未完ページ | ナノ



I dislike you?

■ ■ ■


 ひぃ、という声が綱吉の口からハッキリ漏れた。


 別に、彼の口からその情けない悲鳴が飛び出すのはたまの事ではない。わりとしょっちゅうだ。
 それは銀髪の自称右腕の暴挙であったり天然な野球少年のぼけ発言であったり、はてまた学ランをひるがえす最強最悪の委員長の横暴な行動であったり、それから口より早く手が出る大問題な家庭教師のせいであったり、
 まあ、色々ある訳なのだが。

 今回ばかりは、ちょっと違った。


「……あ?沢田?」
「ハイ2年A組沢田綱吉元気です!!ごめんなさい!」
「エッ何ごめんよくわかんねぇ」

 恐怖と怯えを乗り越えて、とっさに口から出たのはなぜか学年とクラスと名前、そして現在の自分の体調。
 ガタガタ全身を震わせながら、綱吉は慌てて校門を通り抜けようとして、

「えっ、ちょい待ち」
「ひいっ」

 ガッシリ、肩を掴まれた。

 おそるおそる、顔を上げる。
 校門脇にもたれかかり、さながら銅像のごとく怠そうな目付きで身動きひとつしなかった「彼」は、今その大きな目をぱちくりさせて、横を通り過ぎようとした綱吉の右肩をがっつり掴みこんでいた。
 アッ、これ絶対放さないやつだ。詰んだ。
 綱吉は悟った。悟って、今日珍しく寝坊しなかった自分を心より恨んだ。
 なんで、よりによって、今日この日に――。

「持ち物検査と服装チェック。今日は俺がやるから」

 だからストップ、スルーは禁止。
 あっさりそう言い、肩を放した彼の腕に、「風紀」の腕章が煌めいている。
 知っている。もちろんそんなこと知っている。今日が風紀委員による検査日なのも、目の前で切れ長の目を細め、カルテみたいな名簿票片手にシャーペンを回す「彼」が風紀委員なのも、もちろんちゃんと知っている。
 いやこの際ハッキリさせよう。たった今校門に足を踏み入れるまで、検査日なのは覚えてはいなかった。これは紛れもなく事実だ、だが。

「なに沢田。そんなに俺の事怖い?」
「えっ?!」
「なんで?俺、雲雀と違ってトンファー振り回すような趣味無いよ?」

 むすっとした顔で、「ハイ次」と彼――ユイが前にかがむ。
 あ、ちょっとかわいいかも。膝を付いてネクタイを調べ始めたユイの顔を見て、綱吉はそう思った。大人びた見た目に似会わないむくれた顔付きは、子どもっぽくてそのギャップにちょっとどきっとする。

「や、その、ユイさんは怖くないんですけど……」
「だよねぇ。俺、沢田に何かしたような記憶無いし」

 さらっと言ってのけたユイが、ふいに立ち上がりぽん、と頭に手をのせてくる。
 きょとんとして綱吉がそれを見上げれば、相手はふ、っと少し頬を緩ませ、

 笑った。

「ハイ、検査おしまい。違反もないし今日は遅刻じゃないし、沢田にしちゃあ上出来じゃん」
 いいこいいこ、なんて付け加え、ユイが数回、綱吉の頭を横に撫でた。ぐしゃぐしゃっと、でも優しく。

「……は」
「ってワケで次からは、俺に会ってもまずは挨拶。いいな?」

 数秒、ぽかーんとしていた綱吉は、頭から手のひらを外されて、やっと自分が何をされたか理解した。一応先輩なんだから、後輩に無視されっのはやっぱヤなんだよ、なんて続けられる言葉も頭に入ってこない。
 ボンッ、と顔が爆発した気がした。綱吉は慌てて俯き、何とか落ち着かせようと深呼吸する。

「え?ちょっ、大丈夫か沢田?」
 具合ワリィの?降ってくる声とともに俯いた頬に指が添えられる。

 これだからこの人は困るのだ、綱吉は叫び出したくなるのをグッと我慢して、心の内で強く唱えた。何をと言えば、昨夜の夕食の献立を。

 別に自分はこの先輩を好きなワケではない、ついでに言うと特別面識もないし、まあカッコイイとは思うけどただそれだけで、そう、
 なのに、大して関わりのないこんな自分でもこうも時たまドキドキさせられて、なんとか平然を保つために夕食のメニューを思い連ねればならないほど、そう、このユイという男は――。

