My lover. | ナノ




ちょっとストップ、お気に召してしまったもので

■ ■ ■


 最近、面白い観察対象が出来た。


「……雲雀、……さん」
「何。あとその微妙なさん付けは、なんなの」
「いや、やっぱ仮にも委員長だしおそらく先輩だし……なんとなく気が引けて」
「仮にもだとかおそらくだとか、君って本当に失礼だよね」
「いやだって、特に年齢に関してはほんとに意味不明だし……じゃないんですよ。これ、ここのデータどうしたらいいんですか」
「そこらへんの見て学びなよ。僕は今から校舎の見回りがある」
「ええー……」

 すっぱり切り捨て言い放てば、途端に困り顔になる相手。
 小動物と同学年、それも「小学校からの腐れ縁」だという彼は、ここ最近、毎日応接室で風紀委員の仕事を手伝っている。沢田綱吉の身代わりとして。

 ほんとろくでもない、とかなんとか呟いているのが、こちらに聞こえていないとでも思っているのか。草壁あたりなら真っ青にして身構えそうな郁の悪態に、でも、なぜだか雲雀はトンファーを振るう気にはなれないのだ。
 仕事がよくできるからかな。ちらり、ソファに行儀よく座る相手を横目で見る。

 眉根を寄せつつパソコンに向かい、パチパチとキーを打つ彼の名前は、佐藤郁――7日間、この応接室で働くことになっている、本人曰く「沢田の代理」。
 でも彼がいると仕事がはかどるし、もう少し期間を伸ばしてもいいかな――そんな、相手が知ったら青ざめそうな考えを巡らせながら、雲雀は学ランを翻し廊下に出る。しん、と静まり返る廊下の上、窓から差し込む夕陽の眩しい光が、黒い影を作っていた。

 今日は早めに切り上げて、コーヒーをまた淹れてあげようか。
 そうすればきっと、あの子は驚き顔をして、それからちょっと嬉しそうにコーヒーをすするに違いない。

 そんな、いつもなら心の底からどうでもいいはずの事を、らしくもなく楽しみにしている自分に気が付いて――はて、この心境は一体どうしたものだろうかと、雲雀は1人首をひねって、応接室の外に出た。






「帰ったよ、佐藤。仕事はどこまで、……って」
 ガチャリ、応接室のドアを開けてまばたきをする。
 もう日も沈んだ真っ暗な窓の外、いつもなら煌々と電気の光が照らしている応接室は、今現在、なぜか外と同じ真っ暗な闇に沈んでいた。――電気がついていない。

 眉をひそめて電気のスイッチを入れたところで、暖房の電源もついていないことに気が付いた。もうこの時期気温はかなり低く、特に日が沈んでからはよく冷え込む。
 彼にも、この時間には暖房を入れていいと言ったはずのに。現にここ数日間、彼は電気も暖房もフル活用して仕事をこなしていた。
 電気もつけずに、一体あの子はどこへ行ったのか――そこまで考えたところで、ふと微かな寝息が耳に届く。

「ん……すう……」
「……。」

 もしや。
 ぐるりと雲雀がソファの前へ回ったところで、寝息の正体が判明した。というより、もとから彼しか思い当たる人物なんていなかったのだが。

 呆れて雲雀が嘆息する前、開きっぱなしのノートパソコンの横に顔をのせ、ソファから半分ずり落ちかけた状態で、佐藤郁はすやすや眠っていた。何というか、凄い体勢だった。

「……君、仕事終わってないでしょ」

 白く発光する画面を覗き込む。予想通りというか、パソコンの表示は自分が出て行く前と、ほぼ変わらぬ状態を示していた。
 全く――ため息をつきながら、眠る横顔を覗き込む。
 
 すう、と目を閉じ机に突っ伏した、その顔は普段よりほんの少しだけ穏やかで、あどけない。雲雀は口元を微かに緩め、伸ばした指先で郁の前髪を気まぐれに絡めた。
 他の人間だったら、即刻咬み殺してもいいはずなのだが――何というか、やっぱり自分は彼に甘い。そのことを、雲雀は今更ながら自覚した。

 なぜだろう。彼の手際の良さはもちろんだったが、自分に妙にびくびくしない態度、媚びを売るわけでもなく常に真顔で誰にも変わらないあの接し方が、もしかしたら自分の中の何か、ツボとでも言えばいいのか――とにかく、どこかにはまってしまったのかもしれない。

 今日はやっぱり9時コースだね。
 眠る横顔にそう呟いて、雲雀はくしゃりと郁の前髪をかき乱してやった。

 コーヒー出してあげるから、精々頑張りなよ、郁。




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