未来へのエピローグ
■ ■ ■
その訃報が届いたのは、数ヶ月後の事だった。
「……だっからヘルリング、わざわざ返しに来たんですかー?律儀な人ですねー」
パサ、とフランの手のひらから花が落ちる。
白いそれは黒い棺桶に当たり、空虚な音を立て動きを止めた。
「ベル先輩は荒れるしボスも機嫌悪いですし、もう城内ゴタゴタですよ。どーしてくれるんです、」
そこで一旦言葉を切って、フランは冷めた瞳で足元を見た。
「ねえ、 雛香さん」
黒いそれは、何も答えない。
ざあ、と風が吹くその中で、フランは無表情のまま棺の表面を眺めていた。
「…結局、師匠には会えたんですか?あの人けっこー根に持つタイプなんで、後でどーなっても知りませんよ」
風が、ただ吹き抜けていく。
答えは返らない。静かだった。
静かな、午後も終わりの森の奥。
「……ミーがバカみたいじゃないですか」
吐き捨てるように言う前で、けれど動くものは何もない。
「デートの約束、楽しみにしてたのに」
そこまで言ったところで、ふとフランは顔を上げた。
目を細めた彼の前、不意にカサリと木の葉が動き、その間から1人の青年が現れる。
足元の棺と同じ、黒に身を固めるーー切れ長の目の青年の姿。
「……わー」
「…君、何してるの」
一瞬、動きを止めた雲雀は、そのまま棺のすぐ側へと足を進める。
フランは肩をすくめ、近付く黒いスーツをただ眺めていた。
「ちょっと、恨み言をつらつらと」
「ふうん」
どうでもよさそうに返事を返す雲雀に、フランは聞いたくせにと内心呟いた。
まあ気にしない、彼はいつもそうだ。
「そうだった」。少なくとも、雛香が隣にいた、あの頃は。
「…花、献げに来たんですー?」
「献げに?違うよ」
雲雀は足を止め、黒い棺を見下ろした。
それに習うようにして、フランもまた視線を落とす。
爪先に横たわる、無機質な棺桶を。
「…じゃあ、恨み言ですかー」
「いいや。恨みなら言い尽くしたしね」
さらり、答えた雲雀が顔を上げ、いきなり目が合ったフランは思わず動揺する。
雲雀の瞳が、想像と違い妙に力強く光っていたからだ。
「早く行きなよ。もう用はないんでしょ?」
「…冷たい人ですねー。もう少し雛香さんとミーのラブラブタイムを続けさせてくださいよ」
そこまで言ったところで、フランは軽く口角を上げた。似合わない、自嘲に近い笑みを浮かべる。
まあ、ミーのひとり語りなんですけど。
呟いた口調は至極どうでもよさげなものだったが、それを聞いた雲雀は目を細めた。
そのまま、口を開く。
「間も無く、そうじゃなくなるよ」
「…は?」
「……死なせない」
雛香は、必ず『取り戻す』。
フランはしばらく口を閉ざしていたが、やがておもむろに口元を緩め、笑んだ。
「…じゃあ、デートの約束は有効ですねー」
「デート?何それ。僕が許可しない」
「……独占欲の強いヒトー」
くるり、フランが背を向けた。
彼の後ろ、雲雀の前で、風に吹かれた白い花の花弁が散る。
「じゃあ、ミーはもう行きます」
「早く行きなよ」
雲雀の声を背中に、フランは1人歩き出した。
「……雛香」
呼び掛けても、返事は返らない。
知っていた。
知っていて、呼び掛けてしまう。
片時も離れない、笑んだ黒の瞳。
「…デートなんて、僕聞いていないんだけど」
黒く艶めく表面は、何も言わない。
うっすら、その上を指先でなぞって、雲雀は無表情のまま目を閉じた。
「……雛香」
許しはしないから。
また会える、その時までは。
残された緑の中に、浮き上がるような黒がぽつんとひとつ。
白い花の破片に彩られ、棺は静かにそこにあった。
動く物など何ひとつないーーその場所で。
やがて来たる、1人の少年を待ち続け。
I want to bite you to death!< inヴァリアー>……Fin.