お題 | ナノ
狂人、一歩手前/死ネタ

■ ■ ■


 涙が悲しみを癒してくれるなんて大嘘で、だってもしもそれが本当なら、僕はとっくに君のことを忘れているわけだ。だが現に今僕は未だにこうして君の前に膝をつき笑えばいいのか泣けばいいのか怒ればいいのか、全くもって混沌とした感情を身の内に宿して、持て余し気味なこの感覚をどうすればいいのかわからずにいる。
 先に言っておく、別に僕は悲しいわけではない。嘲りたいわけでも罵りたいわけでもなんでもない。なぜなら僕が執着を覚えるのはあの並盛ただそれだけで、いくら彼が財閥委員の1人であろうと、僕が認めざるをえないくらい優秀で草壁より上位な立場に上りつめようと、僕の側近となって誰よりもよく僕に尽くし僕の感情に気付き僕の分身のように動こうとも、そう、この僕がごく個人のために時間と感情を割くだなんてそんなこと。
 そう、だからこれはきっと夢なんだ。僕が信じられないほど僕らしくなく取り乱していること、仰向けに転がった君の瞳がもうどこも見ていなくて空っぽなこと、その投げ出された手を意味もわからず震える手のひらで僕が包みこんでいること、
 そう、これは全部嘘だ。夢だ。
 ああろくでもない夢だ。この僕にそんな思いをさせるなんて本当にろくでもない、でも相手は夢だから咬み殺せもしない。仕方ない、目覚めたら伊織を探そう。歩いてアジトを探し回って、見つけたら徹底的に咬み殺そう。そうしよう。
 そして床に無様に転がって、のびる寸前くらいで動けずにいる君の上にまたがって首にトンファーを突きつけて、僕は言うんだ。

「ずっと前から君が好きだ」って。

 うん、そうしよう。それがいい。そろそろ潮時だと思っていたし、これ以上先延ばししても無意味だろう。
 ああだけど問題がただひとつ、僕は震える手のひらを見つめて深く息を吐く。体が熱い。握った指先は凍えるように冷たいのに。


 この夢から、早く目覚めなくちゃ。


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