偽りのツバサ | ナノ
プロローグ(1)

「……ここから出たい?」
 真っ暗な世界の中で、確かにそう声が聞こえた。

 黒々とした、何も見えない世界。
 ここは、魔術で閉ざされた水槽の中。
 開くことのないはずの瞼が、なぜか少しだけ持ち上がるのを感じた。

「ここから出たい?」

 ぼんやりと滲む細い視界の中で、水槽に手を付き自分を見上げる顔をみた。
 その顔は、はっきりしない。
 ただ、一瞬煌めいた紫の光に、ああ、きれいだな、と我ながら妙なことを思った。

「……いつか必ず、出してあげる」

 きらめく。
 紫が、
 夜明けの光に似たその色が、
 闇夜に浮かぶ魔術印のような光が、

 瞬いて、消える。


「……これは、俺の罪でもあるから……」



 君は、だれ。
 浮かび上がった疑問は、再び閉じゆく瞼とともに、泡に沈んだ。


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