愚かな被食者
■ ■ ■
「ほら、血だ」
ひゅん、声とともに投げられた小瓶に、神威は顔をしかめる。
「…普通に渡せないのか」
「普通に渡したら神威の嫌な顔、間近で見ることになるからね」
そんなのヤダよ。
笑いを含んだ声音が、灯りのない暗い部屋を静かに切り裂く。
「…昴流には、直で飲ませてると、聞いた」
「ああ。だって昴流は申し訳なさそうな顔をするけど、嫌そうな顔はしないからね」
さらり、言われた言葉は鋭利な毒を含んで笑っていた。
「……お前は、嫌じゃないのか」
「えー?なに、聞こえないよ」
「…なんでもない」
「ええ?」
ちゃんと言い直せよ、そう言って快活に笑った伊織の気配が、近くなる。
月光の明かりが鈍く射し込む薄暗な部屋を満たす、たった2人の存在感。
「…嫌じゃないよ」
「は?」
「嫌じゃない、って言ってんの」
ぎし、神威のすぐ隣で、確かにそうきしむ音がした。
音なんて鳴るはずのない、柔らかなソファのすぐ上ー正しくは、神威の膝上で。
ー神威のためになるなら、ね。
首に手を回し、耳元でうっすら囁かれたその言葉に、
神威は目を閉じ、馬鹿なやつ、と小さくつぶやいた。