「沢田?何マジどしたの?保健室まで運んでってやろうか?」

 ――無自覚に、イケメンなのだ。

 うろたえだしたユイに、綱吉はダメ元でもう一度深呼吸して顔を上げる。顔の赤らみは引いた気がする、うん多分大丈夫だ。おそらくきっと。

「……な、なんでもないです。それじゃ、オレはもう行くんで、」
「え、ちょっと待てって」

 ぐい。またも腕を掴まれて、くりんっと頭を回される。
 強制的に振り返させられた、そう認識する前にぺたり、と額に冷たい物を当てられて、

「んー、熱はねぇみたいだけど……」

 するり。額から頬へ、滑るように手のひらが落ちる。
 やばい、せっかく収めた心臓がまたもどきどき脈打ちだした。綱吉は必死で昨夜のご飯を思い返す。ダメだレパートリーが少なすぎる。

「うーん、まあ大事を取って一応保健室に――」
「ユイ、沢田綱吉」

 じゃがいもの煮つけ、と綱吉が脳内で唱えた瞬間、冷え冷えとした声が背後で響いた。

「ひぃっ……」
 ぎぎぎぎぎ、と動かない首をなんとかひねりながら、後ろを見る前に綱吉の口からお決まりの悲鳴がぽつりと漏れる。――しまった。

「……あー、雲雀。何の用」
 隣、というより振り返った綱吉の状況的には後ろ、ユイが不機嫌そうに答える。
 やめてお願いだから腕を放して!と綱吉は心の内で悲鳴をあげた。先の展開が手に取るようにハッキリわかる。

 これだから嫌なのだ、綱吉はユイが怖くて仕方ない。なぜならそれはユイ自身が怖いんじゃなくて、つまるところ――。


「何その返事の返し方。今すぐここで咬み殺されたいの?」


 ぎらりと目を光らせトンファーを取り出す、この委員長がすぐさま絡んでくる、から。


「はー?検査してただけなのにいきなり現れて何その言い草。俺も沢田もなんも悪い事してないんですけどー?」
「さっきやたらとべたべたしてただろう。アレ何」
「何ってお前にカンケーあんの?」
「口の利き方がなってないね、だから君はいつまで経っても病弱体質なままなんだよ!」
「体質と口はカンケーねぇだろ!」

 ――そして、この2人はすこぶる仲が悪い。

 自分を挟み、険悪な雰囲気でぎゃあぎゃあ言い争いを始めた両者をかわるがわるにそっと見やって、綱吉は深い深いため息を吐き出した。体中の二酸化炭素という二酸化炭素が抜け出てきそうだ。

 幼なじみ、らしい。それは綱吉も聞いたことがあるし、小学校から一緒だという話にも頷ける。最も、あの雲雀にも小学生という時代があったと考えるのは、なかなか困難きわまりないが。
 だが、全く持って――おそらく綱吉だけではなくて、並中の大半の生徒が――サッパリわからないのが、小学校から同じ学校で、幼なじみという立場にあるこの2人が、とてつもなく仲が悪い、という非常に不可解な事実である。


「だいたい雲雀はさー、俺に今日の検査、全部押し付けたクセに今さら何?投げたんなら最後まで投げっぱにしろよ、最後にのこのこ顔出ししてくんのマジむかつく」
「僕がどうしようと僕の勝手だ。だいたい、今日の検査は君が仕切るって君が言った」
「そりゃお前が毎日書類の処理で忙しいからわざわざ買って出てやったんだろあー、ホンット気遣い損!」
「誰が君なんかに気遣って欲しいって?大して体力も無い癖に」

 売り言葉に買い言葉。なんというか、普通にくだらない。
 未だがっちりユイにホールドされたまま、綱吉ははあぁあ、と地の底から湧き出るようなため息をついた。
 っていうか、気付いてんのかなヒバリさん。

 ――ユイさんと一緒にいると、すごくよく喋るようになること。




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