雲雀の場合
■ ■ ■
城外へ出て(入口、失神させた見張りの体は消えていたから、おおかたレヴィがなんとかしてくれたのだろう)、いくらかもいかないうちに気配を感じた。
「雲雀」
「長かったね」
不機嫌そうに光る切れ長の瞳。ぎらりと黒く煌めいている。
「あれ、なんで俺がここにいるってわかったの」
「任務中にヘルリング返しに行きたいってぶつぶつ言ってたの、どこの誰だい」
「え、まじ?」
心の声漏れまくってたんだな。そう言って笑えば、雲雀が大きく一歩踏み出した。
思わず後ろに引きかけたところで、ぐっと襟元を掴まれる。
「…えーと?なんかすんごい因縁でもつけられそうな体勢なんだけど」
「何馬鹿な事言ってるの?」
雲雀がさらに襟を引く。身長差があるせいで若干踵が浮き上がるが、それはちょっとプライドに関わる。
しかも雲雀は特に何をするというわけでもなく、じろじろ首やら口元やらを見ているだけなのだ。まったくわけがわからない。
だが経験上、ここで暴れると後が面倒くさいことはよく知っていたので、雛香はとりあえず黙ってされるがままにしておいた。
「…ふうん。特に何もされてはないようだね」
「?は、何、って?」
「……ほんと、鈍い」
「…?」
襟元が解放される。
雛香は首を傾げつつ服を直して、くるりと背を向けた雲雀の後頭部を眺めた。
表情が見えないせいで、何を考えているのかいつも以上に見当がつかない。
「雲雀?」
「ねえ、雛香。次からは、」
「ん?」
僕も、ちゃんと連れていけ。
ぱちぱち、数回瞬きをして、それから雛香は声を立てて笑った。
「了解」
「何笑ってるのさ」
「いや」
なんでも。
そう言って、雛香は不機嫌そうな顔をして待つ、雲雀の元へ駆けだした。
それ、嫉妬?
そう聞ける勇気も機会も、自分にはもうない。
ただ、「最強最悪のタッグ」と呼ばれるだけでもかまわない。
この微妙な立ち位置でも、雛乃を守り、雲雀と側にいられるなら、ずっと――。
『……雛香ちゃん』
笑む薄い色素の瞳。伸ばされる手のひら。
いつも見る夢の、その片鱗。
ーそう、嫌な予感とともにすぐ側に迫る、
「終わり」を迎えるその日までは。
背を向ける雲雀、追いかける雛香、
互いの心中など欠片も知らず、2人は並んで歩き出す。
近い将来、何が起きるかなど――露ほども知らないままで。