス、時間はどれくらい経った?
アルヴィス、お前の呪いは回り切ってしまったか?
俺の助けはもう間に合わないか?
ごめんな、アルヴィス。
お前を、助けられなくて。
「……ぐっ……」
俺は唇を強く噛み締め、胸元から這い上がってくる灼熱を堪えようとした。
だが、
夥しい勢いで喉を焼くその熱は、
俺の意思を乗り越えて、
簡単に口から吐き出されてしまう。
「……うぁあ……」
液体が固い床を跳ねる音に、俺は更に吐き気が増すのを感じた。
口元を拭えば、べったりと付着する粘着性の熱。
鉄格子の外に広がったソレは、薄暗い通路を照らす僅かな灯りの中、確かに赤く浮かび上がった。
鼻にツンと来る鉄錆の匂い。
吐き気が、した。



吐血が止まらなくなったのはここ2,3日。
意味も無く規則正しい生活をさせられているせいで体内時計はあまり狂っていないようだから、おそらく間違いはないだろう。
そして、無言で血を片付けるペタが何処か哀れむような目でこちらを見ているのに気が付いたのは、自分が吐いた血を宿敵に後始末されているという屈辱に慣れ始めてから間も無くだった。
俺は戦闘以外に関しては鈍い鈍いと散々言われてきたけれど、
さすがに、そこまで鈍くは無い。

ああ、
俺は長くないんだな、

と、
まるで他人事のように、
簡単に悟ってしまった。
いや、わかっていたんだ。
もう鉄格子に魔力をぶつけるどころか躰がろくに動かない事も、
時たま外に出されても引き摺るようにしか足が動かせなくなった事も、
食事を受動的に口に運んでも飲み込む意思が湧かなくなってきた事も、
そう、
全部、
全部わかっていたんだ。
俺は、
もう長くないって。
苦痛に精神は耐えられても、
躰は限界を訴えている。
崩壊寸前の躰を見て、ファントムは座上でさぞかし嘲笑している事だろう。
ペタにすら同情の目を向けられる程、俺は衰弱し切っているのだから。
別にそれは構わない。構いやしない。
そんな事を気にする程、もう俺にプライドは残っていない。
ただひとつだけ、
ごめんな、
と思う。
アルヴィス、ごめんな?
お前の言う通り、もっと修行していたら、こんな簡単に躰が限界に達する事も無かったのかな?
赦してくれ、
なんて言わない。
言えない。
ただ、
ごめんな、と思う。
もうきっと、お前は永遠に囚われてしまったよな?きっともう2度と、限りある生の躍動を感じられない道に貶められてしまったよな?
ごめん、
ごめんな。
これで俺が死んでしまったら、
二度と、お前には逢えないだろう。
だって、お前は永遠を生き続けるから。
「……アルヴィス……」

名前を、

何度も、

呼ぶ。

なぞるように。
辿るように。
過去を。
軌跡を。


でも、
でもな、
アルヴィス。
俺の躰は死んでも、
この想いだけは永久に死なないよ。
きっと、いつまでもお前を想い続けて、お前と共に永遠を巡る。
だから、アルヴィス。
「……アルヴィス……」
許して。
お前を、独りにする事を。
届かない時間に、
お前を1人置いて行く事を。
「……アルヴィス……」
名前を、呟く。
血の混じったこの声じゃあ、その名前の綺麗な響きも濁っちゃうな。
「……アルヴィス」
アルヴィス、
どうか、
俺の分まで、生きて。
もう2度と逢えなくても、
お前の目には写らなくても、
お前の心に届かなくても、
俺の想いは、
願いは、
感情は、
いつまでも残り続けるから。



「……じゃあ、な」
さよなら、アルヴィス。
カミサマなんて信じちゃいないけど、
願わくば、どうか。




どうか、最期にもう1度、アルヴィスと逢わせてくれませんか。





【最憂の空間より、この永遠の感情を最愛の君へ】



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