黒に堕ちる | ナノ

友達
僕はファントムを許さない。
いやあんな奴名前を出すだけでも不快だ。不愉快極まりないもったいない、やっぱりネジのぶっ飛んだあほ司令塔と呼ぼう。うんそうしよう。
だが僕がどれほど脳内で白髪野郎を罵ったところで、現状に違いは生まれない。
ちらり、僕は大広間の向こうへ視線をやる。
すると、先ほどから微動だにしない仮面の人と目が合った。
いや合った、というのは間違ってるかもしれない。なんせ相手は仮面を付けているのだから、もしかしたら合っていないかもしれない。でも仮面はこっちを向いているから、僕は無駄に緊張してしまう。
現在、大広間でこの無言仮面さんと2人きり。
これもそれも、全てはあの大ボケ司令塔のせいなのだった。



「…あの、キメラさん、ですよね?」
おそるおそる声を掛けると、返ってきたのはやっぱり無言。
別に僕は気弱じゃないが、こうも無反応だと泣きたくなってくる。いやだって僕悪くないだろ。



『友達』



かれこれ思い返せば数時間前、あの白髪に連れられてこの大広間にやって来たのが全ての始まりだったのだ。
『ここにキメラいるから』とそれはそれはとっても良い笑顔で語尾にはきれいに星マーク、うんそれはいいんだが僕は一体どうすれば?
『ノアなら良いトモダチになれると思うよ』と僕が求めているのとは全く異なる次元の回答を返してきたネジ抜け司令塔は、あっさり僕を置いて出て行ってしまった。
つまり、残ったのは僕と、白ずくめの仮面キメラさん。

…で?

これはもういっそ出て行った方がいいんじゃないだろうかと僕が頭を抱えたくなってきたところで、ふいに小さな音が聞こえた。
え?
顔を上げると、わずかにフードを揺らすキメラ(さん)。
「…トモダチ」
「………はい?」

しゃべった、気がする。

「…ファントムに言われたが」
「あ、は、はい」
うわあ口聞いてくれた良かったあと内心拍手喝采な僕に、しかし相手はずいぶん淡々としている。
ん?なんかおかしくないか?

「くだらない、ね」

はっ、と小さく息を吐く声が聞こえた瞬間、
僕は自分と相手の間で、おそらく何かとんでもない思考のずれが生じているのに気がついた。




「ハウリングデモン!」
手があ!手があ!!何あれ人間?!
とかアホな事やってる暇は無い。僕は反射的に右手のアームを発動させた。
「パラサイトドール!」
ブレスレットから現れたのは蜘蛛の巣を背負った人形。我ながらなかなか不気味な外見だと思ってはいたが、これを上回るアームがまだあったとは。
轟音と共にキメラ(もう呼び捨てでいいかな)の衝撃波がドールの蜘蛛の巣バリアにぶつかる。しかし次の瞬間、さらなる衝撃波が空を切った。
「?!」
目を見開く僕の頭上、キメラがふわりと浮かび上がる。僕のドールは、未だ波動の防御にとどめられ、とてもじゃないが手が回らない。
「リリア!」
叫んだ僕にキメラが腕を向けた瞬間、間一髪で割り込む人影。
長い黒髪をなびかせた僕のガーディアンは、目の前まで迫っていた相手のふいを打ち、腹へ手にした鎌の柄を打ち込んだ。
「!カハッ、」
今だ。
衝撃波を全て吸収したパラサイトドールを消し、僕は空を飛ぶ白い人影へ目を向ける。リリアの一撃を食らったキメラは、しかし床へ激突する前に体勢を立て直した。まじか。

「…意外とやるじゃないか」
「?」

立ち上がったまま動かないキメラ。呟かれたその声音に、僕は何か違和感を覚えて眉をひそめた。

「いいね、本気を見せてやるよ」

全く有難くない宣言とともに、パカリ、軽い音を立て外される仮面。
その下から現れたのは、

「…女の、人?!」
「そうだよ」

右目が色々とエラいことになっている、しかし確かに女の人の顔。
「さて、なかなか良いコレクションになってくれそうだね、お前」

……え。
コレクション?ええと、何の話かな?

「最近制裁したポーンを見てないのか?蟲だよ、その可愛い身体を醜くしてやる」

…多分何かの間違いだと思う。おそらくかなり高度な聞き間違いだと。

「キマイラ!!」
轟音。凄まじい魔力。
非常に残念な事を僕に告げる、どうやら聞き間違いではなかったようだ。
とっさに顔を腕で覆った僕の頭上、恐ろしいほど巨大な怪物が出現した。何が恐ろしいって僕の表現力では言い表しようのない恐ろしさだ。フォルムもフォルムだが何より中心にキメラが埋まっているというのが怖すぎる。何なんだあの人は。
「死ね!」
叫び声と共に突っ込んでくる巨大生物。ちなみに中にはめっちゃ笑ってるキメラがいる。あとコレクションうんぬんの話はどこに行ったんだろう。これ死なせる気満々じゃないか。
山ほど突っ込みはあるがとりあえず僕はあのアホ司令塔を呪う。今更気付いたがこれゴーストアームだろ、こんなん使う相手にどう勝てと言うんだ。あまつさえどうしたら友達にという思考回路が出来上がるんだあの大ボケは。

