I want to bite you to death! | ナノ
ザンザスの場合

■ ■ ■


「…城内が荒れてると思えば、テメェか」
「久しぶり。んで、」

玉座の間にふさわしく、2人きりの場はぴんと空気が張り詰めていたのだがーー次の瞬間、雛香の笑顔とともに、一瞬でふにゃっと緩まった。

「あいっかわらずかわいーな、ベスターっ!」

肘掛け椅子のその真下、ザンザスの足元に寝そべる白いライオンに、雛香はおもむろに飛びついた。
しかしベスターは驚く様子もなく、喉と背中を同時に撫で始めた雛香へ、ゴロゴロとただ喉を鳴らす。

「かわいー、まじかわいい。愛くるしいってこういうことを言うんだろうな」
「24になってもそれか、テメェは」
「だーってめっちゃ可愛くねベスター。俺、ケルの次にこいつが可愛い。もう欲しい」
「俺と同等の炎を出せるようになったら考えてやる」
「それはムリだな」
「ハッ、なら一生無理だなカスが」

鼻を鳴らしたザンザスに、雛香もふん、と口を尖らせる。

「べっつにいいし。俺にはケルっていう超可愛い相棒がいるんだからな。羨ましがってもあげねーぞ」
「テメェの相棒は別だろうが」

素っ気なく、そしてよどみなく返されたザンザスの言葉に、雛香は微妙に表情を固まらせたが、次には笑みへと切り換えた。

「誰。雲雀の事?」
「よくわかってんじゃねえか」
「相棒、ね。雲雀が聞いたら顔しかめそう」
「ハッ」

今度ははっきりと嘲りの色を浮かべ、ザンザスは再度鼻を鳴らした。

「噂は丸聞こえだ、どカス。ボンゴレ雲と次期門外顧問、組めば恐れるものは何もない、最強最悪のタッグだってな」
「…へえ、随分と過大評価してくれんじゃん」
「ちげぇのか」

鋭い眼光をやるザンザスに、雛香は唇の端をつり上げた。皮肉っぽい笑みが、その口元を彩る。

「珍しいこと聞いてくれるね。最強最悪はこのヴァリアーだって、ザンザスなら言いそうなのに」
「今日のテメェは、妙な顔付きしてやがるからな」
「……へ」
「見抜けねぇとでも思ったか、どカスが」

するり、背中から落ちた雛香の手に、ベスターが顔を上げクンクンと小さく鼻を鳴らす。
だが雛香は自分の手が止まったことにも気がつかない様子で、どこか頼りなさげな視線を床へと向けた。

「……やだなあ。スクアーロといい、ヴァリアーって超能力でも使えるわけ?全員マーモンなの?」
「物事はぐらかしたい時にペラペラ余計な喋り入れんのは、ここ10年でてめぇが身につけたくだらねぇ策だ」
「…雛乃から学んだんだよ」
「んなことは聞いてねぇ」

短く、しかし確かに切り捨てるように言ったザンザスの瞳が、足元で膝をつく雛香へと向けられる。
雛香は顔を上げない。どこか虚ろな視線をさまよわせるだけだ。

「……最近、…見るんだ」
「何をだ」
「……夢を」
「ゆめ?」
「…ああ」

ザンザスは眉を寄せた。他の輩なら馬鹿馬鹿しいと一発くれて終わらせるところだが、相手がこの青年なら話は別だ。

「…夢…いや、夢にしてはやけに生々しくて、…」
「……。」
「…いや、うん。なんでもない。ただの夢だ」
「…あぁ?」
「やっぱ今の取り消し。忘れて」

突如、緩い笑みへと表情を変え顔を上げた相手に、ザンザスは更に険しい表情をする。
そして、おもむろに銃を取り出すと、ん?と首を傾げた雛香へ、
次の瞬間、


ーードガンッ!!


何の躊躇いもなく、
撃った。





「…ケホッ、けほっ…ちょっ、殺す気か」
「大した威力は込めてねぇ」
「んな事知るか、憤怒の炎入れてんじゃねえよ。…げほっ」

白煙、そして硝煙の匂いが漂う中で、膝をついた雛香が間を空けながら数回咳き込む。
その後ろ、ぎりぎりで雛香が避けた地点は灰と粉塵の塊へと姿を変えていた。
煙とともに、ぷすぷすと時折嫌な音があがる。

「なんでいきな、りっ?!」
「どカスが」

ようやく咳が収まり始めた雛香の襟元が、手荒くぐいっと引っ張られた。
目を白黒させた雛香を眼前に引き寄せ、鋭い眼光を宿したザンザスは口を開ける。
今にも殺しかねないような、鋭利な光を雛香へ向けて。


「何、隠してやがる」


すぐ目の前、物騒な目付きで見据えるザンザスにー雛香は、一瞬で目を伏せた。

「…別に、何も」
「それこそ嘘だな」
「…忘れて、っつたら?」
「…なら、」


テメェがヴァリアーに入ったら、考えてやってもいい。




しばらくして、雛香の襟元から手が離れた。
とさっ、と再び床へ膝をついた雛香へ、ザンザスは低く唸るように言い放つ。

「…その顔見せるようになったのも、ここ2、3年の事だな」
「…何、その顔、って」
「とぼけんな。…その緩い笑いだ」
「……。」
「ハッキリ言っておいてやる。その顔が、俺はてめぇの表情の中で1番嫌いだ」
「…何それ」

静かに立ち上がった雛香は、どこか苦々しげなザンザスの口調に笑みを浮かべた。
痛むのを堪えているような、ーーどこか、歪んだ笑みを。

「…スクアーロといい、なーんで皆、こんな俺に誘いをかけてくるかなあ」
「ボンゴレにいるわりに、テメェ自身は全く守られてるように見えねぇからだ」
「は?それこそ何って話じゃん。俺は守る立場であって、守られる立場ではないよ?」
「ウゼェ」

吐き捨てたザンザスに、雛香は音もなく背を向ける。

「そのごまかすための長ったらしい御託は、いらねぇ。…相変わらずの度が過ぎる自己犠牲精神、何とかしろって言ってんだ。カスが」

炎で崩れた場所を避け、扉に手をかけた雛香は一度だけくるりと振り返った。
その顔に、やはり貼り付けたような笑みを浮かべ、そしてーーただ唯一、その目に泣きそうな色をのせ。

「…ザンザス、」
「クソガキが」
「次会えた時は、ーー」


さらに雛香が口を動かす前に、
重たい鉄製の扉が重厚な音を立てて、閉まった。





「……カスが」

雛香が消えた扉をしばらく眺め、ザンザスは低く呟いた。
10年前、弟の代わりに自らを差し出した、あの時となんら変わりない瞳をした青年の姿を思い浮かべーー鼻を鳴らす。


「……いつまでも経っても、変わらねぇ」


だから、腹が立つ。
ザンザスの足元で、ベスターが不安そうにゆらり、尻尾を揺らして主人の方へ顔を上げた。


「……テメェはもう少し、テメェ自身の心配をしとけ」


吐き捨てられたその言葉は、
ぴたりと閉まった扉の向こうには、届かない。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -