エピローグーねむる君へ
■ ■ ■
「……雲雀、恭弥」
「やあ。来たね、六道骸」
どこかためらいの残る骸の声掛けに、しかし一方の雲雀は平然としたものだった。
突如現れた相手にもかまわず、雲雀は銀のジョウロを片手で傾ける。チャプン、中の水が揺れ、跳ねた。
「……君は」
「この前、全て見ていたんだろう?『契約』がどうなったかは知らないけれど、君の言い分通り僕の魂はあげるから安心しなよ」
微妙に言いよどむ骸に、やはり平然と雲雀は言い放つ。
そのジョウロの先から零れた水が、白いマーガレットに弾かれ、光った。
「……いいえ。君の魂は、いりません」
「?へえ」
唐突な骸の言葉に、雲雀はひょいと片眉を上げる。
「それは、意外だね」
「君も、あの彼も……人間というものは、本当に不可解だ。ですから、いりません。あんなふうに礼を言われるのも、君がそうも晴れ晴れとした顔をしているのも、全て僕には謎でしかない。まったく持って、……不愉快だ」
「ふうん」
目を逸らし、次々と言葉を並べ立てる骸を眺め、雲雀は微かに口角を上げる。
一方、骸は言いたい事は言い尽くしたといわんばかりに、おもむろにくるりと背を向けてみせた。
そのまま一歩踏み出しかけて、ふとその紫紺色が振り返る。
「……花、育てているのですか」
「まあね」
空になったジョウロを振って、雲雀はうっすら微笑んだ。
その後ろで、赤と黄色と白と青、いくつもの色が閃き返る。
「あの子が、残していった花だから」
骸は、何も言わずに目を細めた。そのまま、口を開かず背を向ける。
ただ、その姿が消える直前に――ひとことだけ、呟くように言葉を残し。
「……確かに、綺麗ですね」
誰もいなくなった花畑の前、雲雀はふっと頭上を見上げた。
周りを取り囲む色とりどりの花々の上、広がる空は対照的なほど青一色だ。
「……見てるかい。英斗」
もう、望みはしないから。
君に、隣にいて欲しいとは。ーーだから。
「……来年も、咲かせてあげる」
君が咲かせた花達を、超えるくらいに綺麗な花畑を。
澄み渡った青空の下、鮮やかに咲き誇る花々の片隅で。
転がった銀のジョウロが、日光を受け音もなく煌めいた。
……fin.