「…仕方ないか」

鼓膜を震わす振動、床にめり込む巨大な拳。
ギリギリで避けた僕は、振り上げられた左手を見、首のネックレスを引きちぎった。
ためらわず、空へ放り投げる。
「何をしても無駄さ!!」
「ダークネスアーム」
責任はあのあほ司令塔に取ってもらおう。
僕は心の底からそう思い、全身の魔力を込めた。

「磔の呪われ人形」

次の瞬間、投げたアームが眩むような黒い光を放った。




「…な、に……」
大きく目を見開くキメラ。
そうだよね、そりゃそうだろう。
僕だっていきなり身体が動かなくなったら、たぶん同じ反応をする。

今がチャンス。

僕はこめかみから大量の汗が流れ落ちるのを無視し、たたっとキメラに駆け寄った。
「あの!僕の話を聞いてくれ!」
「…何?」
なんとか身体を動かそうと魔力を高めているキメラが顔をしかめ、僕を睨む。やめてください。
というか、これだけ巨大なゴーストアームを発動させておいてなぜまだ高める魔力があるんだ。底無しか。
「全てはあの大ボケくそあほ最低司令塔のせいだ!」
「……は?」
ぽかん、とまではいかないがかなり驚き顔のキメラ。初めて見る顔だけどそこは今気にしている余裕は僕にない。
「僕はあなたと戦う気はない。死にたくないし、僕の目的はそれじゃないし」
「……」
黙ったままこちらを見据えるキメラ。相変わらず目付きが最悪だ。片目が6個くらいあるのが問題な訳ではない。そもそも人の容姿どうこう言えるほど、僕は相手のことをよく知らないし。
「あの大バカ司令塔に、ここへ連れてこられたけど、つまり、その…」
さすがに言いよどむ。いや、だってね。
ちらちらと見上げると、硬直したままのキメラは眉を寄せたままこちらを見ている。
大きく息を吸い、僕は覚悟を決めた。

「…僕と、友達になって欲しいんだ」





ふと、目を開けると天井が見えた。
大広間の真っ白な天井。
あれ、ヒビが入ってるのはなぜだろう。ああ、さっきそういえばキメラ入りの怪物の頭が、天井にぶっ刺さっていた気が…。
「…目が覚めたか」
「ふあ」
摩訶不思議な声が口から飛び出したが仕方ない。
なんせ突如僕の視界を覆ったのは、
「…キメラ?」
「他に誰に見えるんだ?」
フン、と鼻でも鳴らしそうな勢いで彼女は言う。
あれ、なんか言い方がペタに似てるかも。
だが次の瞬間、僕は気が付いた。頭の下に感じる柔らかな感触、仰向けになっているらしき僕の身体、
つまり。
「…あのアームの代償、『使用者の生命力』だと聞いたよ」
「…あ、はい」
その通り、僕が使ったダークネスアーム「磔の呪われ人形」の代償は、術者の生命力。
そこでやっと理解した、なるほど僕は代償に耐えられず、気絶したのか。
だがここで合点がいかないのが、なぜか僕を膝の上にのせているキメラ。
…あれ?さっきまで殺し合いを開始してたんですよね、僕達。
「…友達、ね」
僕の頭上、相変わらずキメラが吐き捨てるように呟く。
やっぱり駄目ですよねそうですよね、と僕は色んな意味で覚悟を決めた。拒絶されるのはまだいいが唾とか吐かれたらさすがの僕もメンタルがやられる予感がする。あと距離が近いなできれば怠いけども膝から身体下ろして頂けないかな、となぜか敬語で僕が思ったその時、


「…別に、なってやってもいいよ」



………ん?!
ん?え?あれ?
今僕は盛大な聞き間違えをしたのだろうか。
いや多分そうだろう。なんせだって、


「…気紛れさ」


ぶすっ、とした顔で言うキメラ。
その声が吐き捨てるというより不機嫌そうなのに気が付き、僕はやっと理解した。
聞き間違えではない、ことを。
「…えっ?!いいのか?!」
「いいも何もお前が言い出したんじゃないのかい」
馬鹿を見るような哀れみの目で見られた。
「…いやだって、この流れは断られるかなと…」
「…そんな事言ってくる奴が初めてだったからだ」
ふい、と横を向くキメラの顔。
…あれ?おかしいな。
「…何お前笑ってんだい…」
「え、いやだって」

初めて、か。
なるほど、僕も初めてだ。そんな事を言ったのは。


『…友達にならないか?』


過去に言われた事は、あるけれども。




「…ところでお前、ファントムのことよくあれだけ言えるね…」
「あの大バカアホ司令塔の事か?」
「ノア、僕ここにいるからね」
「なあっ…?!」
突然の司令塔の登場!
しまった一生の不覚!
「僕根に持つタイプだから、ノア」
「きっ、キメラ、友達だろう?!助けろ!」
「友達ってそういうものか?」

呆れ顔のキメラに見捨てられ、逃げ出した僕はその後笑顔のファントムに追い回される羽目になった。



どうやら、僕に友達ができた、らしい。




×
- ナノ -